65話 和服の青年
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僕は思い出話を一旦切り上げ、《今の世界》に目を向ける
全く変わろうとしない美しい青空
白い鳥が囀りながら数羽飛び回っていた
ザァァァ……
我が身を撫でる風が心地良い
少し佇み、黄昏れ……
そして僕はゴロリと寝転んだ
視界を埋め尽くす蒼天に割り込む《灰色》
僕の右側に鎮座する大岩だ
ソレにフフフと少し笑い掛け、僕は酒の入ったワイングラスを掲げる
ユラリと揺れる半透明な液体
揺れるたびに香りが鼻をつく
僕は空いた手を支えに上半身を起こした
そして、もう片手に掴むグラスを口元に運んで注ぎ込む
ツツツと流れる酒は、僕の体内を少し焼いた
じんわりと体に浸透していく感覚が実に心地良い
ふと僕はモリサダのグラスに目を向ける
【なんだ…… 減って無いじゃないか?】
さほどの量では無かったが、僕は一升瓶に入った霞千鳥を彼のグラスへ注いだ
コポコポと音を立てて居たメロディーがピチョンと変わる
グラスいっぱいに注ごうとした酒だったが、僕の持つ瓶の中身はもう無くなっていた
【うわ…… 参ったね、コレは…… もう少し話をしたかったが、先に酒が切れるとは…… ま、しょうが無いわな】
そう呟いた僕は自分のグラスを少し持ち上げ、地に置いた彼のなみなみと注がれたグラス同士でティン……と口付け、音色を奏でる
そしてまた美しい空を見上げてノドを通した
しばらく景色を眺める
時折また、酒に口を付ける
そんな繰り返しをしていると、僕のグラスは空になっていた
【本格的に切れたか…… 今日はもう少し飲みたい気分なんだがな】
「じゃあ、お代わりはいかがです?」
突然、声を掛けられた背後
振り向くと、少し先から《男性》が近付いて来ていた
整った短髪が風に揺れる
スラリとした体付き
彼の衣装は和服を連想する様相
腰には帯が巻いてあり、ソコには鞘に納まる刀が携えられている
僕は彼を知っていた
【お♪ 久しいな!】
僕は彼の姿を捉えると腰を下ろしたまま顔を向け、そう話掛けた
すぐ後ろまで来た《彼》は笑顔を向け、そして膝をつき、深く頭を下げる
「本当にお久しぶりです、ノア様」
【ああ♪ 先の戦では苦労を掛けたな】
「いえいえ! とても人として成長出来ました♪ 心も、体も……」
【そっか♪】
「ええ♪」
僕にニコリと笑顔を向ける男性
一度顔を上げ、空を見る
そしてゆっくりと視線を下げた先は僕の右側
そちらにも微笑み掛けた彼は頭を下げた
「お久しぶりです、モリサダ様…… 貴方様が更に美しく変えられた世界で俺は生きている…… 必要なモノだったとはいえ…… あの戦が…… あの結末で良かったのか未だに疑問に思って過ごしている事は事実ですが……」
彼はそこまで言って、表情を曇らせた
そんな話に割り込んだ僕
【しようが無かったんだ、アレは…… ただ、嬉しいよ】
「嬉しい?」
【ああ♪ 君が世界に疑問を持つ…… ソレが嬉しい!】
「なぜです?」
【疑問を持つという事は、疑問を解決しようと努力出来るキッカケを見付けられる者だという事さ…… 良い男になったな、《ミヤ》♪】
「あ…… 有り難うございます!」
彼はそう言って笑った
レシアの友、コートとリノンの長子、ミヤ
小さく、母の腕の中でバタバタと手足を騒がせていた赤子も立派な青年になっていた
先の戦の折にはまだまだ自分中心の考え方だったのにな……
ミヤを成長させたのは他でもない
《プリンセス》だ
【《あの子》がくれた心だろ? 大切にしな!】
「そうですね♪ 《彼女》と会えて俺は人として成長した…… とても大切なモノを貰った……」
【会いたいか?】
彼は僕を見た
そして瞳を閉じる
顔を上げ、開いた両の瞳には蒼天が映っている
そしてまた、僕に移した視線は見惚れる様な精悍な男性の顔だった
そんな彼が言った
「いえ! 《彼女》は、彼女の世界で頑張っている…… 《彼》と共に生きている…… 《彼》から《彼女》を奪い取るには、俺はもっと成長しなきゃならない」
【そっか♪ やはりお前は良い男だ! 赤子だったお前に希望を託しては居たが…… ココまで素晴らしい男になるとは思わなんだ♪】
彼に語り、そして微笑み掛けた僕
不意にミヤが現れた際に聞いた言葉を思い出した
【そういえばミヤ、お代わりがどうとか?】
「あ!」
そう言った彼はモゾモゾと胸の辺りを弄る
「コレです、コレコレ♪」
笑顔を向けるミヤの手に納まって居たのは酒
《大吟醸 朧月夜》
この酒もまた、霞千鳥と名を連ねる銘酒
【素晴らしい♪ 中々に解る男じゃないか!】
「フフフッ♪ でしょ!?」
得意気な表情を見せる彼は一升瓶の蓋に手を掛け、キュッと鳴らし、ポンと開けた
その行為だけで芳醇な香りが漂う
彼はニコリと笑い、そして一升瓶を傾ける
僕も頷き、グラスを向けた
コポコポと心地良い音色に心が躍る
彼が瓶を縦に持ち上げたのを見計らい、僕は口元へ運んだ
【良い味だ…… ミヤから酒を注いで貰える時が来ようとは……】
「俺に時間がある時ならいつでも御相手しますよ♪」
【嬉しい事を言ってくれるな♪】
ニヤリと笑った僕はもう1口、ノドを潤す
【そういえば、なんでココに居るのが解ったんだ?】
「ああ! 今日はケンシンさんに修練を付けて頂こうと思ってたんですよ♪」
【それがどうしてこの場、《女神の丘》なんだよ?】
「そりゃ一度ノア様に挨拶して、宮殿下町の特産物でも土産にと♪」
【お前…… 本当に昔と変わったなぁ♪ 前は無礼者だったのにな】
「言わないで下さいよ、昔の事は…… タハハ……」
苦笑いを見せるミヤだったが、僕は言葉を繋げた
【いやいや、良い事さ♪ 感心しているんだよ、僕は】
「じゃ、そういう事にしときますよ♪」
【そうしとけ♪】
僕が笑い、彼が笑う
嬉しいものだ
彼もまた、時代を担う若人
いや、若人とはいっても永命の儀を済ませた武人
見掛けよりはずっと歳を重ねている
だが、彼もまた赤子の頃から知る…… 言わば孫の様な存在だ
そんな彼から酒を注がれ、笑い合える世界
なんと美しい世界か……
【てか、ケンシンとメルへの土産はどこだよ?】
「ストック・ゲートに入れてますよ♪」
【お前…… いや、構わないが…… ストック・ゲートは武器用の棚だぞ?】
「でも刀ならいつも腰ですし?」
【お前…… 自由な奴だな……】
「そうですか?」




