60話 憧れの男女
一通りの御礼と挨拶を済ますと、僕は彼に名を聞いた
彼は「知らない」と答えた
物心ついた時にはココに居て、今と変わらない生活をしていたそうだ
友は草食獣
身のこなしは獣を真似たらしい
素晴らしい逸材と知り、僕は事情を話して宮殿へ招いた
理由は1つ
彼の強さは世界を救う
そう思えた
当時のムゥムゥは同じ年頃
僕が指導をしていても構わないが、勝てないだろうという思いのまま修練を続けていても、先は無い
彼女の好敵手としても魅力的な少年だったという、やましい気持ちは多少ある事は否めない
宮殿へ着いてから僕は、当時、数少ない侍女へと彼を紹介し、そして住まわせた
彼は客だ
宮殿で働く訳では無い
侍女を1人、世話係につけて気負いしない程度の配慮と共にもてなした
ただ、侍女達の修練には参加して貰った
幼かったとはいえ、ムゥムゥの強さは素晴らしい
そんな彼女と戦わせた
結果は全敗
負けたのはムゥムゥ
相性が悪かったからだ
ムゥムゥは速さで力を高める
速い移動で、クナイに力を乗せる戦法
彼、ノーネームは止まったまま、確実に急所を突く戦法
魔獣などよりも遙かに速いムゥムゥとはいえ、当時の彼女は消えるほど速いわけでは無い
その為、一瞬で決着が付くこともしばしばだった
色々な方法を少女は試みる
だが、どの戦い方も彼には通用しなかった
剣さばきが到底、大人でも太刀打ち出来ないであろうスムーズさ
速さ
急所打ち
そして、投げ付けもする面白い戦い方だが、重さ、投擲角度を知り尽くした彼はことごとく彼女を退ける
宮殿で1番強かった少女、ムゥムゥ
侍女達は彼女を蔑みはし無い
むしろ、僕が感じた様に少年の強さを自然と認め出す
いつしか彼、ノーネームは宮殿内で《剣聖》
そして《剣に愛された者》と呼ばれた
時が経ち、少年少女は成長する
齢25になった頃、僕はムゥムゥとノーネームに《永命の儀》、そして《ダイヤモンド・アイ》を与えた
ムゥムゥは昔から愛用していた苦無、《魔断ち》と《闇断ち》が在った為、ノーネームにだけ武具をこしらえた
《彼に見合った物》を……
そんな想いで取り出した武具は《刃の無い筒》だった
それでも彼を想い、創った物だ
彼は笑顔で受け取った
彼の武具は、筒の両端から想いを形にし、刃とする不思議な剣だった
両先端が尖った木刀を考えれば、確かに似た武具だ
彼は武具へ名を付けた
己の心を移す剣
そんな意味を込めて《ハート》と呼んだ
それからも幾度となくムゥムゥはノーネームに戦いを挑む
結果は…… まぁ、あまり変わらないが、実に良い相手だと思えた
正直言って僕の目測での力量は五分五分
相性だけが勝敗を分けていることは重々承知している
それより何より明らかに変わった物事の方が僕の心を満たす
彼と会えたことで、ムゥムゥは僕から指導を受けるよりも遙かに力を増した事
もとより持ち合わせていた《負けん気》と《向上心》が彼等の潜在能力を大幅に底上げしたのは言うまでも無い
予定通りの収穫だ
ある時、僕はノーネームを大広間に呼ぶ
与えたい物があったからだ
それは、《名》
もう、いい歳になった彼ではあるが《名無し》ではやはり寂しい
気軽に《ノーネーム》と愛着を持ち呼び掛ける者も多く居たが、意味合いは《名無し》
だから僕は名を与えた
彼は笑顔で、そして御礼の言葉と共に二つ返事で名を受け取った
その日から《ノーネーム》は、《剣に愛された神》という意味を込め……
《ケンシン》を名乗った
ケンシンとムゥムゥはその後も切磋琢磨し、お互いの戦法の方向性を見定める
端から見ている僕も楽しくてしようが無かった
そして他の侍女達のモチベーションも上がっていく
《あの様な者に成りたい》
そんな憧れを2人は向けられるようになっていった
しばらくした頃の事だ
ずっと落ち着きを見せていたエアロス山
以前あった魔獣騒ぎが耳に入る
どういう経緯で生まれるのかは解らない
ただ、調べてみると奇妙な事が判明した
山の中腹から山頂に掛けて、禍々しいオーラが渦巻く瞬間があった
煙の様に噴き出す瘴気
ソレを受けた肉食獣が生態系を変えた
魔獣は、獣が闇の力を受け、負の方向へ進化したモノと考えられる
そして事態の収束には魔獣の戦いを熟知しているケンシンを向かわせる事に決めた
僕を慕ってくれる彼は笑顔で頷く
いや、慕って居るという事だけでは無いかも知れない
彼にとって、基本的にNoは無い
善悪の基準が違うのだ
獣達と過ごして居た期間がソウさせたのだろう
獣ならではの上下関係
明確なまでの基準
あるのはその2つのみ
明確な基準とは、強ければ生き、弱ければ死ぬ
実に解りやすく、僕等の様にのうのうと生きている者からすればシビア過ぎる世界を生き抜いてきた男だ
彼に《嫌》は無い
そして《嘘》も無い
あるのは《出来る限り全うする》という心
慕った者からの頼み事はいかなる場合においても優先される
そんな裏表の無い素直な男に頼むのは気が引けたが、やはりケンシンをおいて他に頼む事もままならない
ある一定以上、魔獣が増加すると麓まで下りる事は解っている
在中し、魔獣を削ぐ事が必要だと判断出来る
山自体に入山規制をかける事は難しい
何処からともなく瘴気が噴き出すのであれば山を囲っても無駄な事
何より他の安全な獣の住処までを奪いかねない
だからこそ、僕はエアロス山自体の保護の為にもケンシンを遣わしたのだ
彼を出立させる日、同行を心願した女性が居た
彼女はケンシンの身の回りの世話を頼んでいた《メル》という侍女だった




