59話 赤い髪の少年
静かに言葉を絞り出すポポン
彼はニコの名を口ずさむ
そして彼女へ向き直った
「ニコよ…… お前も大人になった今だからこそ伝えねばならん時なのかもしれん」
キョトンとした表情を見せる彼女
意味が解らないのだろう
勿論、僕とて解りはしない
だからこそ、僕は…… いや、大広間に居る者全てが老人の紡ぐ言葉に耳を傾けた
「ニコ、お前に両親は居無い…… 父も…… 母も…… 今まで寂しくは無かったかの?」
彼女は笑顔で首を振った
「全然や! 小っちゃい頃は集落の皆が居たし、今は宮殿の皆が居るもん♪」
「そうかい、そうかい♪ ただな…… やはり伝えておこうと思うんじゃ…… 両親をな」
「え!? 生きてるの?」
「多分のぅ……」
「そうなんや♪」
「その者らはおヌシを集落へ預けて旅立った…… この平面世界の最北東部、極寒の山地…… 霊峰エアロス山じゃ」
「宮殿より東は行ったことないんやけど…… 寒いの?」
「うむ…… 高い高い山じゃ…… 空気も薄く、食物も少ない…… 霧も深く、辺りは見えぬ…… そして何より獰猛な獣が徘徊しておる」
「へぇ♪ 凄いとこにお父さんとお母さん居るんやね!」
実にあっけらかんと話すニコ
他人事にも聞こえてしまうのは勘違いでは無いだろう
「何度も止めたが、聞き入れなんだ…… あの土地では育てられないかもしれないと言っておった…… 良い環境…… それを探した末に我等の集落、オレンジ・ホームへ参ったのだと……」
「そんで?」
「うむ…… 彼等の意志は堅かった…… じゃから引き取ったのじゃ」
「そうだったんやね♪ 良いトコ探してくれたんや♪」
ポポンはニコの頭に手を乗せる
そして優しく、笑顔で撫でた
彼女も気持ち良さそうに笑顔を見せる
そして暫くした後、彼は言った
「会いたくは…… 無いのか?」
「2人に? んーーーー…… でも、お仕事なんやろ? そんなキッツいトコに望んで行かへんもん」
「そうじゃな…… 《ノア様の命を果たさねばならない》…… そう言っておった」
今、何て言った!?
僕の命令だと!?
エアロス山……
僕の指示……
有る……
昔…… いや、大昔に最北東部のエアロス山で大量の獣が山を下り、麓の集落や町に被害をもたらした
僕は驚きを隠せないまま、ムゥムゥを見た
ポポンの話を理解出来る者は、この大広間には彼女しか居無い
彼女は……
ムゥムゥは目を見開き、口が僅かに動いている
「彼が…… 生きていた……」
そんな呟きをもらす
そしてその後、もう一言
「ニコが…… 剣聖の…… 娘……」
虚ろな目で、そう言った
やはり彼女もその答えに行き着くだろう
簡単に済む話では無かった
後にも先にも霊峰エアロス山を守護させた者は1人しか居ない
だが、あの者は…… あの場に、エアロス山に居無かった
ん?
なんだ、モリサダ?
言ってる意味が解らないって?
そうさ
僕だって解らない
いや、言っている事は理解しているんだが、状況は理解出来なかった
アレは登山などを楽しめる程度の山じゃ無い
断崖絶壁の連なったような山だ
だから人は踏み入れない
そして、だからこそ、獣の繁殖が目立った土地だった
目立つといっても食料となる物は少ない
だから草食獣は体力を消耗しないように、あまり動かず隠れ、肉食獣はソレを探す
そして探せないと山を下りる
麓の人家を襲うんだ
さすがに放って置けない状況となった
腕のたつ者は山に入る
だが、肉食獣はソレを餌だとしか思わない
腹が減っているソイツらは群れで襲う
だから入山した者は、下山出来無い
そんな場所ではあったが、僕はアイツを獣討伐に向かわせた
アイツの強さは知っている
アイツは強かった
アイツは……
僕が初めてダイヤモンド・アイを与えた2人の内の1人
1人はムゥムゥ
もう1人がアイツ……
名は《ノーネーム》、というのも可笑しな話だ
つまり《名無し》だ
アイツの事を少し話そうか……
アイツと会ったのは大昔、何億年も前さ
民が霊峰と呼ぶ前のエアロス山
この世界、カタストロフィを創ってどの位だろうな?
他の星々にヒトへ進化した者が生まれた位に先の昔
僕を神と呼ぶ輩も少なかった頃、このカタストロフィにも生命が生まれた
1番発展した地球がベースになった、この平面世界
しっかりと息づく生命達
獣が生まれ、勿論、ヒトへの進化型が生まれる
今の宮殿のようなしっかりとした建物を造る前だから、侍女も少ない
居たのはムゥムゥ位だな
まだ特に自由が利く状態だった僕は、この世界を散策した
エアロス山も訪れた
高く聳える山に感動とやらをおぼえたよ
だが、妙な土地だった
獣が居るのはどの土地でも当たり前だった頃でも、特に多い場所だったように思う
妙な邪気を纏ったモノが居た
勿論、僕の敵では無い
軽く処分しようとしたが、ソレを止めた理由がアイツさ
美しく、炎の様な紅い髪が印象的な少年だった
全く問題無かったとはいえ、僕は邪気を纏った獣《魔獣》
獣以上の力を持ち、体力、回復力に秀でた厄介な生物
そんな奴等に僕は囲まれた
少年は魔獣を、剣の形に削いだ棒きれを振り回して現れた
剣の先端は鋭く尖り、そして持ち手の先もまた尖る、両先端が鋭利な棒
突然の登場にも驚いたが、それ以上の意外
木刀の振り回し方は大した者だった
力を込めた一撃もさることながら、目玉等の急所を瞬時に貫く様は、子供とはいえ認めざるおえない
何より、その子供は敵から囲まれる戦いを好んでいた
常に魔獣の中心を位置取り、1匹が飛び掛かればヒラリと躱して眼球へ突き刺す
2匹が飛び掛かれば手を伸ばし、奴等の中央に木刀を持つ
そして勢いのまま、尖る両先端へ魔獣を突き刺した
美しいまでの一撃必殺
彼の一振りは、確実に1匹以上から汚れた命を解き放っていた
少年は魔獣を追い払った後、僕に問い掛けた
「お姉さん、大丈夫?」ってな……
お姉さんがどうとか言いたい訳じゃ無い
こんな魔獣程度を《倒す》、そして《追い払う》のは当たり前と言わんばかりの自然さで僕に聞いたんだ
少年だぞ?
ああ……
魔獣の数も言っていた方が良かったか?
50匹弱って所だったと思う
うろ覚えだがな
ちなみに僕は手を貸していない
おい、モリサダ……
人でなしとか言うなよ……
本当に美しかったんだ
棒きれの様な剣、その剣さばきの素晴らしさに……
なんつーかさ……
見惚れちまったんだよ




