44話 出立
僕達は大広間の扉を開き、通路に出た
そして歩んだ先に見えたのは広い中庭
あの日とは違う光景に目を奪われる
あれからずっと降り続けていた雨
ソレが、止んでいた
「いつもの…… 昔の…… 空ですね……」
レイジは青い空を見ながら、そう言った
【そうだな】
僕は答える
不意に振り向いた先へ並ぶのは侍女達
彼女達はこぞって僕に笑顔を向けていた
曇り、降り続けた雨
涙の雫
ソレが晴れた
レイジが宮殿を訪れ、僕の身に何があったのだろう……
ただ、解った事はある
今の僕
その心は、実に晴れやかだった
レイジの成長を見て、リンリンの成長を見て……
そして、部屋から出なかった僕に向けられた侍女達の暖かな眼差し
僕は……
僕だって皆から支えられて居たのだろうな
なんだか恥ずかしくてハッキリとは言えなかった
だから立ち並ぶ侍女達に、こう言った
【皆、宛てにしてるからよ…… 宮殿の事…… 頼むな♪】
僕の言葉で、口角を上げ、更に目を細めた彼女達
お互いが、お互いの顔を見合わせる
そして僕に向き直り、
『『『はい! お任せ下さい♪』』』
声を揃えて、そう言った
僕は両手を広げた
掌、というよりは体の中心に力を集める
すぐに変化は起きた
僕の体内から黒い煙が立ち昇る
ソレを僕の周囲に纏わり付かせた
「その煙は……?」
レイジが呟く
【煙に見えるだろうが、コレは《影》だ】
「影?」
【ああ】
僕の周りを渦巻く影
充分に出し尽くした時、ソレを形と変えた
黒よりも漆黒
漆黒よりも暗黒と呼べる光も当たらない《黒い鎧》
両肩には反り返った刺が突き出る
背中にはヒラヒラと揺れるマントを背負い、それも闇色
そして最後に形作った《兜》は中世の騎士を匂わせる造作
ファサッ……
その《兜》から外に出たブロンドの髪が音を立てた
【さて、準備は整った】
僕は言った
「そ、その…… お姿は……」
レイジが目を丸くして居た
【ん? 僕の鎧だが? まぁ、この姿を見た事があるのはムゥムゥとレシア位だがな】
「ノアさ、メッチャかっこいー♪」
ニコが笑顔を見せる
そして僕の隣に歩み寄る女性
ムゥムゥだ
「本当に懐かしいお姿ですね♪ レシア様は《深影の鎧》と言っておりました」
「シ、シンエイの鎧…… ですか……」
【何だ、レイジ?】
「いえ、なんと美しい姿かと……」
【そうか? ゴツゴツしててよ…… それに両肩のトゲとか魔物っぽくねーか?】
「そんなこと無いですよ! それが美しいじゃないですか!」
【あ、そう?】
何、目をキラキラさせてんだコイツ……
鎧マニアか?
まぁ、いいや
【とりあえず向かうとしよう…… レイジ、僕の腰に掴まれ】
「え?」
【え、じゃ無ぇよ…… 歩いて行ったら日が暮れるだろ? 飛んでいくから、とっとと掴まれ】
「は、はぁ……」
恐る恐る触れようとするレイジ
何をやってんだ……
【遅ぇぞ! 何やってんだ! ん……? あーー…… そういう事か? 僕は女じゃ無い…… 男でも無いけどな♪ だから気兼ねなどしなくて良い】
僕は女性に見て取れる容姿
そう見える者に手を回す事へ躊躇していたのだろう
僕の言葉に少し安心した様子を見せるレイジは、その後、腰にしがみついた
僕はレイジに頷く
そして侍女達に顔を向けた
【じゃあ、行ってくる】
そう伝え、僕とレイジは空へ飛翔した
青い空を西に向かう
空を飛び、風を切る
鳥達の横を、すり抜けるように飛び去る初めて見るであろう光景に、レイジは終始笑顔を見せた
過ぎ行く山々、森や林
大きな大木も空から見れば、苗木の様だ
そして……
暫くした後、僕達は降下を始める
オレンジ・ホーム
あの集落……
いや、集落跡地に…… 着いたのだった
何も無かった
開けた大地
倒壊していた家、その瓦礫も綺麗に片付けられ、ただソコにあったのは、だだっ広い荒野だった
【ココが……】
僕は呟く
「はい…… オレンジ・ホームです……」
レイジは僕の腰から手を離し、呟き返す
【そっか……】
ゆっくりと顔を、目を……
元、集落全体に向ける
思い出が……
浮かんで、消える……
あの優しい表情で出迎えてくれた人々
振る舞ってくれた馳走
美味しい収穫物の話
終始、身振り手振りを交えた会話
もう、アノ笑顔は…… 無い
【集落民は……】
「俺とポポン爺ちゃんで供養を……」
【そうか…… ありがとうな……】
「いえ……」
ザッ……
不意に足音が耳へ届く
顔を向けた先には、裏山
ソコから人が歩み寄ってきていた
「ご無沙汰しております…… ノア様……」
その者が僕へと声を掛ける
笑顔で僕も、体を向けた
【ああ…… 久しいな、ポポン】
それはオレンジ・ホームの長老、ポポンだった
【元気か?】
「ええ…… お陰様で♪」
【そうか♪ でもまた…… なぜ山から降りてきた?】
ポポンは少し笑った
「今は山に住んでおりますので…… ココに居ると…… ですな……」
ソコまで口にして、彼は言葉を止めた
その言葉で……
その表情で……
彼の心を理解した
【すまない…… 大丈夫だ、言わなくても】
思い出すのだろう
集落民の事を……
【ポポン……】
僕は彼へと話し掛ける
「はい……」
ポポンは顔を上げ、空を見ながら応えた
【集落民の想いは消さない…… 僕が…… いや、レイジが遂げる】
「遂げる……? 何をですかな……?」
【復讐だ】
顔を上げたまま、目を見開くポポン
そして、ゆっくりと視線を下げ、僕とレイジを交互に見ていた
その目が、レイジで止まる
「レイジよ…… 集落の忘れ形見…… その《白い眼》はノア様から何かしらの力を頂いたのじゃろう? ヌシが…… やって…… くれるかね……?」
「ああ…… 俺が…… 奴らを……」
レイジはポポンの顔を見ながら表情を歪めていた
歯軋りが聞こえそうなほど、食い縛る口
その眼は鬼気とした白眼
それを一度、閉じた
次に開いたソレは……
西を、見ていた
睨むように、ただ真っ直ぐ西を……
「行ってくるよ、ポポン爺ちゃん……」
「頼む…… この様な事を…… 先有る若者に頼みたくは無いのじゃが…… 彼等の無念を……」
「ああ…… 俺は負けない…… 皆の無念を晴らすのは…… 俺だ」
「頼む…… 集落の勇者よ……」
絞り出すかの様に口から出た願い
ポポンはレイジの両手
傷だらけのソレに、すがりつく
「任せろって…… じゃ…… 行ってくる」
そう言って、レイジは僕を見た
そして頷く
僕もまた、頷いた
【じゃあな、ポポン】




