31話 5文字の花の名
大人と変わらぬ大きさ、背に灰色の翼を持つ魔物を引き摺り降ろす
ぐったりと仰向けに姿を見せた魔物の目には深々と闇断ちが鍔の先まで突き刺さっている
そして奴が元居たそこには女性が仰向けに倒れていた
僕はその女性に、声を掛けた
【レシア……】
ゆっくりと目を開ける彼女
そして口を開いた
「ノア…… 様……」
【うん、僕だ】
「ゴメンね……」
【何がだ……?】
「私…… 覚悟が…… 無かった」
【覚悟……?】
「皆…… 幸せが良いなって…… 思って…… 倒せなかった」
【敵か……?】
「ん…… 星の…… 子供? かな……」
【どういう事だ?】
「解んない…… でも…… そういう事だと思う」
【そっか……】
意味は解らなかったが、僕はそう言って彼女の体に目を配る
脇腹に少し、かすり傷が見えた
向けた魔物への視線
その鋭い爪に、レシアのモノと思われる血痕が僅かに付着している
僕はまたレシアに視線を戻し、傷に右手を当てて修復を試みた
だが……
やはり、アース達の様に見た目の修復のみに留まる
魂のみが削り取られていく
なんなんだよ、コレは!?
解らない
分からない
判らない
解っている事は彼女の傷の浅さ、そしてソレを受けて間もない為だろうがレシアの魂はまだ、定着している
ソレだけだ
「ノア様……」
彼女が言う
【何だい?】
そう僕は応える
「そんな顔…… しないで」
彼女は柔らかな視線を僕に向けて、そう言った
どんな顔だと……
僕は今、どんな顔をしていると言うんだ?
「悲しくなるよ…… ノア様は…… いつも優しく笑って居ないと…… ヤダよ」
だから……
どんな顔をしてるって言うんだよ……
「ねぇ…… 笑って…… いつものように…… 笑って」
笑うって、なんだ
どうすれば笑える?
笑い方など知らない
いつものように?
僕は《いつものように》レシアを見ているつもりだ
でも、また……
彼女は言った
僕に向けて、言った
「私の最期の時に…… ノア様の淋しそうな顔なんて…… 見たくないよ…… ノア様の事を思った時に…… いつも笑顔を思い出せるように…… ねぇ…… 笑って」
【レシア…… 最期なんて言うもんじゃ無い…… お前の未来はこれからだろ?】
うっすらと笑う彼女
「でもね…… 解るんだ…… 私はノア様からラピスを貰ったから……」
【ラピスだって万能じゃ無いぞ】
「万能だよ…… ねぇ、ノア様……?」
【ん?】
「ノア様は…… 私をレイジと結婚…… させたかったんでしょ?」
【お前…… 知っていたのか?】
「勿論だよ…… でね……」
【うん?】
「私ね…… レイジの事を好きになっちゃった」
【そっか♪】
「結婚…… したかったなぁ…… レイジと……」
【出来るさ】
「無理よ…… もう…… 終わりだもん」
【諦めるなんてレシアらしくないぜ?】
「ふふ…… だね…… でもね…… だから、ね…… ……無い」
【無い?】
「死にたく…… 無い…… 死にたく無いよ…… もっと…… ずっと…… 皆と…… レイジと居たい…… まだ…… 死にたく無いよぉぉ……」
レシアは泣いた
止めどなく溢れる涙が頬を伝う
居ても立ってもいられず……
僕は強く抱きしめた
今までに無いほど強く
どこにも行かせない
どこにも逝かせない
そして、言った
【お前は死なない…… 大丈夫だ…… 死な無いから……】
「ありがとう……」
彼女が耳元で呟く
そして、
「あ……」
そう彼女の口を出る言葉
僕は抱きしめていた手を緩める
そして彼女の顔を見た
レシアは虚ろな目で空を見つめ、手を掲げていた
【どうした?】
「そんな未来も…… 在るんだね……」
【そんな未来……?】
「私はココよ…… ココ…… 連れてって…… ねぇ…… 助けて…… 私のラピス…… 届くでしょう……?」
彼女は空に手を向け呟く
何かを掴もうと空に手を振っている
その先に目を向けた僕の目には、ただの空が映る
何も無い
いつもの青い空だ
最早、幻覚すら見えていると言うのか?
レシアの空に伸ばした手を、僕は握る
【大丈夫だ…… お前は独りじゃ無い…… 大丈夫、大丈夫だ】
「フフフッ……」
彼女は笑った
【どうした?】
「ノア様が言った通り…… 私は死な無い……」
【うん】
「諦めない事にしたよ…… 彼女達が迎えに来るから……」
【彼女達?】
「うん…… そして…… 約束するね」
【何をだい?】
「私…… ノア様の身に何か有った時…… 絶対に守るから」
【僕の身に、か?】
「うん…… これからずっと先の未来で…… ノア様は死の淵に立つ…… でも…… 私が守るから…… だから大丈夫…… 約束するね」
【うん、ありがとう】
「大好きだよ、ノア様…… 最期にね…… お願いがあるの」
【言ってごらん】
「私の名前…… 呼んで欲しいの」
【ん? レシア?】
「違うわ…… 私の《本当の名前》知ってるでしょ?」
【ああ】
「私ね…… 皆からレシアって呼ばれて…… それでも親密に…… 言ってくれて嬉しいんだけどさ…… やっぱり名前ってね…… 大好きな人からは《本当の名前》呼んで欲しいなって」
【そっか…… うん、解った】
「優しく言ってね……」
【ああ……】
僕は深く息を吸い込む
そして、彼女に告げた
彼女の本当の名を……
優しく
柔らかく
心を込めて、言った
彼女の……
《5文字の花の名》を……
【愛してるよ…… 《ラフレシア》……】




