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冷たい不死鳥  作者: 岩岸佐季
クオンの章
5/10

かしこいこども

 クオンはかしこいこどもでありました。


 まだ数えで九つにしかならない子供でありながら、その年にはすでに飛び級で大学に入学することになっていました。


 彼は世間でいうところの神童でありました。三つのころに中等魔術式を読み解きはじめたかと思えば、五つの頃には高等魔術論が抱える矛盾を指摘するようになり、七つのときには魔術学上の「竜級」とされる未解決問題の十以上を、自力で解決してしまっていたのです。


 クオンはまた、笑わない子でもありました。不愛想なのではなく、その青い瞳は常に静かで、何ごとかを深く考えているかのようでした。




「いいですか、クオン。あなたが生まれた卵は、むかし母さまがとてもお世話になった方からお預かりしたものなのです。」




 彼は、まだ赤子のころから、両親にこう言い聞かされて育ちました。


 彼の母親と父親は、二人とも元宮廷魔導士の首席でした。しかしあるとき父が病に冒され、母はその特効薬を求めて遥か北へと旅をしたのだそうです。


 そこで彼の母親が出会ったのが、全身が青白い氷でできた、巨大な、美しい不死鳥でありました。母はその不死鳥を王と呼びました。


 そしてその王は、父の病を治すための薬を、母に授けてくれたのだそうです。




「素朴で、どこか不器用で、でもとっても優しい王さま。


 お母さまはね、その方にとてもひどいことをしたのです。お母さまの命で償っても足りないくらい。


 けれどあの方はそれを責めず、あなたの卵だけを遺して逝ってしまった。」




 彼は、人間が卵から生まれるはずなどないという知識も持ってはいましたが、同時に、そのことを語る母の顔を見て、自分が本当に卵から生まれたのだということを得心せざるをえませんでした。




「あなたはわたくしとお父さまの命の恩人の生まれ変わりなのですよ。」




 氷の不死鳥の生まれ変わり。


 特に何か実感があるわけではありませんでしたが、彼はそれを、当たり前のように受け入れることができました。彼の母親がその話をするとき、決まって彼の脳裏には、冷たく何もない凍土の風景が思い浮かぶのです。


 青くて冷たいその景色は、クオンにとってひどく馴染み深いもののように思えるのでした。







   ∞






 帝国には三年間の義務教育がありました。


 彼はかしこいこどもでしたから、すぐに上級学校への飛び級をすすめられました。


 クオンにとって学校での勉強は退屈なものでしたが、条件では奨学金も出るという説明でしたので、両親へのいくばくかの恩返しにもなればと進学を決断しました。




「ふむ。きみが、あのアミ様とシン様の息子だね。


 上級学校では、もちろん、魔術を実際に使ってもらうことになる。


 そこで、君の適性を判定する必要があるのだが……」




 はじめて訪れる高等学部で、クオンは魔術論の才能だけでなく、魔法の才も見出されました。


 彼には比類のない氷魔法の技能がそなわっておりました。


 しかしそれは彼にとっては、手や足を動かすのと同じくらい、ごくあたりまえの技術でありました。彼がひと声かければ、氷の精はうれしそうに彼にしたがうのです。


 だから、彼はそれを褒められても、あまり感動は沸きませんでした。少しだけ、周りの称賛に困惑し、嫉妬に迷惑をしたくらいでした。




「あなたが、『もうひとりの神童』さん?」




 高等学部には、彼に比肩する才を持つ、同学年の生徒がもうひとりおりました。


 カリンという名前の、クオンと同じ背丈の、まだ小さな女の子です。年はクオンのひとつ上。彼女もまた、火魔法の類まれなる使い手でありました。




「こんなところに一人ぼっちで来ることになってしまって、どうしようかと途方にくれていたのよ。あなたはどう? もう、慣れてしまったのかしら。」


「さあ、どうでしょう。あまり変わらないんじゃないかな。」


「というと?」


「この環境にまだ慣れていなくて、あまり余裕はないのかも。」


「わたしも、おんなじ。でも、ここは本が多くて、本当にうれしいわ。」




 カリンは、くせっ毛で、眼鏡で、痩せぎすでした。


 いつもぼろぼろの服を着て、図書館の暗い所で本を読むのが好きな子供でした。


 しかしその目はいつも、ページの向こう側、未知なる魔術の知識に向けて、知的好奇心にきらきらと輝いているのでした。




「図書館には冷房がないでしょう? だから夏は、あなたがそばにいると、涼しくていいわね。あなた、いつも冷気をまとう魔法を使っているの。」


「いいや。これは、生まれつきだ。ぼくは氷の鳥の生まれ変わりだそうだから。」


「なに、それ。」


「ぼくの両親が言うのさ。ぼくは氷の卵から生まれらしい。」


「ふうん。あなたのお父様とお母さまって、あの符術師のアミ様と、魔術師のシン様だったわよね?


 二人ともすごい術師さまなのに、家庭ではけっこうお茶目な冗談も仰ったりするのね。」




 カリンやクオンにとって、まわりの高等学部のひとたちはみんな「おとな」でした。


 そんななか唯一といえる同年代の存在は、お互いにとても得難いものでした。


 おまけに、クオンは一見冷たいように見えて、性根はとてもやさしい男の子のようでした。クオンのほうも、カリンが彼を特別扱いしないので、少しずつ彼女に気を許すようになりました。


 しぜんに、ふたりは仲良くなってゆきました。






   ∞






 ところで、帝都の上級魔法学校の生徒達には、ある義務が課せられておりました。


 それは、帝国が戦争にみまわれたとき、その支援役の兵隊となることです。いわゆる予備兵、という扱いといえるでしょう。


 彼らは一般兵よりも魔法を扱うことに長けており、かつある程度の年齢であって、帝都が公金から払っている奨学金を受け取っている立場です。


 また、その多くは貴族であり、戦争があったときには出兵して当然の立場の者達でもありました。ですから、有事にあっては、それをせねばならないのでした。




「西方に乱があった。第三軍だけでは手に余るため、これを王都の第一軍の一部が支援する。


 ついては、慣例通り、魔法学校の者たちにもその支援のため、これについて行ってもらうことになる。」




 それは、中央集権が弱まるとよく起きる、帝国の歴史の風物詩でもありました。


 生徒たちのほとんどは、これを自分の出世のチャンスととらえました。ひとつの藩(地方)が乱を起こしたところで、最終的には鎮圧されるのが目に見えています。そうであるならば、この出兵に参加して、なんとかお偉いさんの目に留まり、そこで出世の手がかりを得たい。そう考えるのは、彼らにとって当然のことでありました。


 例外は、クオンとカリンと、ほかの平民出身の生徒数名くらいのものでした。


 そんな彼らの様子を見て、付き添いの教官は言うのでした。




「なに辛気臭い顔してんだよ。どうせすぐ終わる乱さ。気楽に行って帰って来よう。


 そうだな。冬までにはどうやってももつまいさ。なにせ、第一軍が出張るのだからな。」




 そう自信満々の顔をした教官は、三月後、二度と還らぬ身となっておりました。






   ∞






 その乱が長引いたのは、理由がありました。


 ひとつは、藩のほとんどすべての民が、藩主憎しの意思で固く団結してしまっていたこと。


 ひとつは、藩の特産である穀類が春から夏にかけて採取できるものであったため、乱を起こした夏には各城にたっぷりと備蓄が用意されていたこと。


 ひとつは、第一軍が到着するころには、第三軍がほとんど無力化されてしまっていたこと。


 そして最後のひとつは、藩主憎しのあまり、その藩が隣国からの支援を受けていたことです。


 いわゆる売国というやつですが、しかしそんな呼び方は彼らにとって何の痛痒にもならないことでしょう。生きるか死ぬかのときに助けてくれるのが、帝国だろうと隣国であろうと、そんなことを気にしている余裕などないのです。


 当時の藩主はほんものの無能で(そうでなければ、ここまでひどい乱がおきる前に何とかしていたに違いありません。)民というものは税をしこたま己に差し出すためだけに生きているものだと考えておりました。何人もの民がひどい殺され方をしました。ですから、彼らがここまで抵抗を続けるのも、無理からぬことではありました。


 しかし、第一軍のほうでも、もちろん地方を切り取られて帝国を弱体化させられるわけにはいきません。とんだ迷惑だと思いながら押したり引いたりを繰り返すうち戦況は泥沼化し、ただの内乱であったはずのその戦はいつしか、隣国対帝国の本格的な戦に突入してしまったのです。


 ろくな準備もないまま、クオンたちはそれに巻き込まれてしまったのでした。






   ∞






 学校でのクオンは、実践型の魔法使いで、無詠唱で氷の魔術を使うことに秀でていました。学内の模擬戦では、近・中・遠距離の間合いどこに対しても、まるで死角なんてないかのように魔法を生み出して、相手になにもさせません。まさに無敵のオールラウンダーでした。


 一方のカリンは理論型の魔術師で、複雑な詠唱を駆使して、強力無比な大規模魔法を編むことに特化していました。戦闘はからきしだめでしたが、そのぶん、魔術の燃費効率化や、並列起動、多重制御などでは、クオンでもついていけないほどの叡知を見せることがありました。まるでこんこんと湧く井戸水のように、彼女の頭の中からは新しい魔法式が常に溢れてくるようでした。


 そんな「使える人間」であるクオンやカリンを放っておく余裕など、このころの軍にはもう、ありませんでした。




「すまない。優秀な生徒の諸君には、われわれの後衛部隊にまわり、直接支援に当たってほしい。」




 第一軍のえらい騎士さまがそう頭を下げてきたのは、秋の終わりでありました。


 このころの後衛というのは、つまり、前線とほとんど意味するところが同じになっていました。軍が張っている陣地は、薄く、もろく、まるで何十年も着古した衣服のように穴だらけになってしまっていたのです。


 生徒の一人、どこかの偉い侯爵様の次男がうるさく抗議のようなことをわめいて、即座にその場で魔法による懲罰が与えられました。


 それで、クオンとカリンの運命も、決められてしまったのでした。




「クオン、わたし、怖いの。」




 配属が決まった日、カリンはクオンを呼んで、その服にすがりました。


 いつもは理知に澄んだ彼女の瞳に、そのときばかりは不透明な憂いの色が滲んでいました。




「大丈夫。ぼくたちは強い。きっと、勝って、すぐに帰れるさ。帰りたいんだろう?」


「うん。帰りたい。早く……。」




 クオンはそっとその背を抱き寄せました。


 カリンは涙を流しませんでした。ただ、低い声で、いつまでも不安の言葉をつぶやいていました。


 秋の終わりでした。じっとりと重たい冬の気配が、もうすぐそこまで近づいておりました。

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