つがい
父の墓は、王都郊外の集合墓地にありました。
もともと、シンは没落貴族の庶子の出でありました。その才を生かして、身ひとつで宮廷魔導士までなりあがったのです。
植物にかかわる精霊術を得意としており、一人で師団ひとつと拮抗しうると言われるほど、生前のかれは魔術師として破格の実力をもっておりました。
「最初はくやしかったもんさ。」
老女は、亡き夫の墓前に花を生けながら、なつかしむように愚痴りました。
「あたしの方が年上なのに、あの人は下からぐんぐんと追いついてくるのだもの。女の身で必死に頑張って勝ち取った首席の座も、あっさり奪われてしまうし。」
嫉妬したよ。
青い空を見上げて、老女は目を細めます。
「おふたりの大恋愛は、魔法学校でも語り草になっていましたよ。
お母さんに一目ぼれしたお父さんが、何度も突撃して、お母さんがついに根負けするところまで、学生はみんな知っていました。」
「おだまり。」
しかし、結局のところなりあがりでしかなかったシンは、宮中にたくさんの敵も作っておりました。
決定的だったのは、第二王子の病を、シンが魔法で快癒させたことだったのかもしれません。その件以来、第一妃の派閥の恨みは深まり、ついにシンは彼らから黒の呪いを受けてしまったのです。
息子の足を蹴り飛ばしながら、老婆は言います。
「あの頃のあたしは自惚れていたんだよ。あの人がいなくちゃ生きていけない、なんてさ。」
「その、お父さんは……。」
「ああ、気にしなくていいよ。もう十年になるんだ。」
老婆はすこしの間、言葉を探すそぶりをみせました。
「後遺症はあったが、トワ様のおかげであの人の呪いは快癒してた。
クオン、おまえがいなくなったあとのあの戦では、あたしたちは南方にとばされてね。二人して好き勝手暴れまわったもんだよ。
結局、あの人が亡くなったのは、ほとんど寿命みたいなもんさ。
二人して百まで生きようと思ってたんだけど、高齢になったせいか、ある年の流行り病でね。」
青年は、老いた自分の両親が、彼の生家でなごやかに過ごしているところを想像しました。
そして、自分がついぞその光景を見られなかったのを、少し残念に思いました。
「あの戦のことは、すまなかったね。あたしたちの力が足りなくて、おまえたちを何一つ助けてあげられなかったよ。」
老婆がしみじみと、ばつの悪そうに言います。
「こちらも、心配をかけさせてしまって、本当に申し訳ないと思っていますよ。」
青年が言うと、「相手を間違えるんじゃないよ。」と強く、老婆はかれをにらみました。
杖を持ち上げ、その先端をクオンに向けて、言いはなちます。
「おまえが謝るのはあたしかい。ずっと待たせていた相手が、別にいるだろう。
あの娘さんは、戻ってきてからずっとおまえのことを悔やんでいたんだよ。」
「ああ。……彼女は、カリンはわたしのことを、許してくれるでしょうか。
わたしはあのとき、とっさに、彼女にわたしの生を与えてしまった。不死鳥のもつ永遠の生を、人間である彼女に。」
「さあね。」
老女は、杖を地面におろして、息子にこたえます。
「あたしゃ、おまえのやった事は間違いだったろうって、今まではそう思っていたよ。そのせいで、あの娘さんはずっと苦しんでいたんだから。
ただね。とどのつまり、間違っていたかを決めるのは、ほかならぬおまえたち自身なのさ。」
老婆はクオンを抱き寄せ、頭をわしゃわしゃと撫でました。
そうすると、クオンの髪の一本一本が、まるで風に揺れる小さな鈴のように、さらさらと歌うのでした。
「それに、間違っていてもいいじゃないか。おまえがちゃんとあの娘に謝って、もう一度やり直せばいいんだから。
それは、あの娘の人生をつくりかえてしまった、おまえの義務でもあるんじゃないか。
おまえは、どこに出しても恥ずかしくない、わたしの自慢の息子だよ。だから早く、彼女に会いにいってあげなさい。」
∞
帝都の宮廷魔導士は、塔に住んでいます。そこで、ほとんどの魔法使いは、日がな一日研究をして過ごすのです。
その中でも魔術師カリンといえば、帝国では知らぬ者のいないほどの、大魔法使いでありました。
炎の神に魅入られた、神童。
次々と新理論を発表する、魔術の天才。
戦乱の中、一人で数万の敵兵をなぎ倒した、紅蓮の魔女。
そして、禁断の魔法を使い、自らの寿命を消しさった、永遠の童女。
クオンが城で尋ねると、みな思い思いに、彼女の人物像を答えてくれました。
そのカリンが住んでいるのは、魔法塔の上層。一般人の立ち入ることができない、この国の最重要施設でした。
「アミ様の委任状か。ふむ。面会相手は魔術師カリン様だな……ちょっと待っていろ。」
面会許可は、簡単に下りました。
カリンとトワの母親は親交がありましたし、こうやって代理人が訪ねてくるのも、まあ、考えられないことではありませんでした。
問題があったとすれば、ただひとつ。だれも、代理人の名前を、カリンに伝えなかったことでしょうか。
カリンにとって、トワの母親であるアミは勝手知ったる研究科仲間でした。当然、その代理人も、カリンの知る研究者の誰かなのだろう、と高をくくっておりました。
だから、トワが彼女の部屋へたずねたとき、彼女はすっぴんのままだったのです。
白衣を着て、ぼさぼさに伸び放題の髪で、薄汚れた顔をして、分厚い眼鏡をかけておりました。
目をまん丸にして、彼女はさけびました。
「えっ。」
呆然と、口を大きくあけて、クオンを見ます。
そんな彼女の顔をながめて、クオンは、
『改めてみれば、彼女はなんて可愛いらしいのだろう。』
と、内心でひどく勝手な感想をつぶやいておりました。
「やあ、いま帰ったよ、カリン。ただいま。」
クオンに話しかけられたカリンは、パニック状態になりました。おろおろと無意味にあたりを見渡して、手足をばたばた動かします。
「帰ったじゃなくて……クオン、生きて、なんで!
ああもう! なんでこんな……あたし、なんで、今日はお化粧もしてないのに……なんでいまさら!」
「ごめん。本当に、遅くなってしまって、ごめん。」
クオンは、カリンを落ち着かせようと、必死に身振りでなだめます。
彼女は泣いておりました。それが喜びのためなのか、安堵のためなのか、それとも驚きによるものなのかは、おそらく彼女自身にもわからないでしょう。
とめどなく涙を流しながら、彼女はクオンにくってかかります。
「大変だった! あなたがいなくなって、年もとらなくなって!
わたしがどれだけ、どれだけ! どれだけ待ったと思ってるの! ばか!」
「すまない、ぼくの勝手な行いのせいで、つらい思いをさせてしまったね。」
「ばか! ばか!」
クオンは彼女を抱き寄せ、指先でその涙をぬぐってやります。
カリンはされるがまま、泣き濡れた顔で、クオンを見上げました。
「きみにはぼくの、不死鳥の血をあたえたんだ。
そのせいで、きみにも不死鳥の性質が備わってしまった。」
カリンの容姿は、時が止まっているかのように、あのときのままでありました。
ただ、長く疲労していたように、頬はこけ、目の下に濃いくまができております。長年の研究漬けのせいでしたが、クオンにはそれが、永久の時を生きたトワの生と、かさなって見えました。
「ねえ、じゃあ。」
と、カリンはおもむろに、白衣をはだけます。
「これも、そうなの。あなたの血が、わたしに入ったから?」
カリンの背中から生えているもの。
それは一対の、翼でありました。
不死鳥の雛がそうであるように、まだ小さい炎が、翼の先で揺らめいておりました。
クオンはそれを手に取り、やさしくなぞります。
「ああ。そうだ。きみは、寿命だけでなく、不死鳥の形質をも得てしまった。
だが、許してほしい。あのとき、ぼくにはきみをうしなうことが、どうしても受け入れられなかったんだ。きみを、死なせたくなかった。」
カリンはぶんぶんと、首をふります。
「ばかね。あなたがいなくちゃ、わたしだって生きていてもしょうがないわ。」
そして、涙でぐちゃぐちゃの顔で、ぎこちなく笑いました。
「ねえ、……もう、どこにも行かないでね、クオン。」
カリンのその言葉に、その表情に、自分の理性がはるか遠くへいってしまったのを、クオンは自覚しました。
かわりに、不死鳥の本能が、何もかもを焼き尽くすほどの強さで、彼女を求めているのでした。
カリンの翼に口づけ、身のうちに熾きた火のような感情を、クオンは必死の思いで、言葉にして吐き出しました。
「そなたが、わたしの探し求めたつがいだ。永遠にわたしとともにいてほしい、カリン。」
カリンは、涙を流しながら、頷きました。
∞
それから。
トワたち二人の羽は、永遠に消えない薪のかわりになったので、それをもらった妖精女王はたいそう喜んで、寒い夜はその羽毛を暖炉にくべるようになったのでした。
めでたし、めでたし。




