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冷たい不死鳥  作者: 岩岸佐季
終章
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10/10

つがい

 父の墓は、王都郊外の集合墓地にありました。


 もともと、シンは没落貴族の庶子の出でありました。その才を生かして、身ひとつで宮廷魔導士までなりあがったのです。


 植物にかかわる精霊術を得意としており、一人で師団ひとつと拮抗しうると言われるほど、生前のかれは魔術師として破格の実力をもっておりました。




「最初はくやしかったもんさ。」




 老女は、亡き夫の墓前に花を生けながら、なつかしむように愚痴りました。




「あたしの方が年上なのに、あの人は下からぐんぐんと追いついてくるのだもの。女の身で必死に頑張って勝ち取った首席の座も、あっさり奪われてしまうし。」




 嫉妬したよ。


 青い空を見上げて、老女は目を細めます。




「おふたりの大恋愛は、魔法学校でも語り草になっていましたよ。


 お母さんに一目ぼれしたお父さんが、何度も突撃して、お母さんがついに根負けするところまで、学生はみんな知っていました。」


「おだまり。」




 しかし、結局のところなりあがりでしかなかったシンは、宮中にたくさんの敵も作っておりました。


 決定的だったのは、第二王子の病を、シンが魔法で快癒させたことだったのかもしれません。その件以来、第一妃の派閥の恨みは深まり、ついにシンは彼らから黒の呪いを受けてしまったのです。


 息子の足を蹴り飛ばしながら、老婆は言います。




「あの頃のあたしは自惚れていたんだよ。あの人がいなくちゃ生きていけない、なんてさ。」


「その、お父さんは……。」


「ああ、気にしなくていいよ。もう十年になるんだ。」




 老婆はすこしの間、言葉を探すそぶりをみせました。




「後遺症はあったが、トワ様のおかげであの人の呪いは快癒してた。


 クオン、おまえがいなくなったあとのあの戦では、あたしたちは南方にとばされてね。二人して好き勝手暴れまわったもんだよ。


 結局、あの人が亡くなったのは、ほとんど寿命みたいなもんさ。


 二人して百まで生きようと思ってたんだけど、高齢になったせいか、ある年の流行り病でね。」




 青年は、老いた自分の両親が、彼の生家でなごやかに過ごしているところを想像しました。


 そして、自分がついぞその光景を見られなかったのを、少し残念に思いました。




「あの戦のことは、すまなかったね。あたしたちの力が足りなくて、おまえたちを何一つ助けてあげられなかったよ。」




 老婆がしみじみと、ばつの悪そうに言います。




「こちらも、心配をかけさせてしまって、本当に申し訳ないと思っていますよ。」




 青年が言うと、「相手を間違えるんじゃないよ。」と強く、老婆はかれをにらみました。


 杖を持ち上げ、その先端をクオンに向けて、言いはなちます。




「おまえが謝るのはあたしかい。ずっと待たせていた相手が、別にいるだろう。


 あの娘さんは、戻ってきてからずっとおまえのことを悔やんでいたんだよ。」


「ああ。……彼女は、カリンはわたしのことを、許してくれるでしょうか。


 わたしはあのとき、とっさに、彼女にわたしの生を与えてしまった。不死鳥のもつ永遠の生を、人間である彼女に。」


「さあね。」




 老女は、杖を地面におろして、息子にこたえます。




「あたしゃ、おまえのやった事は間違いだったろうって、今まではそう思っていたよ。そのせいで、あの娘さんはずっと苦しんでいたんだから。


 ただね。とどのつまり、間違っていたかを決めるのは、ほかならぬおまえたち自身なのさ。」




 老婆はクオンを抱き寄せ、頭をわしゃわしゃと撫でました。


 そうすると、クオンの髪の一本一本が、まるで風に揺れる小さな鈴のように、さらさらと歌うのでした。




「それに、間違っていてもいいじゃないか。おまえがちゃんとあの娘に謝って、もう一度やり直せばいいんだから。


 それは、あの娘の人生をつくりかえてしまった、おまえの義務でもあるんじゃないか。


 おまえは、どこに出しても恥ずかしくない、わたしの自慢の息子だよ。だから早く、彼女に会いにいってあげなさい。」






   ∞






 帝都の宮廷魔導士は、塔に住んでいます。そこで、ほとんどの魔法使いは、日がな一日研究をして過ごすのです。


 その中でも魔術師カリンといえば、帝国では知らぬ者のいないほどの、大魔法使いでありました。


 炎の神に魅入られた、神童。


 次々と新理論を発表する、魔術の天才。


 戦乱の中、一人で数万の敵兵をなぎ倒した、紅蓮の魔女。


 そして、禁断の魔法を使い、自らの寿命を消しさった、永遠の童女。


 クオンが城で尋ねると、みな思い思いに、彼女の人物像を答えてくれました。


 そのカリンが住んでいるのは、魔法塔の上層。一般人の立ち入ることができない、この国の最重要施設でした。




「アミ様の委任状か。ふむ。面会相手は魔術師カリン様だな……ちょっと待っていろ。」




 面会許可は、簡単に下りました。


 カリンとトワの母親は親交がありましたし、こうやって代理人が訪ねてくるのも、まあ、考えられないことではありませんでした。


 問題があったとすれば、ただひとつ。だれも、代理人の名前を、カリンに伝えなかったことでしょうか。


 カリンにとって、トワの母親であるアミは勝手知ったる研究科仲間でした。当然、その代理人も、カリンの知る研究者の誰かなのだろう、と高をくくっておりました。


 だから、トワが彼女の部屋へたずねたとき、彼女はすっぴんのままだったのです。


 白衣を着て、ぼさぼさに伸び放題の髪で、薄汚れた顔をして、分厚い眼鏡をかけておりました。


 目をまん丸にして、彼女はさけびました。




「えっ。」




 呆然と、口を大きくあけて、クオンを見ます。


 そんな彼女の顔をながめて、クオンは、




『改めてみれば、彼女はなんて可愛いらしいのだろう。』




 と、内心でひどく勝手な感想をつぶやいておりました。




「やあ、いま帰ったよ、カリン。ただいま。」




 クオンに話しかけられたカリンは、パニック状態になりました。おろおろと無意味にあたりを見渡して、手足をばたばた動かします。




「帰ったじゃなくて……クオン、生きて、なんで!


 ああもう! なんでこんな……あたし、なんで、今日はお化粧もしてないのに……なんでいまさら!」


「ごめん。本当に、遅くなってしまって、ごめん。」




 クオンは、カリンを落ち着かせようと、必死に身振りでなだめます。


 彼女は泣いておりました。それが喜びのためなのか、安堵のためなのか、それとも驚きによるものなのかは、おそらく彼女自身にもわからないでしょう。


 とめどなく涙を流しながら、彼女はクオンにくってかかります。



「大変だった! あなたがいなくなって、年もとらなくなって!


 わたしがどれだけ、どれだけ! どれだけ待ったと思ってるの! ばか!」


「すまない、ぼくの勝手な行いのせいで、つらい思いをさせてしまったね。」


「ばか! ばか!」




 クオンは彼女を抱き寄せ、指先でその涙をぬぐってやります。


 カリンはされるがまま、泣き濡れた顔で、クオンを見上げました。




「きみにはぼくの、不死鳥の血をあたえたんだ。


 そのせいで、きみにも不死鳥の性質が備わってしまった。」




 カリンの容姿は、時が止まっているかのように、あのときのままでありました。


 ただ、長く疲労していたように、頬はこけ、目の下に濃いくまができております。長年の研究漬けのせいでしたが、クオンにはそれが、永久の時を生きたトワの生と、かさなって見えました。




「ねえ、じゃあ。」




 と、カリンはおもむろに、白衣をはだけます。




「これも、そうなの。あなたの血が、わたしに入ったから?」




 カリンの背中から生えているもの。


 それは一対の、翼でありました。


 不死鳥の雛がそうであるように、まだ小さい炎が、翼の先で揺らめいておりました。


 クオンはそれを手に取り、やさしくなぞります。




「ああ。そうだ。きみは、寿命だけでなく、不死鳥の形質をも得てしまった。


 だが、許してほしい。あのとき、ぼくにはきみをうしなうことが、どうしても受け入れられなかったんだ。きみを、死なせたくなかった。」




 カリンはぶんぶんと、首をふります。




「ばかね。あなたがいなくちゃ、わたしだって生きていてもしょうがないわ。」




 そして、涙でぐちゃぐちゃの顔で、ぎこちなく笑いました。




「ねえ、……もう、どこにも行かないでね、クオン。」




 カリンのその言葉に、その表情に、自分の理性がはるか遠くへいってしまったのを、クオンは自覚しました。


 かわりに、不死鳥の本能が、何もかもを焼き尽くすほどの強さで、彼女を求めているのでした。


 カリンの翼に口づけ、身のうちに熾きた火のような感情を、クオンは必死の思いで、言葉にして吐き出しました。




「そなたが、わたしの探し求めたつがいだ。永遠にわたしとともにいてほしい、カリン。」




 カリンは、涙を流しながら、頷きました。






   ∞






 それから。


 トワたち二人の羽は、永遠に消えない薪のかわりになったので、それをもらった妖精女王はたいそう喜んで、寒い夜はその羽毛を暖炉にくべるようになったのでした。




   めでたし、めでたし。

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