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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Geister Kontinent

悪役令嬢は親友の幸せを願う

作者: うぃんてる

悪役令嬢ものが書きたかっただけなんです。

ですが、ざまぁも婚約破棄もありません。流行りの悪役令嬢でもありません。

「ごきげんよう、リリー様」

「やぁ、リリー。相変わらず一人で読書かい」

「あ……。アルフレッド様、エレニア、様……」


 また、だ……。私は学院図書館のあまり人の来ない奥の方で読んでいた本から視線を外し、私に声を掛けた二人――二週間前に告白されてお付き合いを始めた伯爵家令息アルフレッド様と、そのアルフレッド様の腕に仲良さそうに腕を絡めて私を見て笑う侯爵令嬢エレニア様――を見て心のなかでそう呟く。


「リリー、君にはいつも思っていたが……やはり私には合わないようだ。別れてくれないか?」

「わたくしたち付き合うことになりましたの。アルフレッド様にはリリー様は勿体無さすぎですわ。ですからわたくしが貰ってさしあげますね」

「……そう、ですか……」


 小さく諦めのため息を吐く私にはもう興味は無いとばかりにアルフレッド様はエレニア様を連れて楽しそうに笑いながら立ち去っていく。私はもう一度ため息を吐くと、さすがにもうこのまま読書を続ける気分ではないので学院の女子寮にある自分の部屋へと帰ることにした。




***


 私の生まれたこの国オルテリーナでは貴族であっても恋愛には寛容で余程の身分差でもない限りはそのまま婚姻に至るというケースも珍しくはない。私は物静かな性格で父が王国宰相でもある侯爵令嬢でもあるせいか、よく告白を受けるのだけれども……一月もしないうちに振られてしまうのだ。


「おかえりなさいませお嬢様」

「……ただいま、マリー」

「どうかなさいましたか?」

「……あ、うん。また……」

「また、ですか。……エレニア様ですか?」

「ええ……」


 部屋に戻れば侍女のマリーがいつも通りの心が癒されるような優しい微笑みで迎えてくれた。その微笑みに少しホッとして学院の制服から簡単な部屋着に着替え、その間にマリーが用意してくれたお茶を楽しむ為に席につく。


「……うん、今日の紅茶も美味しい」

「ありがとうございます」


 私には親友が一人いる。いや、正確には……いた。侯爵令嬢のエレニアちゃんだ。彼女のお父様と私の父が学院からの大親友であったためか、私たちが学院に入るまではお互いに家族ぐるみのお付き合いをしていて私とエレニアちゃんは何をするにしても一緒の毎日を過ごしていた。

 それがおかしくなってしまったのは私たちが学院に入学してから少し経ち、初めての彼氏ができたあとだった。少しずつ会う機会が減っていき、とは言っても彼女は課外活動などをしていて放課後を読書などで過ごす私とは別行動をすることが多かったから、関係が疎遠になってしまったことに気がついた時には初めての彼氏を奪われるという余りにも悲しい出来事と共に決別を告げられてしまったのだ。

 思い返せば私にもいくつか非はあったようには思う。初めての彼氏に舞い上がってしまっていたのか、彼氏の言うことばかりを優先して彼女の言うことを拒絶したり、約束を忘れてしまったり。大切に想う相手を奪う彼女に非があるとは思うけれど彼女だけを責める学院の空気には、それは違うと思うのだ。


「……でもどうしてエレニアちゃんは私の好きなひとばかりを奪うのかな。そんなに私のことが憎いのかな。……そんなに私は彼女を怒らせてしまったのかな……」


 彼女は私の立場に関係なく接してくれる、大切に思える存在だった。多くの人たちが私の父を気にして関わりをもってくるなか、彼女だけは小さい頃からの付き合いもあってかどんなことでも話し合い、時にはお互いに諌めあい、そして苦楽を分かち合える間柄だったというのに。


「もう、戻れないのかな……」


 すると今まではずっと聞き役に徹してくれていたマリーが珍しく言葉を発してきた。


「お嬢様。失礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」

「……いいよ」

「それでは申し上げます。……お嬢様はエレニア様が今、学院で呼称されている数多のそれぞれを心の底から真実だとお思いなのですか?」

「え……」

「お嬢様とエレニア様の長年築き上げ結ばれてきた深い絆はそれを知らぬものどもが囀ずる噂程度に霞み綻ぶようなもので御座いましたでしょうか?」

「…………」

「お嬢様はお嬢様をまるで本当に血の繋がった妹のように慈しみ気遣いそして心配なさったエレニア様が本心からお嬢様を裏切り嫌いそして蔑んでいらっしゃると思っておられるのですか?」

「…………」


 エレニアちゃんは本当に聞くに堪えない言葉を私の周囲にいる人たちから浴びせられている。そして最近では私から奪った方たちを弄んでは棄てる悪女とか、お芝居にてヒロインを害する立場にある悪役から転じて悪役令嬢とまで公然と呼ばれつつある。


「……お嬢様」

「ありがとう、マリー」

「はい。あとは行動あるのみです」

「うん、ちょっとエレニアちゃんのお部屋に行ってくる」


 私は本当にバカだ。目先の出来事に心を奪われて一番大切な、そして大事な事を見失い続けてきてしまっていた。……行かなければ。




***




 同じ女子寮の一つ上のフロアにあるエレニアちゃんのお部屋に訪ねてみれば彼女の侍女さんにまだ戻って来ていないことを告げられる。侍女さんに帰って来るまで部屋のなかでお待ちくださいと勧められたものの、間もなく夕暮れになるのと何とはなくのイヤな予感に襲われて彼女を探しにいくことにした。

 学院本校舎まで戻り幾人かの部活動を終えて帰寮の途についていた学院生に尋ねて回ったところ、彼女とアルフレッド様を魔法訓練棟の方で見かけたという情報をいただき急ぎ走っていく。運動が苦手な私が息を切らし目眩がするくらいにふらついて目的の場所へ辿り着く頃にはイヤな予感は確信に変わっていた。





 魔法訓練棟は実際に魔法を使って実戦的な訓練をするだけに気密性が高くそして防音性能も高い。その入り口が中途半端に開いているのを見つけてそっと中を顔を出さずに様子を伺えば案の定、彼女の少しだけ緊張した声が聞こえてきた。


「ちょっと、アルフったら!こんな人気のない場所に私を連れ込んでどうする気?するなら柔らかなベッドの方がいいんだけど?」

「ちっ、噂では色々聞いていたが本当にビッチかよ。まぁいい。用件はそっちじゃない」

「じゃあ何かしら?」

「おいおいもう薄々分かっているんだろう?エレニア」

「……なんのことかしら、アルフレッド様」


 扉の向こう側にいる二人の表情は見えないのでよくわからないけれど周囲の空気が段々ピリピリとしてくるような感覚に包まれ始める。このままでは良くないことが起こりそうな予感がするのに私の体は扉の前から一歩も動くことが出来ずに聴力だけが研ぎ澄まされていくような錯覚に襲われている。


「知っているんだよ、エレニア。お前があのリリーに近づく悪い虫の弱味を握った上でわざわざお芝居までして引き剥がしているって事はな」

「…………それで?」

「俺の要求は簡単だ。今までの男どもの脅迫材料全て寄越せ」

「…………イヤといったら?」


 少しの沈黙のあと衣擦れの微かな音がしたかと思うと、僅かに聞こえたエレニアちゃんの息を飲む音と共に奥の方から複数の気配が増えてくるのが感じられた。


「取り押さえろ」

「それ以上来ないで!やっ、やめっ!痛っっっ離して!!」


 アルフレッド様の今まで聞いたことが無いような酷く冷たい低い声が聞こえたかと思うとエレニアちゃんの悲鳴が響いて床に組み敷かれたような音が聞こえた。勇気を振り絞って、でも慎重に扉の端から中を覗き見れば両手を後ろ手に拘束されうつ伏せに床に押さえつけられて、その艶やかなブロンドの長い髪の毛を乱暴に掴まれて引き上げられ無理やり顔を上げさせられているエレニアちゃんと、それを心底愉しそうに黒い笑みを浮かべて見下ろすアルフレッド様がいらっしゃった。


「どんなに粋がっても所詮は女だ、男には敵わんさ。気分はどうだ?ん?」

「……やっぱり調査内容は正確ね。今までに何人泣かせたのかしら?」

「知らんな、貴族でない者に価値などないしなぁ?クククッ」


 このままではエレニアちゃんどころかバレれば私も危険だ。そして録でもない未来しか見えない。顔を引っ込めた私はどうすればこの事態を打開出来るか必死に考え始めた。


「……どうやら子ウサギがいるようだな。エレニア、考えは改まったか?」

「条件があるわ」

「リリーには手を出さないで、か?」

「ぎっ!ひぁ!んんっ!」


 わざとらしく声を裏返して女性みたいな声でアルフレッド様がエレニアちゃんを馬鹿にしたように言った後乾いた音が連続して響くと同時にくぐもったエレニアちゃんの短い悲鳴が響いた。


「気の強い女は嫌いじゃないがな。もう一度聞いてやる。……考えを変えないなら変えるように特別にお前の目の前でしてやるぞ?」


 アルフレッド様の言葉と同じくして私の方に気配がゆっくりと近づいてくるのが分かる。そしてその事でエレニアちゃんにも私がここに来ていることが分かってしまったみたいで、


「リリー!?逃げて、早く!私はどうでもいいから!早くっ!」

「逃げられんよ。覗き見するような悪い子には貴族といえどもお仕置きしなければなぁ?ヒヒヒッ」


 私を怯えさせようとしているのか気配の主たちはわざと歩みをゆっくりとさせながら派手に足音を響かせて近づいてくる。それなのに私はと言うとこの土壇場になってやけに頭は冷静になってしまい、二人とも助かるためにはどうすればいいかと考え続けて、そして――――私は視界の片隅に赤く光っていたそれに恐怖ですくんでしまっていた両足を引き摺るように両腕を懸命に使って這い寄り、それを力いっぱいに押し込んだ!


《ジリジリジリジリジリジリジリジリ…………》


 大音量のけたたましい非常ベルの音が全ての他の音を塗り潰さんばかりに鳴り響き、次いで学院警備による緊急校内放送にて警備員が現場確認に向かっているというような内容が流されている最中、泡を喰ったようにエレニアちゃんを押さえつけ乱暴を働き、私にも同じようなことをしようとしていたアルフレッド様とその他が私が隠れていた扉から逃げ出していくのが見えたのでようやく一息を吐くことが出来たのだった。




***




 その後駆けつけてきてくれた警備員さんにエレニアちゃんは救助され、私と共に簡単に事情聴取を受けた後、今はエレニアちゃんの寮の寝室で横になって眠っている。もちろん私は大切な親友の看病だ。


「……傷が残るような殴られ方じゃなくて本当に良かった」


 目蓋を閉じて眠る親友の痛々しいまでに腫れ上がった両頬を治癒するための薬剤を交換しながら思わず声に出して呟く。


「……あんただったら間違いなく傷痕ついたでしょうけどね」

「起きてたの……?」

「そんなことより何故あんな場所に来たのよ」

「心配だったから」

「貴女の彼氏を奪うような学院一の嫌われものなのに?」


 私はこれまでの自分を自分が思っていたことを、マリーに諌められたことも含めて全てのことをエレニアちゃんに説明した。


「エレニアちゃんが本心から私に対して酷いことをしようとしていなかったことはさっきの態度で理解してるよ。でも一つだけまだわからない事があるの」

「……どうしてそこまでして貴女を守ろうとしたか、でしょう?」

「そう。教えて、くれる?」


 私の静かな問いかけにエレニアちゃんは小さく頷くと昔を思い出すかのように目をしばらく細めたのち、ゆっくりと私の方へ顔を向けて話はじめてくれた。


「ねえ、リリーはさ私たちが初めて会った時のことを覚えているかしら?」

「んっと……たしか私のおうちで遊んだりしてすぐに仲良くなったけれど、病気になってエレニアちゃんは寝込んでしまったような……」

「あたり。あれね、みんなにはただの風邪だとか言っていたかもしれないのだけれど……本当は対処を誤れば死ぬかもしれない病気だったんだ」

「えっ」

「大人は私への処置が適切だったのを知っていたから特には何ともなかったのだろうけれど、子供の私は死ぬかもしれない恐怖に毎日怯えていたんだ」


 そんな状態とは露知らず、けれどもひとりぼっちで一日中ベッドに病気でいる心細さは私も昔から病気がちだったからよく分かっていたので毎日、本当に毎日エレニアちゃんをお見舞いに行ったことは鮮明に今でも覚えている。


「リリーがさ、私にいつも言ってくれたんだよ。エレニアちゃんには私がいるよ、って。そして恐怖を打ち払ってくれるほどの微笑みを毎日くれた。雨の日も暑い日も嵐の日ですら来てくれた」


 さすがに嵐の日に行った後は両親に行きたいと言ってもダメと言われると思ったから黙って行ってしまい、帰宅したら待ち構えていた両親にこっぴどく怒られてしまったけれども。


「そしてさ、ようやく完治してリリーにお見舞いのお礼を言ったらさ。リリーは私に何を言ったか覚えているかしら?」

「…………ごめん、覚えてないわ」

「……とびっきりの満面の笑顔で私に、エレニアちゃんが私の笑顔で元気に幸せになってくれるならこれ以上に嬉しいことはないよ。私もエレニアちゃんのいない世界はいやだもの、って」

「っ……!」


 思わず本当に顔から火が出るかというくらいには赤面してしまってエレニアちゃんから視線を逸らしてしまった。ものすごく恥ずかしい。


「……だから私はリリーを絶対に幸せにしたかった。その笑顔を守りたかった。でもリリーは本当に純粋で一点の曇りないくらいに目映いから汚い世界は見せたくなくて。リリーには綺麗なままでいて輝いていて欲しくて…………でも結局は」


 やっぱりそういうことだったんだ。私も薄々は近づいてくる人たちの本心が私ではなくて父の地位や財産にあるんじゃないかな、とは思っていた。私の容姿は絶世の美少女というわけでもないし、社交は苦手だし、男のひとを虜にするような特技は特には持っていなかったのに次々とではないにしては告白されると言うのが不思議でならなかった。だからアルフレッド様の要求を聞いて合点がいったのだ。


「……ごめんなさい、リリー。私が誘惑したと言うことにすればリリーに落ち度は無くなるとか考えてしまったのだけれど、やっぱりリリーにすべてを相談すれば良かった」

「……でもエレニアちゃんは私が幸せになって欲しくて頑張ってくれたんだよね?不満がないと言えば嘘になるけれど……でも」


 純粋だから綺麗なままでいてほしいという願いは不純に触れたさいに変質してしまうかもしれないという恐れに加えて私がエレニアちゃんにしっかりとは信頼されていないとも言えた。初恋に舞い上がって失敗した手前仕方がないことかもしれないけれどやっぱり悲しい。とはいえ。


「でも、不名誉なあだ名をつけられてでも一心に私のことを、私の幸せのことを思い悩んで考えてくれたエレニアちゃんのことが私は大好きだよ。だからこれからもよろしくね?私だけじゃなくて二人で一緒に幸せになろうよ」

「っ〜〜〜〜〜〜!!」


 多分私の会心の笑顔だったのだろう、感極まったエレニアちゃんに私は抱きしめられてしばらくの間解放されることはなかったのだった。

お読みいただきましてありがとうございました!

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