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いつか、きっと。  作者: なむ
9/20

あの夏。


親に与えられた環境の中で


親に与えられた服を着て


親が綺麗だと言った景色を綺麗だと思う


あの世界の中でしか生きられなかったあの頃


その限られた世界の中で


偶然出会った私たち


その偶然がなければ


あなたは私の隣にいることを


選ぶこともなかっただろう。


そして


母親が選んだ新しい人生の中に


弘人は連れられていった。




「多田、珍しく来なかったね」


『あ、うん。』


「なんかあった?」


『何もないよ』


「そっか」


「じゃあ、また明日ね」


バス停で七美たちと別れて


『…』


ベンチに座る


しばらく通り過ぎる車を眺めて


「何してんの。さっきのバス、乗るんじゃねぇの?」


顔を上げると


ポケットに手を入れて私を見下ろす弘人がいた


『達也待ってる。』


「待ち合わせ?」


『待ち合わせじゃないけど。』


「なんだそれ。」


『…』


私の隣


ベンチに座り


ポケットから取り出したライターのフタをキンッと鳴らす


何度か不規則にそんな高い音を鳴らした後


小さく息を吐いて空を見あげた


『…』


弘人の横顔


『…弘人。』


ふわりと


「ん?」


風が舞う


『…』


揺れる髪を耳にかけ


足元に転がる空き缶を見つめた


『…寂しかったよ。』


「…」


『弘人に会いたくて、毎日泣いてた。』


「…なんだよ急に。」


『電車を見るたびにね…』


「…」


『これに乗れば弘人のところに行けるのかなって…いつも考えた。』


「…」


『会いたくて仕方なかった…。』


空き缶がカラカラと音を立てて


『弘人は?』


風に運ばれて転がっていく


「…」


空から視線を落として


『…』


弘人は転がる空き缶を見つめた


『6年の花火大会…』


「…」


『弘人はあの場所に来た…?』


「行った。」


弘人は


『…』


ライターをポケットに押し込んだ


『…』


「そう言ったらお前どうすんの?」


『…』


「行ってないよ。」


私の目を見て


「行くわけねぇだろ。」


小さく口角を上げて


『…』


感情のない声で…


「今更そんなん聞いてどうすんの。」


『…』


ねぇ、私


『…そうだね。』


ちゃんと答えがほしかった


あの頃の


終わりがほしかった


突然いなくなったあなただから


『もう一つ…聞いていい?』


あれから一度も


会えなかったから…。


「…なに。」


《俺は好きじゃなくてもキスできるし》


『あの日…どうしてキスしたの?』


「…」


『…』


「…俺は優のこと、好きじゃない。」


ねぇ…


「ごめんね。」


真っ直ぐと私を見つめて


『…』


淡々と吐き出した弘人の言葉を


私はただ聞いていた


その言葉があまりに現実味がなくて


耳に入って抜ける


なんとなく


返ってくる答えはわかってた


それでも私は答えが欲しかった


達也だけを見つめていられる自身が欲しかった


過去を忘れる


理由が欲しかった


本当にずるい…


そんな私に達也は「大丈夫だよ」と言う


私を許そうとする


達也は私を


離さないと言う


私はそんな私だけの居場所に


ただただ安心していた。


いつだって達也は


なにも言わずに抱きしめていてくれる


いつだってそばにいてくれる達也を


当たり前だと思ってしまったのは


ねぇ


いつからだったかな…


「…優。」


『…』


「もしも俺があのままこの街にいたら」


『…』


「きっとあの頃よりもずっと」


『…』


「もっとお前のこと、好きになった。」


『…っ』


「けど…」


弘人の


「俺じゃ駄目だっただろ?」


かすれたような低い声


「あの頃、お前のそばにいられたのは」


『…』


「あいつだっただろ。」


『…』


「そうなってたんだよ、俺ら。」


『…っ』


それが私たちの運命だった


誰にも変えられなかった


変えたいという意思すらも持たないほど


私たちは子供だった


あの頃、私たちは確かに


確かにお互いがお互いを大好きだったけど


『…』


それだけ。


「優、弘人。」


『…』


「なにやってんの。」


手に持っていた携帯をポケットに押し込んで私たちを見下ろした達也


『あ…達也待ってたら偶然弘人が。』


「そっか。連絡してくれればよかったのに、待たせてごめんな。」


『うぅん、私もさっき来たところ。』


「弘人、帰らねぇの?」


「約束あんだ。」


「…そうか。」


『…』


ベンチから立ち上がり背中を向けた弘人


「バス、来た。」


『うん。』


バスに乗り込み、一番後ろの席に並んで座る


窓際に座った達也は


顔を背けるようにして外を見た


『…』


達也と付き合った次の日


《…ごめんな。》


あの日


達也は泣いていた


『…』


窓のむこうで


いくつもの景色が通り過ぎる


『…小学生の時ね、花火大会は毎年待ち合わせして二人で見ようって弘人と約束したことがあったんだ。』


「…」


『小学6年の夏、偶然花火大会の近くで達也に会ったでしょ?ほんとは私、あの場所で弘人のこと待ってた。』


ずっと


『来なかったけど。笑』


窓の外を見つめる達也


『ほんとはちょっと期待してた…もしかしたらあの日、もう少し待ってれば弘人に会えたかもって。』


「…」


『けど…やっぱり来てなかった。弘人がさっきそう言ってたの。』


ガラスに微かに映った達也が


『中一の夏、迷ったんだよ。』


なんだか寂しそうで


『もしかしたら、今年は来てくれるかなって。』


私は下を向いた


『けど、達也が誘ってくれたから。達也と行きたいって思ったの。』


「…」


『きっと、弘人が帰ってきたその年もあの場所には来なかったと思う。それでよかった。』


《…ごめんな。》


きっと


《弘人が帰ってくること、優に言わなかった。》


ずっと罪悪感で苦しかった


達也が悪いわけじゃないのに


あの日からずっと苦しんでいた


それでもその苦しみを隠して


私のそばにいてくれた


私が辛い時、いつも支えてくれた


『私、達也と付き合えてよかったよ。』


「…」


『でも…』


静かに


『あの頃のこと、ちゃんと終わりにできなかった。終わりにできないまま達也を好きになった…。』


私を見た達也


「俺が言ったんだよ。」


『…』


「俺があいつを忘れなくていいって言ったんだ。」


そっと


「それでいいんだよ。」


私の手を握る


『…』


それが温かくて


「俺が、お前じゃなきゃ駄目だったんだ。」


私はやっぱり


『…』


この人の隣にいたいと思った


達也がそれを許してくれる限り


このままずっと


達也を好きでいたいと思った



夕日が


バスをオレンジ色に染めた。




【H28.3.7】


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