約束。
達也の彼女になった次の日
教室で寝たふりをして達也を驚かそうと思った
教室に入ってきた達也は
私の髪にそっと触れて
《…ごめんな。》
そう言った
「優、お昼食べよー」
『うんっ』
昨日、達也から友達の家に泊まってそのまま学校に行くと連絡があった
今日は一度も達也に会っていない
《…俺を許して。》
達也の悲しい声が
頭から離れない
心に染みを残す
「ほんとあっと言う間にクラスに馴染んじゃったね、佐野。笑」
「クラスっていうかこの学校にね笑」
弘人の周りにはいつも人が集まる
他のクラスの男子ともよく話をしている弘人
昔も友達は多かったけど
ここまで人付き合いがうまい方ではなかった
元々大勢の子と遊ぶのは気疲れしてしまう性格だったから
いつも私と達也といることの方が多かった
「あれ、優なんか落としたよ」
『あっ』
「えー懐かしいっ」
「小学生くらいの頃流行ったよね、ミサンガ」
美羽が拾い上げて私に渡してくれたミサンガ
部屋のクローゼットの奥にしまってあった、小学生の頃遊んだオモチャやゲームを入れた箱
昨日、達也が帰った後
急に懐かしくなってその箱を引っ張り出した
その箱の一番底に入っていた
弘人にあげたおそろいのミサンガ。
「どうしたの?これ」
『あ…昨日見つけて懐かしかったから。笑』
「ほんと懐かしい笑」
「けど、切れてないってことは自分で外しちゃったの?」
『あ、うん。』
「自然に紐が切れるのを待ったら、切れた時に願い事が叶うってジンクスだったよねぇ」
「けどこれって結構頑丈で全然切れないの笑」
「そうそうっ笑」
『…』
あの頃
私たちはそんなジンクスに
小さな願いを込めた
幼く儚い
願いを。
「優ちゃん、できたら誰にあげるのー?達也君と弘人君?」
『んー、どうしよっかなぁ』
「私は隣のクラスのかず君にあげるの♪受け取ってくれるかなぁ」
学校の休み時間
あの頃はクラスでもたくさんの子が机でミサンガを編んでいた
女の子たちでそんな会話をしながら
どんなお願いをしようかと考えた
あの頃は
楽しいことばかり考えていた
苦しみや絶望なんて知らなかった
可愛かった私たち
「明日の花火大会、二人で行かない?」
帰り道、弘人が言った
毎年七夕の日にある、地元の花火大会
照れたように少し顔を背けた弘人の耳が
少しだけ赤かったのを覚えてる
《達也は誘わないの?》
その言葉を飲み込んで
『うんっ』
私は弘人と二人で花火大会に行く約束をした
二人の距離がくすぐったくて
気持ちがふわふわしていて
心の真ん中が温かかった
「優っ」
『ごめんね、待った?浴衣着せてもらうの時間かかっちゃって』
「うん。行こう。」
待ち合わせ場所に着くと
すぐに目をそらしてしまった弘人
髪型、変かな?
浴衣の色、やっぱりあっちの方がよかったかな?
下駄、歩きづらい。
歩くの遅いから、迷惑だったかな?
…なんて。
いつからだろう。
当たり前に隣にいた頃の気持ちが
少しずつ
少しずつ、変わっていったのは。
弘人に、どう見られているか…なんて
そんなの気にも止めていなかったあの頃の私は
もういなくなっていた
ずっと黙ったままの弘人の横顔を見て
浴衣なんて、着てこなきゃよかったと思った
巾着の中に入れてきた
今日の休み時間
ギリギリ間に合って作り上げた2本のミサンガ
本当は
《できたら誰にあげるのー?》
弘人のことばかり考えて作った
弘人の好きな色の糸で
弘人の腕の太さに合わせて編んだミサンガ
「この辺り、去年よく見えたよ」
『時間までどうしよっか』
「かき氷食べる?」
『うんっ』
「買ってくるから待ってて」
『あ、私も行く』
「いいよ、待ってて」
『あ、ありがと』
弘人と歩きたかった
かき氷を買いに行く時間も
隣にいたいと思った
私が歩くの遅いから、面倒くさいのかな?
だから、待っててって言うのかな。
「イチゴでよかったよね、はい」
『うん、ありがと』
「そこ、座れば?」
『え?』
植木を囲んだ少し高めの花壇を指差した弘人
「足、痛くない?」
『あ、うん。』
そっか
「あと5分だね」
そっか。
『うんっ』
下駄が歩き辛いの気にしてくれてたんだ
だから待っててって言ったんだ
弘人はいつも優しいの
忘れちゃってた
「なにニヤニヤしてんの笑」
『ニヤニヤなんてしてないよー笑』
「…」
目が合った
『…』
待ち合わせ場所に着いた時に合わせてから初めて
弘人が私の目を見て
やっぱり顔を背けた弘人
『弘人。』
「あ、花火上がった」
『…弘人っ』
花火なんてもうどうでもよくて
やっぱりミサンガを渡したくなって
『ねぇっ』
「っ」
弘人の腕を引いて体を私に向けた
『…』
弘人の顔が赤かったのは
その時上がった赤い花火の色に照らされたせい?
「…なに。」
弘人の声がなんだかぶっきら棒に聞こえたのは
花火の音が大きくて聞こえづらかっただけ?
『あ、あのね。』
巾着から取り出した二本のミサンガを見て
弘人は首を触った
弘人が照れくさい時にする癖。
『一本、あげる。』
恥ずかしくて俯いた私の手から
「やった。」
ブルーのミサンガをスルリと取った
『…』
私の手の中に残ったピンクのミサンガ
初めてのおそろい
二人だけの、おそろい。
『いらなかったら着けなくていいよー笑』
自然に話せてるかな
『みんな作ってるから、私も作ってみたの。』
変じゃないかな
「着けるって。笑」
そう言って握りしめたミサンガをズボンのポケットに押し込んだ弘人
『…』
私はピンクのミサンガを巾着にしまった
花火が上がっている時も
花火が終わっても
やっぱりあんまり話してくれなかった弘人
私のことを見ない弘人
「帰ろっか」
『うん』
帰り道
鼻緒ずれした足が痛くて
下駄を地面に擦るようにして歩いた
『綺麗だったね』
「うん。」
少しだけ着崩れした浴衣
急に泣きそうになったから足を止めた
「優?」
振り向いた弘人が私を見た
『足痛くて。笑』
涙が溢れたから無理矢理笑った
「ちょっと座る?」
『来年は、達也も誘おっか』
笑え
「え?」
笑え…
『…泣』
「優っ?」
慌てたように私に駆け寄った弘人
『…今日、楽しくなかった?泣』
「え、なんで?」
『弘人全然しゃべらないんだもん…』
「え、しゃべってたよ」
『あんまり楽しそうじゃなかった…』
「違うって」
『…』
「…ごめん。」
ぐしゅっと鼻をすする
「えっと…」
涙が浴衣を濡らす
「…いつ言えばいいか、タイミングわからなくて。」
『なにを…?』
「…浴衣…似合ってるって。」
首を触って俯いた弘人の顔が赤い
『…』
私も同じくらい
「…」
きっと赤かった
ガードレールに腰をかけて少し休んで
痛かったら腕を持ってていいよと弘人が言うから
弘人の腕に手をまわす
『…』
好き
「…優。」
大好き
『ん?』
私の心に広がった気持ち
私は弘人が好き
「来年も、二人がいい。」
『え?』
「花火大会。」
弘人と待ち合わせた場所まで戻ってきた
立ち止まって
「毎年ここで、待ち合わせな。」
私の目を見て言った弘人
『うんっ。』
嬉しくてまた
泣きそうになった
そんなの
恥ずかしくて言わないけど
「じゃあ、さっきもらったミサンガが約束の印なっ」
そう言って無邪気に笑う弘人
『ミサンガってそういうのじゃないよー笑』
私も嬉しくて笑った
「え、違うの?」
『ミサンガはお願い叶えるものだよ笑』
次の日
ミサンガ、着けてくれたかな?ってドキドキして登校した
教室で弘人の腕を見て
弘人のバカ…って心の中で呟いた
私の腕に結んだピンクのミサンガを見て
朝の会も授業中も、お昼の時間もモヤモヤしてた
だけど午後の体育の時間
体操服に着替えた弘人が
ジャージのズボンを捲り上げた時に見えたミサンガを見て
『かなちゃん、早くグラウンド行こう♪』
「優ちゃんなんでいきなりテンション高いのー笑」
私はすっかり元気になった
「優、次移動だしそろそろ行こっ」
『あ、うん』
あの頃より少し色あせたピンクのミサンガをポケットに押し込んだ
教室の後ろで女子の首に腕を回して悪戯に笑う弘人
やめてよって言いながら嬉しそうに笑うその子
「優っ置いてくよー」
『あ、うんっ』
ねぇ、弘人。
6年生の夏
花火大会
あなたはあの待ち合わせの場所に来た?
あの日の約束を
ねぇ
覚えてた?
外さずに着けてくれていたミサンガ
あの日の記憶が
私の心の端っこを
掴んだ。
【2016.2.28】