幸せ。
《友達なんていないよ。》
そう言って笑った弘人が
泣いているように見えた
ねぇ
あなたが見つめる先に
そこに
なにがあるんだろう。
『…』
「おはよ。」
『おはよ、達也。』
マンションを出ると
ガードレールに座っていた達也
『今日、夕飯食べに来る?』
「行きてぇ」
『お母さんが達也の好きなハンバーグ作るって張り切ってた笑』
「まじ?早く食いてぇ」
月に何度か、達也は私の家で夕飯を食べる
昔から私と仲がよかった達也を自分の子供みたいに接してくれるお母さん
中学卒業と同時に両親が家を空けたことを心配して
時々達也の分の夕飯を作ってくれる
「優、二人三脚でるんだって?」
『うん、また転んだらどうしよー』
「お前ほんと鈍いからな笑」
『うるさいー笑』
「そういえば、お前携帯は?」
『え?』
「昨日電話したけど繋がらなかったから」
『あ…』
《携帯取りに来たんじゃねぇの?》
『机の中に忘れちゃって』
「普通携帯なんて忘れるか?」
呆れたように笑った達也
《俺はそういう中で生きてきたから》
『…』
「優?」
『ぁ…』
「何ぼーっとしてんだよ。行こうぜ」
『うん。』
弘人のことが
こんなにも気になってしまうのは
たぶん
あの頃の気持ちのまま
弘人のことが好きだからという訳じゃない
ただ
幼馴染の弘人が
私の知っている弘人がいない事実が
悲しかった。
ガラッ
「おはよー多田夫婦」
『もーやめてよ笑』
「じゃあ、教室行くわ」
『うん』
「ねぇ優、宿題やったー?」
『やったけど全然わかんなかったー』
弘人がいなくなった日
公園で泣いていた私を見つけてくれた達也
私が泣き止むまで
達也はずっと隣にいてくれた
それからしばらくの間
私は毎日泣いていた
弘人のことを忘れられずに。
中学に入って最初の夏
地元の花火大会で
達也は私に付き合おうと言った
達也が私の中で
ただの幼馴染じゃなくなった瞬間だった
達也が私のことを好きでいてくれたと知った日
私は弘人を想うのをやめた
達也と付き合うと決めたあの時
私は弘人のことを忘れなければいけないと思った
ガラッ
「席に着けー。佐野は休みか?」
頬杖をついて
黒板に並べられる英文を眺める
朝の退屈な授業が始まる
『…』
また
屋上でさぼってるのかな…
グラウンドで体育の授業をしている生徒たちの声を聞きながら
そんなことを考える
ノートの上に乗せた消しゴムを指先で転がす
机の端に七美が書いた落書き
相合傘の下に書かれた
達也と私の名前
『…』
「それじゃあ前回出した課題を、佐々木前に出て解いてみろ」
『えっ』
そう言って先生が
宿題でわからなかった問題を指差した
『はい…。』
渋々前に出て
小さく丸くなったチョークを一つ摘む
「どうした、わからないか?」
解けなかった問題を
もう一度、頭の中で考えてみる
『…』
ガラッ
突然教室の扉が開き
「おう、遅かったじゃないか」
『…』
怠そうにポケットに手を入れる弘人がいた
「ちょうどいい、佐野解いてみろ」
「は?だり…。」
そう言いながら面倒臭そうにチョークを掴んだ弘人
カッカッカ…ッ
『…』
少しも考える素振りさえ見せず
黒板に書かれていく英文の答え
男子の驚く声と
女子の黄色い声が教室に広がった
「正解だ、二人とも座っていいぞ」
『…はい。』
先に席に向かう弘人の後をついて
私も席に着いた
教科書の英文を読む先生
『っ…』
弘人はそっと
私の後ろ髪に触れた
「…英語苦手なんだ、優ちゃん。」
『…』
周りに聞こえないほどの声で
からかうように言った弘人
弘人の触れる髪先に
意識の全部が集中してしまう
他になにも
考えられないほど…
「お前って昔から、努力のわりに結果が付いてこねぇよな。」
『…』
あの頃
勉強も運動も
いつも弘人は3人の中で一番だった
私はどんなに頑張っても
弘人には追いつけない
少しの努力でそこそこの結果が出るとすぐに飽きてしまう達也と
そんなに頑張っているように見えなくても
いつも結果はトップだった弘人
『…』
弘人があの頃の話をすると
私はなぜか
あの頃に戻れるような気がする
そっと離れた指先
弘人は大きなあくびを一つして、机に顔を伏せた
授業中はいつも寝てるのに
私が解けない問題を簡単に解いてしまう弘人に
私はやっぱり敵わない
そんな弘人のことが
いつからか
私の憧れになっていた
ガチャッ
「いらっしゃーい」
放課後
学校からそのまま私の家に来た達也
「達ちゃん何飲む?」
達也が家に来ると
いつも楽しそうなお母さん
「なんでもいいよ」
「じゃあすぐ入れるから座っててねー」
「ミル、おいで」
トイプードルのミルク
小学6年の時、ミルクはうちにきた
「白いからミルクでいいじゃん」
そう言って、何故か達也がミルクの名付け親になった
ミルクを抱き上げる達也が可愛くて
私はその光景を見るのが好きで
自分の家のようにくつろぐ達也の隣
私はずっとこんな関係が続けばいいと思う
オレンジジュースをコクッと飲んで
「ミル、絶対俺のこと大好きだよな」
達也は私を見て無邪気に笑った
『ミルクがじゃなくて、達也がでしょ笑』
「は?ちげぇよ。笑」
「達ちゃん、もうご飯食べるー?」
「うん、いつもありがと」
ミルクを抱えたまま
お母さんの元に歩いていく達也
その背中を眺めて
幸せってこういうことなんだ、と思った。
『今日お父さんは?』
「出張で明日の夜帰ってくるって」
『そうなんだ』
サラダに乗った生ハムを摘んで口に入れた達也に
行儀が悪いと注意するお母さん
達也の真似をして私も生ハムを口に入れて
達也と笑った
気付いた頃にはお母さんが用意してくれていた
達也専用のお茶碗とお箸
達也が来た時は
ご飯を食べる達也の膝の上がミルクの特等席
「やっぱおばさんのハンバーグめちゃくちゃ美味い」
「ほんと?よかったー」
『けど今日のちょっと固くない?』
「そうか?俺はちょうどいいけど」
「優もたまにはお料理手伝いなさいよ」
『たまに手伝ってるじゃん』
ミルクが達也からもらったレタスをシャリシャリと食べる
「あっそういえば弘くん、こっちに帰ってきたんだって?」
なんとなく
『ぁ、うん。』
空気が変わった
『うちのクラスだよ』
「そっかー、ご両親離婚されていろいろ大変だったもんねぇ。今度弘くんも一緒にご飯誘ってみたら?」
ミルクに笑いかけてふわふわの毛を撫でる達也
『うん、そうだね。』
ご飯を食べた後
ソファで他愛のない会話をして
外はすっかり暗くなって
このままクラスの友達のところに遊びに行くと言った達也
駅まで送ろうとする私に
もう暗いし危ないからと言った
玄関で達也を見送って少しして
やっぱり私も家を出た
『達也っ』
「いいって言ってんのに。」
エレベーターを待っていた達也は
振り向いて笑った
『やっぱり公園の辺りまで送る』
「さんきゅ。」
自然に握られる手が温かい
繋がった手に少しだけ力を入れた私に
『達也痛いっ笑』
「仕返し。笑」
達也はいたずらに笑う
マンションを出ると
冷たい秋の風が頬に触れた
「おばさんにお礼言っといて」
『うん、言っとく』
「今度は優が飯作ってよ」
『うん、また泊まりに行くね』
あの頃、三人で
何度も
何度も歩いた道
車のライトが二人を照らす
私をかばうように道の端に寄った達也
少し近付く二人の距離
『…』
繋がったままの手
『…弘人のお母さんって、どうして亡くなったのかな。』
「…」
見上げると
「過労だったらしいよ。」
星が見えた。
『…』
「あいつ、中一の時こっち戻ってきてたんだよ。」
『…ぇ?』
真っ直ぐと私を見た達也
「母親亡くなって…そのこと親父さんに報告しに。」
『っ…』
「…俺は弘人が帰ってくること、優に言わなかった。」
『…』
「優と、どうしても見たかったんだ…花火。」
『…』
夏…
「…ごめん。」
『…私…』
「…」
『…』
会いたかった。
その言葉を握り潰す
「…優。」
達也に抱きしめられた
『…』
息ができないほど強く
「…俺を許して。」
もしもあの日
弘人と会えていたなら
それでも
私は、達也の告白を
受け入れていただろうか…
『…達也…』
今更、そんなこと
『…私…達也が好きだよ。』
考えたって意味ないのに。
「…」
《毎年ここで、待ち合わせな。》
ふと
『…』
あの日を思い出していた。
【2016.2.26】