変わらないもの。
私は何も知らなかった
私が涙を流している今
苦しいのに
悲しいのに
涙を流すことさえできずにいる人がいたということ
「ほんと好きだな、レモンティー。」
『あ、うん。』
自動販売機で買ったレモンティーを見て
達也が笑う
お昼休み
私の前の席の背もたれを抱えるようにして座り
私の机に頬杖をつく達也
『達也、またパンだけ?』
「おう。」
『前みたいに、またお弁当作ろうか?』
「いいよ、あんま優に負担かけたくねぇし。」
『自分のお弁当作ってるから一つも二つも同じなのに』
「泊まりに来た時夕飯作ってくれてるし、それで十分。」
そう言って
私のお弁当の卵焼きを摘んで口に運ぶ
「ほんと美味いな、優の卵焼き。」
『卵焼きだけー?』
「んなこと言ってねぇだろ笑」
女の子が食べていたパンを一口かじって悪戯に笑う弘人
嬉しそうにその子は弘人の肩を叩く
「昨日、なんで泣いてたの?」
『…』
「…言いたく無いならいいけど。」
『…弘人がね。』
「…」
『付き合ってない子、家に泊めてるんだって。』
「…」
『そういう弘人…私は知らないから。』
風で揺れる髪を耳にかける
『…やっぱり、受け入れられないよ…』
俯いた私の髪を
『…』
優しく撫でた達也
「優…。」
『…変わっちゃうって悲しいね…。』
「…」
こんな話を達也にするべきじゃ無いこと
わかっているのに…
「いいじゃん。」
『ぇ…?』
「無理に受け入れなくていいよ。」
『…』
「弘人と作れなかった思い出」
『…』
「弘人とやりたかったこと全部、俺が優としてやるから。」
『…達也…』
「受け入れられねぇなら無理にそうする必要ないよ。」
達也は優しいね…
『…』
「教室でいちゃつくなーっ」
『七美。』
「もー七美邪魔しちゃダメだって笑」
「邪魔してないもーん」
「じゃあ、俺そろそろ戻るわ。」
『あ、うん』
立ち上がり、くしゃっと私の髪を撫でて教室を出ていく
「優、元気なくない?」
「大丈夫?」
『そんなことないよ、大丈夫だよ』
廊下で
弘人に呼び止められた達也
『…』
言葉をいくつかやりとりした後
弘人は無邪気に笑う
そんな弘人を見て
呆れたように達也は笑った
「えー、多田って佐野と仲良いの?」
「なんの話ししてんだろ」
『…』
「クラス違うのになんで?」
「優、知ってた?」
『え…ううん。知らなかった。』
あの頃
いつも3人は一緒だったのに
知らないものが増えていく
私だけが取り残されていくようで
悲しかった
「優ーっ練習!」
『あ、今いく!』
放課後
二人三脚に出るメンバーで体育祭の練習をすることになり
美羽とグラウンドに出た
「楽しいね♪」
『美羽ってこういうの好きだね笑 体育のスポーツテストの時もウキウキしてなかった?』
「いつもと違うことする時って楽しくならない?」
『そうだね笑 けど私二人三脚トラウマなんだよねー』
「えーなんで?」
『中学の時転んじゃって』
「うそーっ笑 中学も二人三脚だったんだ」
グラウンドの砂がふわりと舞う
そっと見上げた教室で揺れるカーテン
『…』
窓の縁に頬杖をついて空を見る
弘人がいた
「優?練習しよっ」
『あ、うん。』
「優ってたまにぼーっとしてる」
『そうかな…?』
「なんかあったら相談してよね」
『うん、ありがと。』
空を見上げる弘人は
いつだって
切ない瞳をしている
「本番も頑張ろうねっ」
『うんっ』
私は不意に
そんな彼を
抱きしめてあげたいと
思う
『教室に携帯忘れちゃった、ごめん美羽先帰ってて』
「わかった、また明日ね」
放課後の誰もいない教室で
ガラッ
『…』
机で眠る
弘人がいた
『…そこ…私の席…。』
静かな教室で、聞こえるのは
時計の音
静かに吹き込む風
そっと
弘人の髪に触れた
『…』
弘人の香水の匂い
髪の隙間から見えるピアス
椅子に座り少しだけ上がったズボンの裾から見えた
『…っ…』
私があげたミサンガ…
『…なんで…』
弘人が
わからない…
「…ん…。」
『っ…』
そっと目を開いた弘人は
大きなあくびを一つして
私を見上げた
「…なにしてんの。」
『…携帯…忘れて。』
「…あっそ。」
『…そこ、私の席なんだけど。』
眠そうに髪をくしゃっと握り下を向いた弘人
『…ミサンガ…』
「…」
『…ずっと持ってたの…?』
「…」
『…弘人…』
「夢、見てた。」
ぽつりと
『…ぇ。』
呟いた
「…お前と別れた日の夢。」
『…』
「ほんとは俺…あの日」
『…』
「待っててって、言うつもりだった。」
ねぇ、弘人。
「…けどやめた。笑」
いつからあなたは
「どう考えても無理だろ。俺らまだ10歳だったんだ。そんな約束守れねぇし、意味ない。」
そんな風に、感情もなく笑うようになった?
「それに、達也の方がお前には合ってたし。」
いつからあなたの瞳は
「あいつ、優しいだろ。俺なんかよりずっと。」
色をなくしてしまったの…
「待っててなんて」
『…』
「言わなくてよかった。」
『…』
「…」
『…あっそ。』
涙が溢れたから
私は弘人に背中を向けた
私たちの関係は
もうとっくに終わってた
弘人はそうやって
あの日、私との関係をちゃんと終わらせたんだね
いつまでも
前に進めなかったのは
私…
「携帯取りに来たんじゃねぇの?」
背中から
「おいっ」
私の腕を掴んだ弘人を
『っ』
バッ!
《付き合ってない子とも寝るよ》
『…っ…』
強く
振り払ってしまう
「…は?」
『…』
「なんなんだよお前…。」
あの頃
弘人はいつも
照れたように私の手を握った
まるで壊れ物に触れるように
私の髪をそっと撫でた
戸惑いながら
触れるだけのキスをした
『…もう…』
そんなふうに当たり前に
『…いやっ…』
私の腕を掴んだ弘人…
「…」
頬に伝う涙を
拭おうとした手
顔を背けた私に
「…わりぃ。」
あなたはそっと手を解き
「…そんな怖がんな…。」
困ったような声でそう言った。
涙が止まるまで
そこにいてくれた弘人
「…帰ろう、優。」
『…』
少しだけ前を歩く弘人
二人の上靴の音が
静かな廊下に響く
見上げるほど大きくなった弘人の背中
あの頃は短かった、弘人の襟足
光に透ける茶色い髪
捨てずにつけているミサンガ…
『…』
覚えていてくれた
私の好きなレモンティー。
『…今日、あの子は?』
「今日の朝、横浜帰った。しばらく彼氏の家行くってさ。」
『…彼氏…いるの。』
「あぁ、俺の一つ上の学年に。あいつはそういう女だよ。」
『…』
「俺の周りにいた奴って、そういう奴らばっかだったから。」
『…』
「お前は、俺が変わったって言うけど」
弘人の低い声
「…俺はそういう中で生きてきたから。」
これが自分なんだと
『…』
弘人が言った
ロッカールーム
ローファーに履き替えて上靴をしまう
なにも言わずに先に校舎から出た弘人の背中を追いかける
『…』
あの頃に戻りたくて
少しだけ足を速めて
弘人の隣を歩いた
見上げた横顔が
あまりに大人びて見えて
私は下を向いた
ローファーが少しだけ地面を擦る
弘人の歩く癖
秋の風が頬に触れた
あの頃
私たちはどんな話をしていたかな
もう
『…』
思い出せない。
~♪~~♪
『…』
ポケットからスマホを取り出した弘人
「…」
『電話でしょ?出なよ。』
「…いや。」
『友達じゃないの?』
しばらくして止まって
また着信が鳴る
「…わり。」
通話ボタンを押して私から少しだけ離れた弘人
「おう。ちゃんとやってるって笑…まぁ気が向いたら戻るわ、わかんねぇけど。おう、おまえらもな。じゃあな。」
しばらく画面を操作した後
弘人はポケットにスマホを押し込んだ
『…横浜の友達?』
「…」
『弘人?』
「友達なんていないよ。」
『ぇ?』
振り向いた弘人は
『…』
静かに笑った
【H28.2.22】