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いつか、きっと。  作者: なむ
19/20

傷。


屋上で


遠い青空を見上げる


弘人の横顔を見た。



『…』


「…なんだよ。またお前かよ。」


『別に追いかけてきたわけじゃないよ、偶然…。』


「よく会うな。」


小さく笑って


また空に視線を戻す


『さっき…教科書、ありがとね。』


「…」


『…』


「戻れよ。彼氏に怒られんぞ。」


『…達也と、別れたよ。』


「…あっそ。」


『…』


「振られてやんの。笑」


『…』


不意に溢れた涙は


なんの涙だろう。


悔しくて俯いた私に


黙ったまま歩み寄り


『…』


顎を持ち上げられる。


「なんで泣くの。」


弘人の


『…』


低くて落ち着いた声


『…達也を傷付けた。』


「…」


『…私…こんなに…』


ねぇ


『…最低だった…』


弘人…


「…お前は最低じゃねぇよ。だって」


『…』


「まだ泣けるじゃん。」


『…泣』


どうして


そんなに優しく笑うのに


どうして


そんなに苦しそうに目を細めるの…


「俺は…」


『…』


風が


「…」


二人の髪を揺らす


『…弘人?』


静かに視線を逸らして


また


遠くの空を


「…」


見つめていた


『…』


「自分が大切だと思ってた人間がさ…」


弘人の


「あの日死んでいなくなっても、なにも変わらなかったんだ。」


全て諦めたような、色のない瞳。


「毎日」


そんなにも


『…』


悲しい…


「毎日、早朝に新聞配達のバイクの音が聞こえて」


会いたいと


「ゴミ捨て場にゴミ袋が積み上げられて、規則的にバスと電車が走る。」


声が聞きたいと


『…』


何度も願った。


「同じ時間に駅で待ち合わせする高校生のカップル。夜には居酒屋にサラリーマンが集まって顔が赤黒くなるまで酒を飲む。迎えの車やタクシーが駅に集まる。毎日同じ時間同じ場所で犬の散歩をしてる人、同じ道を走る人。」


あなたの


優しくて強い瞳の中に


何度も


帰りたいと願った。


あなたの温もりに


もう一度触れたいと思った。


「…自分の大切なそいつが死んだことなんて誰も気付かずに…」


私の大好きだった


誰よりも優しかった人


「…当たり前に毎日が進んでく。」


弘人を追い詰めた絶望


「残酷だと思った。」


私にはわからない痛みを


一人で背負って生きてきた


『…』


母親が亡くなって


それを自分のせいだと責めた弘人


そばで支えてくれた彼女も


弘人の前からいなくなった


ねぇ


弘人がここまで傷つかなければいけない理由は


『…泣』


どこにもなかった…


「…俺はもう…」


『…』




「俺の母親はバカ女だよ。」


「…」


公園のベンチ


空には小さな星が見えた


コンビニで買ったコーヒーの缶を


握る手に力が入る


こんなこと


「男がいたんだ。それが原因で離婚して、結局最後はガキ残して死んだんだよ。」


今更、もう…


「あんな女」


パンッ!


「っ…」


「…弘人。」


頬がジワリと熱くなる


奈々の手のひらが少しだけ赤くなった


「…」


「自分の親のこと、バカだなんて言わないで。」


「…」


「私の父親もね、私が小さい時に死んだんだ。」


「…」


奈々が弱音を吐く姿を


俺は一度も見たことがなかった。


「うちの父親も浮気してたんだ。お葬式に、相手の女も来てた。私はまだ5歳だったんだけど、母親がその女のせいで悲しんでたのは何となく分かった。」


それが奈々の強さだと思ってた。


「その女に私、めちゃくちゃ怒って物投げつけて…。父親のことも嫌いになった。」


だけど本当はずっと


「でもね、父親が死んでしばらく経って、仏壇の前で母親が言ったんだ。“全部許してあげる。死んだ人間は、人の心の中でしか生きられないんだから”…って。」


ずっと


「弘人…忘れないで。弘人のお母さんがそこにいたこと。弘人のために生きたこと。弘人のお母さんはバカ女なんかじゃない。」


辛い過去を背負って生きてきた。


「…」




『…弘人?』


「…」


俯き目を閉じた俺の頬に


そっと触れた優の指先


その温もりを


俺はずっと…


『…』


だけど


もう


この優しさの中に戻ることは


目の前の小さな体をこの手で守ることは


二度と



「…ごめんな、優。」



許されないような気がして。



【H28.8.14】

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