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いつか、きっと。  作者: なむ
17/20

涙。


朝、家を出て


「おはよう」と笑った達也の笑顔と声を


思い出して、泣きそうになる


私は、自分の大切なものを


自分から手放した。




「おはよー」


「優遅かったじゃん」


『あ、うん』


「優、目赤くない?」


『そうかな?』


相変わらず


ロッカーに入れられた画鋲やゴミ


相変わらず、誰かの嫌がらせは続いていた


きっと私が気付かない内に


相手を傷付けて憎まれてしまった


達也がいながら弘人のことを忘れられなかった私のしてきたことの代償なのだと


チクチクと痛む胸の真ん中の痛みを必死に堪えて、思う。


『ねぇ』


「ん?」


いつもと変わらない教室


登校するクラスメイトたち


校舎に響く予鈴の音


「どしたの?」


いつも通り笑顔で私の隣にいてくれる七美たち


『達也と別れちゃった』


精一杯の作り笑顔で伝えると


七美と美羽は、よしよしと頭を撫でてくれる


『達也のこと、傷付けちゃった。』


「そっか。」


「辛かったね」


大好きで忘れられない人がいた


それでもいいと、私のそばを離れようとしなかった


その優しさに甘えて


いつからか私は、その優しさも好きになった


そんな、わがままで矛盾していて残酷な私の心ごと


あの人は「かわいい」と抱きしめてくれた


全力で私に「好きだ」と伝えてくれていた


それでも


「別れよう」と言ったのはやっぱり


あなただった


私がその言葉を


あなたに言わせてしまった。


ガラッ


「弘人おはよー♪」


「2週間も何してたのー?」


「心配したんだからーっ」


だるそうに上履きを地面に擦り付けて


私の隣を通り過ぎる


“一生…許さなくていいよ…”


『…』


一度も視線を合わせないまま


どかっと後ろの席に座った弘人


弘人のキスの感覚が


今でも残っている


『…』





ガタンガタンッガタンガタンッ…


「…」


「弘人、何してるの?家に入りなさい」


「あ、うん。」


親戚のおばさんに声をかけられて家に入る


玄関のところで振り向いて優しく笑う


「シチュー、早く食べないと冷めちゃうよ」


他人の子に向ける笑顔で笑う


「うん」


そんなおばさんに応えるように、俺も精一杯の作り笑顔で笑った


家の前から小さく見える、走り過ぎていく電車


電車を見るたびに思ってた


あの電車に乗れば


優のいたあの街に帰れる。


「今日、学校どうだった?最初におばさんの家に遊びに来た時はあんなに小さかったのに、もう中学生だもんねぇ」


「制服、小さくなったら言うんだぞ?中学の時は一番背が伸びる時期だからな」


「うん、ありがと。」


1ヶ月前に母親が亡くなってすぐに


この家に引き取られた。


年に一度会う程度の親戚だった俺を


家族同然のように受け入れてくれた


それがなぜだか、俺の傷口を広げないための気遣いのように感じで


腫れ物に触るように接しられているようで


息苦しかった


「弘人~弘人も飲みなよっ」


学校の仲間といる時だけ


そんな息苦しさから解放されたような気がした


じわりと汗が滲む首元に


もたれるようにして、寄り添った奈々


「お、弘人タバコ買ってきてくれたか?」


「あぁ、隆はこれでよかったよな。早希はこれだろ」


「サンキュー、金返すわ」


「あー、いいよ。今度なんか奢って」


「いいの?弘人優しい♪」


屋上のフェンスにもたれてなんとなく空を見ながら


「弘人って小遣い制なの?」


首元から伝わる奈々の声の振動


「いや、言えば貰える。」


「へぇ」


「いくらでも。金せびった時が一番嬉しそうな顔するんだよ、うちの人。変わってるだろ。」


「ふーん。」


今思えば、遠慮しないことがあの人たちにとって一番嬉しいことだった


家族に近付ける手段だった


子供だった俺は


そんなことにさえ気付けないまま。


「奈々はなんでタバコ吸わないの」


缶チューハイの蓋をカチカチと鳴らしながら


空に滲んで消えていくタバコの煙を眺める


「別に~。ただ合わないだけ、煙とかなんとなく。」


「そっか。」


「…七夕の日さぁ。」


「…」


母親が死んだ次の週


親父に報告するためにあの街に帰った。


「夜中、うちに来たじゃん?」


「…」


「あの日、なんかあった?」


「…」


あの日


父親の家から駅に向かう帰り道


少しだけ遠回りして


“約束の場所”に行った


そこにいたのは達也だった


少し遅れて来た


達也に駆け寄る、浴衣を着た


優。


「…優。」


「ごめんねっお待たせ!浴衣着るの時間かかっちゃって」


「俺も今来たところ。浴衣、似合ってるじゃん」


「ほんと?ありがとっ」


「…」


小5の夏


俺が言えなかった言葉


頬を少しだけ赤く染めた


あの頃は俺に向けてくれていた


優の照れたように笑った顔


全部


俺のものだった。


「なんかって?」


「んー。なんか様子変だったから。」


「別に。なにもないよ。」


「そっか」


横浜に帰ってきて


なんとなく、一人になりたくなくて


早くに父親を亡くして、夜は母親が働きに出ていた奈々の家に向かった


その日、奈々を抱いた。


母親が死んで


奈々はいつも俺のそばにいた


まるで空いてしまった穴を埋めようとするように


それが自分の役目だとでも言うように


頼んでもいないのに


毎日。


あの日


奈々を抱いた日


“私たち、付き合うの?”


そう聞いた奈々の言葉を


なんとなく


“それでいいんじゃない?”


なんとなく、受け入れた。


「弘人、キスして?」


暑苦しい


じめじめした屋上で


煙の香りを鼻に感じながら


唇を重ねる


両親が離婚しても


母親が死んでも


流れなかった涙が


どうして…


「…弘人?」


「…」


どうして、今…


「…あれ。笑」


「…」


「ごめん。なんで…」


一筋だけ頬に伝った涙を


奈々は静かに指先で拭って




「…弱虫。」




そう言って、小さく笑った。



【H28.7.4】

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