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いつか、きっと。  作者: なむ
12/20

傷を負うもの。


集合のアナウンスがかかり


入場の待機場所に集まる


そこに隣のクラスの沙也加がいた


「ねぇ、あれ」


『え?』


美羽の指差す先にいた


「あの子、前佐野に会いに校門に来てた子だよね」


弘人の姿


『…』


弘人の腕を抱きしめて笑う


弘人が言っていた後輩の女の子…


『…ほんとだ。』


弘人の周りに集まる


うちの生徒ではない数人の派手な男女


あんな風に笑う弘人を


私は知らない…


私の知らない弘人を


『…』


あの人たちは知っている。


「続いての競技は二人三脚です。一年、二年生女子の入場です」


「優頑張ろうねっ」


『うん』


美羽が足の紐を結ぶ


少し離れたところで友達とふざけ合っている達也が私に気付き手をあげる


小さく手を振ると、達也は“頑張れ”と口を動かした


『…笑』


「ほんといい彼氏だね、羨ましいっ」


『そんなことないよー』


「はいはいっ」


第一走者がゴールして


ピストルの音が響き


第二走者で走り出した私たち


コースを左に曲がった時


ドンッ!


「きゃっ!」


ドサッ


『っ』


湧き上がる、周りの悲鳴に似た声


笑い声や、心配する声


突然後ろからぶつかられて


美羽と私は地面に崩れた


「痛っ…」


『美羽、大丈夫?』


「足くじいたかも…」


『…』


私たちを追い抜いて行った沙也加のペア


『…ごめん。』


私達は足の紐をほどいた


「なんで優が謝るの?」


『うん…ごめん。』


コースから出た私の元に走ってくる達也


「優!」


『…また転んじゃった。笑』


「お前、怪我は?」


『私は平気なんだけど、美羽が足くじいたって。』


「俺が保健室連れてくわ」


『お願いしていいかな、私は競技が終わるまでここにいなきゃ。』


「一人で平気だよ、多田は優といて?」


「いや、着いてくよ」


『うん、美羽一人じゃ歩けないでしょ』


「ぁ…ごめん。」


少し腫れた足首をかばうようにして


達也に支えられて美羽は保健室に向かった


『…』


競技が終わり退場する


クラスの席に戻ろうとする沙也加の後ろ姿


『ねぇっ』


「…優!さっきはごめんね、大丈夫だった?」


振り向き


『…』


私の元に駆け寄ってくる沙也加


「怪我しなかった?」


『…美羽が。ペアの子が足首くじいて保健室に行った。』


「うん、見てた。達也に連れられて行くところ。」


『…沙也加、わざとぶつかった?』


「…」


『ねぇ…なんで?』


「インラン女。」


『っ…』


憎しみの視線は


「…あんたが廊下で佐野とキスしてるところ、あたし見ちゃったんだよね。」


まるで刃物のように


『…』


時に人の感情を切り裂く


「イケメンが転校してきたその日に手出すなんて尊敬するわ。」


『…私は…』


「浮気しといて平然と達也の彼女面しないでよ。」


『…』


「達也が可哀想だよ。」


『…』


「達也と別れて。」


言い返せなかったのは


自分の気持ちが


後ろめたかったから。



「午前の部を終了します。これより1時間のお昼休憩とします。」


グラウンドに響くアナウンス


「優、美羽のところ行こう」


『うん。』


七美と保健室に向かった


「優は足、ほんとに平気?」


『うん。』


「普通あんなぶつかり方する?」


『…』


“インラン女”


私のせいで美羽を巻き込んだ。


ガラッ


「美羽、大丈夫?」


「うん」


足首に貼られたシップ


「多田、ついててくれてありがとね」


「おう。」


『美羽、ほんとごめんね。』


「だからなんで優が謝るのー笑」


『…』


「優、多田とお昼食べてきなよ。私はここで美羽と食べるから」


『うん、わかった。』


達也と保健室を出て、私たちは教室に戻った


「おー美味そうっ」


私の作ったお弁当を見て少し大げさにそう言った達也


窓から吹き込む風で揺れる横髪を耳にかけて


お箸のケースを眺めながら会話を探す


『…』


「…ごめん、俺のせいだな。」


『え?』


達也の突然の言葉に驚いて顔を上げた


「今日、沙也加って子に告白された。黙ってて悪かった。」


『…うん。』


「そういうの、たぶん関係あるんだろ。」


『…達也は悪くないでしょ。関係ないよ。』


「…」


達也はそう言った私の頬を軽くつねった


「こういう時、無理に笑うなよ。」


『…痛い。』


「あの子が怪我したこと、自分の責任だと思うな。」


『…』


「無理にいい子でいようとすんな。」


『…』


私はいつも


達也の言葉に救われた


『…ありがと。』


私の髪をそっと撫でてくれる


その大きな手で


私はいつも達也に守られてきた


「優のそういうとこ、俺は好きだよ。」


そうやって


『…』


私の大好きな笑顔で笑う


ねぇ


私はそんなことを言ってもらえるような人間じゃない


いつだって


達也の隣にいながら


私は…


『…』


「早く食って戻ろうぜ」


『…うん。』


自動販売機で買ったペットボトルのお茶


『飲んでいいよ』


「さんきゅ」


それを勢いよく飲む達也


『あーっ半分も飲んだっ』


「いいだろ、ケチ」


『もーっ』


そんな些細なことが


楽しかった



「優っ」


『あっ七美、美羽』


「一緒に降りよっ」


『うん。美羽、足平気?』


「うん、シップ貼ってるし大丈夫」


「じゃあ俺クラスの奴らのとこ行くわ」


『あ、うん』


「多田、ありがとね」


「おう」


グラウンドに戻って少しして始まった騎馬戦


「えー見て、佐野も出てるっ」


クラスの男子の土台に乗った弘人が相手のクラスの騎馬を崩していく


昔から運動神経はいい方だった弘人だけど…


「すごーい!弘人がんばれー!」


『…』


「ほんとかっこいい!やばいー!」


「なんで佐野が出てんだろっ」


『うん。』


「なんか一人怪我して弘人が変わったんだって♪」


「やっぱすごいよね弘人♪」


周りの女子達の黄色い声援


男子の驚いた声


あっという間に相手チームの騎馬を崩して


終了の合図のピストル音が響いた


なんだか


はしゃいでいるように見えるその姿が


空元気のようなその姿が…


『…』


悲しかった。


「佐野かっこよかったねーっ」


「うん♪」


「頭いいし運動神経いいしあの顔だもんね、そりゃモテるよね笑」


『…』


弘人の周りに集まるクラスの女子達


一人の女子がタオルを渡すと


その子の髪をくしゃっと撫でてタオルを受け取った


弘人はそうやって笑うのに


心はどこにも無いようで…


『…』


次のリレーでアンカーだった達也と弘人


怠いからと、いつもまともに練習に出ていなかったのに


ギリギリのところで、やっぱり弘人が一位になった。


「次、三年の女子のダンスで終わりだねっ」


『うん』


「なんかあっという間だったね」


「ほんとだね」


『私トイレ行ってくるね』


「はーい」


陽の落ちかけた夕方の空


風に吹かれた木の葉がサワサワと音を立てる


水道の蛇口からポタポタと落ちる水滴


校舎に入り、トイレに向かう途中


少し離れた先に弘人の姿を見つけた


弘人の手を引く後輩の女の子


女の子の首に掛けられた弘人の鉢巻


立ち止まり、振り向いて


弘人の首元に手を伸ばし


背伸びをする


『…』


そのキスを


拒むこともせず受け入れる弘人


『…っ。』


その姿を見ないように背を向けた


心に刺さる小さな棘が


チクチクと


痛い。


《俺は好きじゃなくてもキスできるし、付き合ってない子とも寝るよ。》


『…』


…苦しい。



「あ、優っ遅かったね」


『…どうしたの?』


グラウンドに戻ると


なんとなく騒ついた周りの生徒達


『なに?』


「なんか佐野の友達、たばこ持ってたって」


「屋上いくの見た子がいるんだって。」


「外部からたくさん来るから先生が校内見回りしてるって言ってたよね」


「やばくない?」


『…』


《もうしないから…許してよ。》


『…』


わかってる…


私には


《優ってたまに佐野のこと見てるよね》


《勘違いされても知らねぇぞ》


何も…


《インラン女。》


“ずっとずっと”


『…』


“優のこと、大好きだよ”


『…っ』


「優っ?」


背中から七美に呼び止められる


「どこ行くの?」


『止めてくる。』


「ちょっと、なんで優が止めるの?」


「そうだよ、佐野のために優がそこまですることないでしょ?」


『でもっ…』


「他の男に構ってるの、多田はいい気しないよっ」


「優っ」


『でもっ…私の幼馴染なのっ』


「優!?」


七美たちの声を背中で聞きながら


校舎に入り階段を駆け上がる



『…っ』


ガチャッ!


屋上で


『っ…』


煙草の煙を吐き出した弘人


『弘人っ!』


「…」


「えー誰?」


「なになに、結構かわいいじゃん。弘人の女?」


『っ…』


弘人の手から取り上げて地面に落とした煙草


『嘘つき…』


「えー弘人、何この子。彼女なの?」


「なぁ、名前なんて言うの?」


「俺らと遊ぼうぜ」


「こいつには手出すな。」


『…』


「へぇ、珍しいな。」


「弘人らしくないよ、どうしたの?笑」


「…あぁー、その子。」


『…』


弘人の後輩の女の子が


私を見て小さく笑った


グッ


『っ』


突然腕を引かれて


『っ…弘人…痛いっ』


屋上から連れ出される


「…」


『っ…』


掴まれていた腕が赤い


『…』


「あぁいうことすんな。」


『だって…弘人、煙草はもう吸わないって。』


「…るせぇよ。」


まるでこの世の全てを憎んだあなたの瞳が


助けてほしいと言っているようで


『…』


泣きそうになった


「うぜぇから。」


『…うざいってなに…』


「…」


『弘人が心配なんだよっ先生にばれたら退学だよ?』


「お前には関係ねぇだろ。」


『関係なくないっ』


強くなる


「放っとけよ。怒るぞ。」


弘人の口調


『私が怒ってるんだよっ!』


グッ!


『っ…』


突然体を壁に押し付けられて


強く唇が重なった


振りほどこうとしても


『っ』


敵わない…


口の中に広がる煙草の味


息が


『ん…っ』


できない…


『っ…』


ズッ…


「…」


崩れるように座り込んだ私を


『…』


抱きしめようとして止めた手…


「…」


どうしてそんなに


『…泣』


苦しそうに俯くの…


『…なんで…こんな風になっちゃったの…泣』


弘人の手が


微かに震えていた


ねぇ


あなたは


『…お願いだから…』


なにに怯えているの…


「…」


『…戻ってよ…泣』


「…」


『っ弘人…泣』



「俺、元カノを殺したんだ。」



冷たい静かな廊下に


『…』


弘人のかすれた低い声が


「…」


小さく響く…


『…なに…言ってるの…?』


「…」


『…ねぇっ』


「…もう、俺に関んな。」


『っ…』


立ち上がり


『っ弘人…』


階段を下りていく


『待ってよ!』


弘人の背中を


『っ…』


追いかけることなんてできない…


小さく震える体を抱きしめて強く目を瞑る


わからない


もう


あなたのこと…



「優。」


『…』


「…」


静かに私の前にしゃがんだ達也


「七美ちゃんたちに聞いた。」


私の手にそっと触れて


「…下で、弘人に会ったよ。」


小さく呟いた


『…ごめん。』


「…」


『…私…』


「…」


グッ…


『…っ…』


強く重なった唇


触れるだけの


達也のキス。


『…』


弘人のこと


放っておけない…。


その言葉を遮るようにあなたは


私を強く抱きしめた。


「…優は俺の彼女だよ。」


ねぇ、達也。


私はもう


許してほしいなんて言えないよ。


『…』


遠くの方で



生徒たちの歓声が聞こえていた。




【H28.3.15】


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