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いつか、きっと。  作者: なむ
10/20

届かない言葉。


「明後日は体育祭だから体調管理しっかりするように。じゃあすぐ移動教室に移動するように」


朝のホームルームが終わり


騒がしくなる教室


机に顔を伏せて寝ている弘人にクラスの男子が声をかける


「わり。俺だりぃからさぼるわ。」


「おう」


「体育祭の練習はちゃんと出ろよー」


「了解」


「いいなー私も弘人とさぼりたいっ」


「私もーっ」


「お前らはちゃんと出ろっつの。笑」


そう言って弘人は教室を出て行った


『…』


「優、私らもそろそろ行こっか」


『あ、うん』


移動教室の階に上がる階段の窓


「嘘、めっちゃ雨降ってきたよっ」


「やだ傘持ってきてないーっ」


急に降り出した強い雨


『…』


さっきまで明るかった空を


灰色の雲が隠した


「体育祭の練習できないんじゃない?」


「てか明後日も雨だったりして」


「すぐ止むといいけど…」


空がゴロゴロと鳴っていた


空がピカリと光る


「きゃっ」


ガシャンと大きな音が


『っ』


校内に響いた


「やだ雷ーっ?」


「雨どんどんきつくなってない?」


『っ…』


「優?」


『ぁ…』


「顔色悪いよ、大丈夫?」


『うん、平気。早く行こっ』


あの日も


『…』


雨だった。


「弘くん、もう行っちゃったんだね。お見送りできなくて残念ね…ほんと急に引っ越して行っちゃって。」


『…』


「お母さんもね、弘くんのお母さんから昨日の夜聞いたのよ」


『…公園行ってくる。』


「達ちゃんと約束してるの?」


『うん。』


「そう、気をつけてね」


《俺、明日引っ越すんだ。》


朝はやく


弘人はこの街を出て行った


『…』


昨日の夜、私はずっと泣いていた


そのまま眠ってしまい


気付けば朝になっていた


手首に結んだおそろいのミサンガを見て


また涙が出た


朝、目が覚めた時


もしかしたらあれは夢だったんじゃないかと思った


夢ならいいのにと思った


目が覚めて


昨日の弘人の言葉を思い出して


心が空っぽになった


鏡を見ると赤く腫れた目


しばらく布団の上で目を閉じて


壁にかかった時計の秒針の音を聞いていた


気が緩むとまた涙が出てしまうから


普段、家では開きもしない国語の教科書をペラペラとめくる


まだ習っていないページの問題の答えを考えてみる


答えなんてわかるわけないのに


それでも何度も何度も問題文を目でなぞる


教科書の間に挟まった消しゴムのカス


ところどころ、変な折り目の入ってしまっているページ


そんなどうでもいいことを


どうでもいいのに気にしてみる


今日は日曜日だから毎週楽しみにしているアニメがある


それまで何をしよう


今日は誰とも遊ぶ約束をしていないからどうして時間を潰そう


今日のお昼ご飯は何かな


お父さんは出張で今日の夜帰ってくるんだった


そんなどうでもいいことを考える


どうでもいいことで頭の中をいっぱいにする


そしたら少しだけ


気が紛れたような気がした


だけど涙は


気まぐれに溢れ出して止まらなくなるんだ


家にいたくなくて公園に来た


ベンチに座って空を見ると


さっきまで明るかった空が


少しだけ雲に隠れていた


『…あーぁ。』


意味のない言葉をぽつりと呟いてみたり


足をふらふらと揺らして地面の砂を擦ってみたり


この前少しだけ欠けてしまった爪先を何となく眺める


弘人がいなくなって気付いた


私の時間はこんなに退屈だったかな。


私の中で溢れるほどこんなに大きくなっていた弘人の存在


私、こんなに弘人が好きだったんだ。


もう、会えないんだ。


そんなことをぽつりと心の中で呟いたら


また涙が溢れて止まらなくなった


声を押し殺してもかすかに漏れてしまうその音を聞いて


余計になんだか悲しくなる


涙でくしゃくしゃの顔を誰かに見られてしまわないように


ベンチに座ったまま下を見た


スカートの上に落ちた涙が染みを残す


『っ…』


しばらくして


髪に落ちた雫


見上げると


ぽつりぽつりと、雨が降ってきた


私と同じ


空が泣いているんだと思った。


『…』


頬を濡らす雨


それが少しずつ数を増して


『…泣』


私の涙を隠してくれているような気がした


しばらくして空がピカリと光る


『っ』


雷がすぐ近くに落ちた音


『っ泣』


雷が怖いと言う私の隣で


大丈夫だよと、いつも手を繋いでくれていた弘人


それでも怖くて泣いてしまう私の耳を


弘人が両手で塞いでくれる


雷が鳴るたびに少しビクッとする弘人


怖くないよって私に言いながら


だけど少しだけ雷が怖かった弘人


それがなんだかおかしくて笑ってしまった私を見て


弘人が嬉しそうに笑う


弘人はそういう男の子だった


自分のことは後回しで


いつも周りのことを優先する男の子だった


誰よりも優しくて心が穏やかで


そんな弘人が


私は大好きだった


大好きだった。


『…っ…』


雷が鳴る


雨に濡れた体が冷たい


心が空っぽだ…


『…っ』


急に遮られた雨


『…』


見上げると


「…優?」


達也がいた


『…』


「何してんだよ、こんなとこで。」


『…』


達也が差し出してくれた傘


達也の背中が少しだけ濡れていた


「こんな大雨の中、何やってんだよバカ。」


『…うるさい。』


「ほら、帰るぞ。」


掴まれた腕を振り払ってしまう


「…優。」


『…放っといて…』


「…」


私の隣


びしょ濡れのベンチに座った達也が


何も言わずに


私の手を握りしめてくれる


まるで弘人と同じように…


『…弘人は?』


「…引っ越した。」


『…なんで…』


「…仕方ねぇだろ。」


『…なんで…泣』


「優。」


『っ…』


「寂しかったら俺を呼べよ。」


『ぇ…』


「気が済むまでここにいてやるから。」


『…』


「弘人がしてくれたこと全部してやるから。」


『…なんで達也がしてくれるの?』


「なんでって…してやるって言ってんだよ。」


『…』


「俺が弘人の代わりになるから。」


『…』


あの時


弘人の代わりなんていらない


そう思った


だけど


達也が来たその時から


私は雷の音が気にならなくなったんだ


心にかかったモヤモヤしたものが


ほんの少しだけ薄まった気がした


冷たくなった体が


少しだけ


温かくなった気がしたの


「帰ろうぜ。」


『…もうちょっとここにいる。』


お母さんにこんな姿を見られるのが嫌で


泣いている顔を見られるのが嫌で


「わがまま言うなって。」


『ここにいる…達也先行っていいよ。』


「…じゃあ俺の家来いよ。母さんいるから服乾かしてもらえよ。」


『…うん。』


なんとなく私の気持ちを察してくれる


繋がったままの手を引く達也


『…』


意地を張って


言えずに飲み込んだ「ありがとう」の言葉が伝えられたのは


それからしばらく経ってからだった


達也はあの日からずっと


《気が済むまでここにいてやるから。》


その約束を守ってくれていた


言葉は少しだけ乱暴でも


いつも優しくしてくれた


達也がいたから


私は少しずつ


上を向いていけるようになった




『…』


「優、大丈夫?やっぱ顔色悪いよ」


『んー…』


「保健室行ってくる?先生まだ来てないし、言っといてあげるよ」


『うん、ごめん。』


雷は苦手だ。


あの日に引き戻されるようで


心が落ちる。


教室を出て


廊下を歩く


湿気でジメジメした薄暗い廊下


必要以上にキュッキュッと響く上靴の音


あの頃


弘人がいなくなってから


私はそんなに悲しいばかりじゃなかった


達也がいつも隣にいてくれたから


それでもなんとなく


消えずに残る心のモヤモヤ。


もう大丈夫なんだと思っていても


雷の音を聞くと


なんだか憂鬱で


なんとなくあの頃に引き戻されてしまうような気がして怖くなる


『…』


「優。」


廊下に響いた低い声


『…』


振り向くと、弘人がいた。


『どこ行ってたの?』


「非常階段。ねみぃから保健室行こうと思って。」


『そっか。』


「お前は何してんの?」


『ぁ…体調悪いから、私も保健室行こうと思って。』


「そうか。」


私の隣を通り過ぎて


「行こうぜ。」


先に階段を下りていく弘人


『…』


止まずに廊下の窓を叩く雨の音


薄暗い校舎


二人の上靴の音


ガラッ。


「誰もいねぇじゃん。」


『…うん。』


薄暗い保健室


消毒液のにおいが鼻に触れた


「小学生の時、保健室でお前とさぼったことあったっけ。」


『うん。懐かしいね。』


少しだけ開いた窓から吹き込む風がカーテンを小さく揺らす


『…』


雨が入り込まないように


カーテンの隙間から窓を閉めた


『っ…』


少し遠くで聞こえた雷の音


『…』


小さく息を吸う


振り向いて


弘人と絡まった視線が


ほどけない…


「雷、まだ怖いか?」


『…うん。』


ゴロゴロと


空が鳴る


目を細めて


やり過ごそうとする私を


どうして


そんなに愛しそうに見つめるの…


そっと距離が縮まり


弘人は両手で


私の耳を塞いだ…


『…っ…』


困ったように小さく笑った弘人


涙が溢れた…


「…」


切ない瞳


小さく動いた弘人の唇


私の耳に届かずに消えた言葉…


『…』


しばらく見つめられた後


少しだけ視線を下に逸らし


そっと、その手を離した。


『…なんて言ったの…?』


「内緒。」


『なんで…教えてよ。』


「言わねぇよ。」


そうやって小さく笑う


『弘人っ』


弘人の腕を掴んだ時


~♪~~♪


携帯が鳴った。


『…』


「…」


『電話?出なよ…。』


ポケットから携帯を取り出し


終話ボタンを押す


『…友達からでしょ…』


「…」


遠くの方で


雷の音が聞こえる


《友達なんていないよ》


『…なんで…あんなこと言ったの…』


「…」


弱まらずに窓を叩く雨


『…弘人…』


静かな保健室に


「大切なものは」


響く…


『…』


「持ってない方が楽でいいよ。」


『…』


そういって笑った弘人が


泣いているように見えた


「やっぱ俺、帰るわ。」


『…』


保健室を出て行った弘人


小さく吐き出した息が


静かな保健室に広がった


《大切なものは》


ねぇ


《持ってない方が楽でいいよ。》


弘人に


そう言わせたのは誰…


色をなくしたような瞳で


まるで全てを諦めたように…


『…』


ねぇ


あなたは




何を抱えて生きてるの…




【2016.3.9】

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