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絶塞  作者: 西東行
第1章
3/18

「清照。ご苦労でした」

 戻ると、月季は胡牀に座して休息を取っていた。

「崖の上から見た周囲の状況は、どうでしたか」

 清照が下馬して礼を取るのも待たず、問うた。

「怪しい者の姿は見えませんでしたが、気配はありました。やはり、ここにとどまるのはよくありません」

 月季はうなずくと、さっと立ちあがった。

「出発です!」

 朗とした声で命じる。

 月季の脇から、侍女のひとりがそっと耳打ちした。

「公主。茶を立てる準備をしている者がいます」

「なんですって」

 清照は肩をすくめる。

「ここにおいていけばよろしいでしょう。煙をあげてくれれば、盗賊への目印になって、よい囮になってくれます」

「今の清照の言葉を、そのまま伝えてやりなさい!」

 急にあたりが騒がしくなる。もっとも騒がしいわりには、動きが遅い。

 月季と侍女は、早々と馬にのって、行列の準備ができるのを待った。清照は月季の隣にいた。

「清照。崖の上から絶塞は見えましたか?」

 手持ちぶさたなのか、月季が尋ねてきた。

「いいえ。しかし、明日には見えるはずです」

「明日……」

 清照は行列を見たまま答えていたが、月季の声音にある感情を聞きとって、主のほうへむきなおった。

「天香国では絶塞などといかにも侘しい辺塞のように言いたてられていますが、大陸の東西を結ぶ交通の要衝。野蛮どころか、最新の事物や文化が入ってくる城市だそうです。トルクエタムではオールトと呼ばれ、王族が太守をつとめるほど重要な城のひとつだそうですよ。月季公主にふさわしい、立派な城市でございましょう」

 力づけるように言ったのだが、月季は緊張した顔つきのままだった。一呼吸おいてから、口を開く。

「……ヘリオスフィア王子は、どのようなお方でしょう」

 まだ見ぬ、夫となる男の名をつぶやいた。その声に甘い響きはない。

 清照はくすりと笑う。

「眉目秀麗な殿方だとよろしいですね」

 とたんに月季は真っ赤になった。

「なにを言うのです、清照! わたくしは夫君となる方を外見で判断しようと思いませんよ。天香国天子の娘として、ヘリオスフィア王子と誠心誠意力をあわせ、両国の平和のため尽くす所存です。ここまで来た以上、わたくしも覚悟を決めておりますから」

「まことにご立派なお心がけ。ですが、見目がいいに越したことはないでしょう」

「そ、それは——いえ、清照!」

 月季は馬から落ちそうなほど身をのりだしたが、清照はなに食わぬ顔でつづける。

「まあ、トルクエタムとは美形の基準が違うので、使者殿が絶賛されていたような星の光が宿る瞳だの、風になびく長い髪だのという描写は当てになりません。ですがヘリオスフィア王子が絶塞の太守になられてから、天香国に奪われる前よりも城市は大きくなり、商いも盛んになったのは事実。これは立派な業績かと」

「もちろんです。わたくしも、大切なのはそこだと心得ていますよ」

 むきになって幾度もうなずいたが、またすぐかたい表情に戻った。

「ただ、わたくしは、ヘリオスフィア王子は妖術の心得がおありだとの噂を聞いたので、その真偽のほどが少しばかり気になって」

 ふだんの月季は、瑣末なことを気にする性格ではない。こだわるのは、やはり不安だからだろう。

 清照はあえて軽く肩をすくめた。

「妖術というのは、ヘリオスフィア王子が、トルクエタムで信奉されている渾天教の神官として修行されたというお話のことですか? 公主、トルクエタムは異国なのですよ。天香国内でさえ、土地が違えば神も祭も違うもの。他家に嫁げば、その家の祖霊と土地神に礼を尽くさねばなりません。トルクエタムの民も彼らの神に祈り、その加護を受けているだけのことではありませんか。それは妖術とは申せません」

「で、ですが天香国の場合は、土地神を代々祀って、土地神と祖霊が一体になって、子孫に繁栄をもたらします。しかしトルクエタムの渾天教では、土地神や祖霊を尊ぶことなく、ただ一柱、天の神だけを信奉しているとのことでしょう? 天の神は、大地や血のゆかりもなしに、どうしてトルクエタムの民全員に等しく加護を与えることなどできるでしょうか。そんなことは無理だという者もいて……いえ、そんな悪意のある噂を信じているわけではありませんが」

 月季は悪い考えをふりはらうように、頭をふった。

「それでも、いくら渾天教の天帝がすぐれた神でいらしても、一柱の神だけで一国のなにもかもを采配なさるのは難しいのではないでしょうか。天香国の天帝も、地上の人間を治めるために皇族を遣わされました。ほかにも東西南北の方位や季節、山野、川などいろいろなものがあるし、邪霊も退けねばなりません。国を治めるにはさまざまな力が必要でしょうに。ですから、渾天教の天帝はきっと手が足らなくて、トルクエタムには魑魅魍魎がはびこっているはずだとか——」

「いかにも頭のかたい官吏が言いそうなことです。それで公主は、その言葉を信じていらっしゃるのですか。少なくとも理ありと、動揺して迷っておいでのご様子ですが」

 月季は頬を赤らめ、うつむいた。

 その顔をのぞきこむようにして、清照は言う。

「公主は正直でいらっしゃる。それは勇気のいることです」

 月季は顔をあげ、はかるように清照の表情を見た。清照はつづける。

「神霊のごとく人知のおよばぬ大きな力について、人間が安易に善悪を断じるのはあやういことでしょう。疑い、迷うことも必要かもしれません。思えば私こそ楽観的すぎたかと反省しております。やはりなにごとも、自分の目で見なければ、判断できません」

「まあ、清照」

 月季は童女のように目をみはった。

「絶塞も渾天教も、そしてヘリオスフィア王子のことも、公主自身がご覧にならなければ、本当に大事なところはおわかりにはならないでしょう。ですからそれまでは、あまりご案じあそばされますな。まあ、残念な事実が明らかになる可能性もありますが、それはそのときのこと。たとえそうなっても、この杜清照が公主のおそばについております」

 そう言って月季を見た。

「公主なら大丈夫です。断言いたします」

「清照——」

 そのとき突然、馬がぴくりと耳をたてた。

 清照と月季がふりかえるのと同時に、後方から悲鳴があがる。

 見れば、行列のなかほどの、両側の崖が特にさしせまったところで、騒ぎが起きていた。頭に布をまいて覆面をした騎馬の男たちが、崖の上から次々とかけおりてきているのだ。

「——襲撃だ!」

 聞こえたときには、清照は既に抜剣していた。月季を守る盾になろうと、すばやく馬の首をめぐらせる。

 だが守るべき人である月季は、なんと馬の腹を蹴るや、清照の脇をすり抜けていくではないか。

 しかもかけぬけざま、清照へ叫んでいった。

「行きますよ、清照!」

(行くって、どこにだ!)

 もちろん月季は、襲われている官吏や宦官たちを助けにかけつけるつもりなのだ。

(こんなことで、そばについていてやると言った覚えはないぞ)

 あらゆる意味で公主としてあるまじき行為だが、しかしそれをするのが月季である。

 今しがたの自分の言葉も、月季を調子づかせてしまったのかもしれない。もう少し、しおらしくさせておくべきだったか。清照は大きく舌打ちすると、月季を追った。

 行列の中央付近は、既に乱戦になっていた。

 賊がふるう反りかえった刀は、西方の騎馬民族に多いものだ。男たちの服装はばらばらで、鎧を着ている者はほとんどない。一見、山賊らしく見える。

 しかし清照は、彼らの動きが統率の取れたものであることを見抜いた。弓と剣、また援護と牽制の連携にまったく無駄がない。天香国の兵は数では賊に勝っていたが、まるで相手になっていなかった。

 しかも賊は、馬の扱いに長けていた。まるで自分の体の一部のように馬を操り、天香国の兵を翻弄している。なるほどこれが騎馬の民かと、敵ながら感心するほどだ。

 賊の狙いはただ一点、行列の中ほどにある馬車だった。ほかの馬車とくらべてひときわ大きく豪奢な車両が、集中して攻撃をうけている。

 あの馬車には、婚礼の使節団の最長老、大衍が乗っているはずだ。当然ながら武装はしていない。

「弱き者を狙うとは、なんという卑劣な!」

 月季が悔しがる。清照は、弱点を狙うのは当然ではないかと思ったが口にせず、かわりに指摘した。

「もしや奴らは、馬車に公主が乗っていると思って狙っているのではないでしょうか。普通なら花嫁は騎馬などせず、輿か馬車に乗っているものですから」

 聞くなり、月季は蒼白になる。

 と見た次の瞬間には、月季は槍をかまえて賊に突進していた。

 そして馬車に襲いかかろうとしていた賊を槍の柄で殴りたおし、声をはりあげる。

「卑劣な賊ども! 天香国公主の月季はここです! あなたたちの狙いはわたくしでしょう! すぐに馬車からはなれなさい!」

 清照は額に手をあてた。

(阿呆め)

 狙われている当の本人が、賊のただなかに飛びこんでいくとはどういうことだ。自分の立場がわかっていないにもほどがある。清照や兵たちのことも考えてほしい。

 だがそんなことを願っても時間の無駄だ。清照はため息をつくと、ちょうどそばにいた天香の兵からおもむろに槍を奪い、自分も槍をかざして月季を追った。

 そして月季に追いつくと、彼女と賊のあいだにするりと馬をすすめいれる。

 若い女がふたり自ら賊の前にあらわれたのを見て、賊は目をむき、動きをとめた。

 それから一瞬の間をおき、いっせいに笑いだした。面白がって囃す者さえいる。こちらを侮っているのは明らかだ。

 賊は笑いながら、清照たちをかこむ輪をせばめてくる。清照は無造作に、槍を賊にむけた。刃の先にいるのは、黒い布を頭にまいた男だ。布はずいぶんと細長いようで、あまらせた端の部分で覆面をしているらしい。きっちりとまきつけて目のまわりしか露出しておらず、顔はまったくわからなかった。体つきも、厚い外套のせいではっきりしない。

「公主。こいつらを殺さないようお願いします。特にうしろにいる、あのえらそうな男は首領らしいので、とどめを刺さないでください。襲撃の目的を吐かせますから」

「心得ておりますよ、清照」

 月季もすっと槍をかまえた。

 しきりに動く馬の鞍の上にいながら、清照と月季のかまえには、いささかのぶれもない。視線もまたぴたりと、賊を見据えていた。

 だが賊たちは、ふたりのべつのところばかり見て、そのことに気づかない。不用意に近づいてくる。

 先に気づいて足をとめたのは、賊の馬のほうだった。次々に立ちどまり、足踏みをする。そこにいたってようやく、賊も少女ふたりがまったく怖れておらず、隙もないことに気づいた。

 入れかわるように、清照と月季が馬をすすめ、間を詰める。

「どうしました」

 月季が静かに問う。

「来ないのなら、こちらから参りますよ」

 次の瞬間、清照が槍をまっすぐに突きだした。突かれた賊は咄嗟に体を反らせてしのいだが、清照は間をおかず槍を握りなおし、柄で男の脇を強打する。男はたまらず馬から落ちた。

 それを合図のようにして、清照と月季、賊たちが入り乱れての剣戟がはじまった。

 清照は槍先をはじくように、あるいは跳ねるようにして、敵と打ちあう。かと思えば槍を後ろ手にまわして、背後の敵を襲う。

 刃先は軽く触れているだけに見えるのに、賊の斬りこみはすべていなされ、勢いをそがれてしまう。そして賊がほんのわずかでも隙を見せたが最後、清照の槍は敵の刃の先をかいくぐり、相手の目の前で伸びて急所を突いた。

 燕が自在に飛びまわるかのように俊敏で軽快、しかも変化に富んだ動きは、敵にとってはいやらしいまでに正確な攻めでもあったろう。賊は次々と落馬し、敵味方の蹄を避けて逃げまどう羽目になった。

 清照が鋭く攻めるとすれば、月季はやわらかく優雅な動きで相手をしとめていった。

 月季の槍は幾分ほそく、槍杆の細工も凝っているものの、まぎれもなく実戦用の武器だ。それを左右に円を描くように旋回させ、相手の攻撃をかわしながら斬りつける。紅紫の袍をひるがえし敵を倒していく月季の姿は、さながら蝶のごとく華麗だった。

 月季が武術を好むのは酔狂かも知れなかったが、しかしその才能は本物だった。武術の師匠は禁軍の将軍で、天子や官吏たちには軽視されていたが、その不遇をかこつかわりに、変わり者の公主のたぐいまれな才を見抜いて、よく指導した。そもそも将軍の口添えがなければ、いくら公主といえども、月季もここまで自分の好きに武術をすることはできなかったはずだ。

 将軍はまた、陋巷育ちの清照のことも、才能を認めて月季と分けへだてなく稽古をつけてくれた。その甲斐あって、清照と月季は強くなった。禁軍の兵士でも、ふたりに勝てる者はそういない。けっして超人的に強いわけではなかったが、あなどって勝てる相手では絶対になかった。

 賊が束になり本気でかかれば、彼女たちを負かすこともできたはずだが、そうと気づくのが遅すぎた。それどころか、清照と月季がたくみに連携を取って互いを援護するために、隙さえ突けずにいる。

 おまけに、清照以外の侍女や、ようやくまともに動きだした天香国の兵が賊を阻み、ふたりの後ろ盾となった。清照と月季が次々と賊の隙を突いて馬から落としていく一方で、賊は彼女たちに近づくことすらできない。

 というものの、賊もさすがに手強かった。特に背後にいる首領やその側近は馬も剣も巧みだ。清照や月季が奮闘しているにもかかわらず、なかなか決定的な展開につながらない。

(まずいな。こちらの馬は、慣れない荒野の旅で疲れている)

 戦闘が長引き、集中力が切れれば、こちらが不利だ。そう思ったときのことだった。

 突然、矢音がうなったかと思うと、清照のすぐうしろにいた賊が落馬した。

 背中には、翠色の羽の矢が突き立っている。

「翠色の矢羽! オールトの兵だ!」

 賊のひとりが、宣言するように声をあげた。

(オールト——絶塞か)

 清照たちも賊も、全員が矢が射られたほうを見あげる。

「あれは!?」

 少しはなれた岩山の上に、騎馬の一隊が弓をかまえ、こちらを見おろしていた。

 身につけている鎧は、華美をいっさい排した軽そうなものだ。腰には賊と同じ、西方風の半月刀を吊している。全員が、矢羽と同じ翡翠色の布を頭にまいており、長い布がひるがえるさまは、旗がなびいているようだった。

 力をはらんだ馬たちの筋肉の動きが、崖下にいても感じられるようだ。天香国では目にしたことのない、堂々たる騎馬の隊だった。

 騎馬の隊の中央に、ひとりだけ鎧をつけず、淡い銀藍色の衣装を着ている者がいた。逆光のために顔は見えないが、体つきからするとまだ若い男だろう。手にしている弓は、たった今賊を倒したものだろうか。

(この距離と風のなかで矢をあてたのか?)

 だとすれば、神業だとしか思えなかった。

 そのとき若者が弓を式杖のようにかかげ、さっとふり下ろした。それを合図にして、騎馬の隊が砂煙を上げて崖をかけおりだす。

「——引け! 全力で引け!!」

 賊が叫んでいる。恐慌に近い、切羽詰まった声だ。彼らにとって、崖上の騎馬兵はそうとうな脅威なのだろう。賊は次々に馬を返して、一目散に逃げていこうとする。

 だが、そのまま逃げていくのかと見ていたが、違った。首領は弓をつがえるや、地に倒れた仲間を次々に射はじめたのだ。

 月季が悲鳴をあげる。

(口封じか!)

 蛮行を阻もうと、清照は首領に突進し、槍を突きだした。

 男は紙一重で清照の槍をかわす。武術の腕前と言うより、馬の差だろう。清照の馬は既に疲れている上に、慣れない足場に戸惑っていた。頭をめぐらせるのに手間取ってしまい、その隙に首領は清照の横をかけぬけていく。ついでにまだ地に倒れ伏して逃げていない仲間を、蹄にかけていった。

「お待ちなさい!」

 月季が叫んだが、賊がとまるはずもない。賊は首領に率いられ、砂煙だけを残して、たちまち遠くまで逃げていった。

 清照はため息をつくと、岩山からあらわれた騎馬隊を見やる。

 トルクエタムから派遣され、月季の行列とともに行動していた使者が、あらわれた兵士たちと馬上で言葉を交わしていた。やはり彼らは絶塞の兵らしい。そこへ最初に弓を射た若者が、ゆっくりと岩山からおりてきた。

 若者が着る銀藍色の衣装は、天香国の長衣に似ていたが、丈はやや短く、袖もほそくて、ずっと動きやすそうに見えた。沓も膝までの革靴だ。天香国のような絹の帯ではなく、がっしりした革帯をしめて、湾曲した短刀をたばさんでいる。

 強い日差しを避けるためか、布を目深にかぶっていて、顔はよく見えない。

 若者が崖からおりると、先におりていた兵が彼のために道をあけた。

「——天香国の月季公主のご一行とお見受けする」

 若者は天香国の言葉で呼ばわった。距離はまだ少しあるのに、よく響く。清照は玻璃を連想した。透明だが硬質な印象の声だ。

 清照はすかさず、騎馬のまま月季の前にでた。

「いかにもこちらは天香国第五公主、月季様であらせられる。そちらは? まずは名乗られるがよい」

 若者は一瞬、手綱を引いて馬をとめかけ、それからあらためて近づいてきた。

 衣装の模様がはっきり見えるほど近づいたところで、若者はおもむろに、頭にかぶっていた布をさっと後ろへずらした。

 途端、若者の髪が大きく風になびいて、月季をはじめとする行列の一行、そして清照までもが、息をのんだ。

 若者の、腰のあたりまではあろうかと思われる長い髪は、淡い榛色をしていたのだ。

 顔立ちは彫りが深く、肌は白い。トルクエタムと交流のある西方の国々では紅毛碧眼の人々が暮らしているというが、彼にもその血が流れているのは明らかだった。あるいは西方人そのものかも知れない。

 額飾りには、霜が凝ったような白玉をはめこんでいる。

 髪の色以上に注意を引いたのは、若者の瞳だった。鋼のような鈍い青灰色という、天香国にはない色合いをしていたのだ。やや険のある眼光の鋭さのせいもあって、その瞳はまるで抜き身の剣のような印象を与えた。

 月季やほかの者たちも若者の容姿に目を丸くし、後方にいる宦官たちも、さかんになにごとか言い交わしている。だが若者は、一行のぶしつけな好奇の視線にもまったく動じていなかった。堂々というよりも、尊大な態度といったほうがふさわしいかもしれない。なまじ秀麗な顔だちをしているだけに、その印象はさらに強まるようだった。

 若者は馬をとめると、清照たち一行を見わたし、宣言するように名のった。

「俺はトルクエタム第四王子、ヘリオスフィアだ」

 月季が小さく声をあげた。

 清照も思わず聞き返した。

「あなたがヘリオスフィア王子?」

 ヘリオスフィアと名のった若者は、じろりと不愉快そうに清照を睨んだ。

「ここは盗賊の多い一帯ゆえ、公主を迎えるにあたり、俺みずからがこうして兵をつれ巡回していた。はからずも公主並びにご一行とお会いできた上に、こうして盗賊からお助けすることができたことは、まさしく慈悲深い天の采配だろう——至高至大なる天に感謝を。そしてトルクエタムのすべての民を代表し、公主を心より歓迎申しあげる」

 歓迎の言葉にしては、やけに平静な口調で告げた。

 清照はヘリオスフィアを見つめる。

 星の光が宿る瞳、風になびく長い髪。そんなトルクエタム風の描写はさておき、たしかにこの容姿なら眉目秀麗と絶賛されても誇張とは言えまい。

(——しかしこれは)

 ヘリオスフィアが馬を近づけてきて、清照のもの思いをさえぎった。

 ヘリオスフィアは清照の前でとまると、なにかを砂礫の上に放りだした。

 それは先刻、崖の上で清照が放った矢だった。

 あそこにいたのは、この男だったか。

 清照はヘリオスフィアが見ているとわかっていたが、笑みをうかべずにはいられなかった。ヘリオスフィアは青灰色の瞳に敵意をにじませ、清照を睨む。まさに刃のような、冷たい光沢を持つ瞳だった。

(いいぞ)

 おもしろくなってきたと、清照は思った。



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