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絶塞  作者: 西東行
第3章
14/18

(——小妹! 小妹!)

 女が必死に叫び、泣いている。その声のおかげで、意識がはっきりした。

 手ひどく殴られ、地面に叩きつけられて、気を失いかけていたのだ。武器にしていた棒が折れて、少しはなれたところに落ちている。男たちが笑っていた。

 粗雑な彫りの神像を抱きしめた。それを持っていると、男たちが多少なりとも手加減するからだ。だからといって、神に感謝する気にはなれなかったが。

(小妹)

 女が泣きながら、抱きしめてくれた。それをおしのけて、立つ。まだ倒れるわけにはいかなかった。でないと、女が男たちにひどい目にあってしまう。

 だが男たちに勝ってもいけなかった。本気で怒らせたり、怖がらせたりすれば、殺されてしまうからだ。適当なところで負けなければならない。それに、明日立ちあがる体力も残しておかなければならなかった。

 理想は、男たちを、もう女に手をだせない程度に疲れさせてから負けることだったが、それはかなりむずかしかった。なにより、負ける屈辱と悔しさを思うと、奴らとさしちがえるほうがましだとも思う。しかし、まだ死ぬわけにはいかない。

 すがってとめようとする女を、手で背後に追いやった。

 ——生きていれば、いつかかならず、心から笑える日が来る。

 誰かが言ったのだが、その者の顔も声も、ほとんど忘れていた。あまりに無責任で無意味で、薄っぺらい言葉だからだ。

 棒を拾おうとして、うまくにぎれないことに気づく。しびれてしまったのか、指が折れたのか。しかたがないので、棒を口で咥えた。

 そうして、殴られ踏まれ、無様に倒れるために前にでた。


 がくりとのけぞった拍子に、今度こそ本当に意識が戻った。目を開けると、ヘリオスフィアの顔がすぐそばにあった。

「気がついたか」

「清照!」

 すぐに、反対側から月季が清照の顔をのぞきこんだ。

「気がつきましたか、清照? 大丈夫ですか」

「公主——」

 あわてて起きあがろうとして、清照は自分がヘリオスフィアに横抱きに抱きあげられているのを知った。

「……これはさすがにおそれおおい。どうか下ろしてください、ヘリオスフィア王子」

「さすがにはよけいだ」

 ヘリオスフィアは毒づいたが、すぐに頭をふった。

「いや、謝るのはこちらだな。すまなかった」

 気づけば、ヘリオスフィアはひどく慎重な足どりで歩いていた。清照を揺らさないようにという配慮だろう。

「私を空中に持ちあげたのは、あなたが起こした風だったのですか?」

「……俺と、冰陽の両方だ。ふたりの風が重なったせいか、思ってもみないほどの大きな風が起きて、うまく制御できなかった。悪かった」

「とんでもない。李冰陽殿を挑発したのは私ですから」

 清照は抱かれたまま、あたりを見た。

「李冰陽殿はどこに?」

「あの場で謹慎を言いわたした! まったく、馬鹿な奴だ!」

 吐き捨てた。かなり怒っている様子だった。

 傍らを歩く月季は、恐縮しきっていた。

「わたくしからもお詫び申しあげます、ヘリオスフィア王子。わたくしの頭に血がのぼってしまったせいで、李冰陽と清照があのようなことに……」

 月季の頭は、すっかり冷えているようだ。

 ヘリオスフィアはため息をついた。

「たしかにあなたも短慮だった、月季公主。だが応じた俺にも責任はある。他人のことは言えない」

「清照は李冰陽とああして戦うことで、わたくしたちを諌めてくれたのですわ」

「どうだか。あいつは負けず嫌いなだけだ。いつも注意してやってるのに、まんまと乗せられて」

 鋼のような瞳で清照を睨んだ。

「お前も当分おとなしくしていろ。まったく、オーラリーやアーミラリ、その他の宮殿の者たちに、なんと説明すればいいものか」

「公主と私が、トルクエタムの武術の指南をうけていたと言えばよろしいでしょう。それでつい、熱が入ってしまったと」

「そんな言い訳が——」

 ヘリオスフィアは反論しかけたが、清照を見てすぐに口をつぐんだ。

「顔色が悪い。本当に大丈夫か。頭を打ったようだが」

 清照は片手で目を覆う。

「悪い夢を見ただけです。それより、口裏を合わせなければなりませんので、他の言い訳を使う場合は、恐縮ですがどうかご連絡を」

「そうだな。わかった」

 ヘリオスフィアは清照の部屋にまで入って、そっと寝台に横たえてくれた。

「冷たい水を持ってきますわ」

 月季は自分で水差しを取りに行った。部屋には清照とヘリオスフィアだけが残される。

 ヘリオスフィアに礼を言わねばと思ったが、吐き気がおさまらなくて、清照は唇を強く噛んだ。

 と、ヘリオスフィアが清照の額に手を伸ばしてきた。

 ひやりとしたものが、額に触れる。

(これは——)

 見あげると、淡く光をおびた白玉があった。ヘリオスフィアの額を飾っていたものだ。夜を凝りかためたような冷たさには、覚えがあった。

「……星玉……?」

 星の力を封じた玉だ。

 天文台から星空を見あげた夜を、清照は思いだす。さんざめく無数の星々、澄んだ闇。

 だが無慈悲なはずのはるかな距離は、なぜか今の清照に安堵をもたらした。

 かつての記憶は遠のいて、腹の底で熱く煮えたぎり、わだかまっていた黒い感情も、果てしない暗闇に浮かぶ小さな星明かりの点ひとつに収束していくようだった。消えることは決してないが、ずっと遠くにあって、もはや清照をおびやかすことはない。

 清照は目をほそめる。

「その星玉は、あなたの守護星か?」

「白狼星の星玉だ。白狼星は、絢爛たる冬の天にあって、なおきわだって強く輝く星。俺たちは、冬の王とも呼ぶ」

 冴えわたる冷気をとおって降りおりる星々の光は、どれほど豪奢なことだろう。この男を守護し導く星のきらめきを思って、清照は深く息をして目を閉じた。

「少しは楽になったか?」

「……かなり。これも星玉の力なのか?」

「星々の調和の力だ。よければ、しばらく持っていればいい」

 ヘリオスフィアはそう言うと、玉を清照の手ににぎらせた。清照はあわてて身を起こす。

「なにをしている。起きるな」

「いや、だが、こんな貴重なものを借りるわけにはいかない。何年もかけて星の光を集めたものだろう? なにか術を使うときだって、星玉の力を借りるんじゃないのか」

 ヘリオスフィアはほほえんだ。思いがけないほど優しい笑みだった。清照は我知らず、動きをとめる。

「問題ない。たしかに相性は自分の守護星の玉がいちばんだが、術を使うだけなら天文台にあるほかの星玉の力を借りればいい。そもそも、以前も言ったように、術を使うことは天の教えの本質ではないからな。本当は、星の光は世界のどこにでも満ちているものなんだ。ただ、どこにでもあるとかえって見つけにくくなるだけで」

「あなたは神官の修行をしたから、いつでも星の力に気づけるというわけか?」

「そうだな。たとえお前自身が気づいていなくても、お前のなかに美しい星が瞬いているのが、俺にはちゃんと見えているぞ」

(え)

 思いもよらない相手から、ものすごく気障な台詞を聞いてしまった気がして、清照はかたまった。しかしヘリオスフィアはまったく照れていない。素で言ったようだ。

「あとで薬師をよこそう。よく休め」

 清照の気も知らず、ヘリオスフィアは清照に夜具をかけると、部屋をでていった。

 榛色の髪が輝いてなびいたその軌跡が、いつまでも部屋に残っているような気がした。




 ヘリオスフィアが去ってすぐ、清照は寝入ってしまったらしい。気がついたときには、あたりは暗かった。

 目を覚ましたのは、部屋に人の気配があったからだ。

「誰だ」

 部屋にいる誰かが、短く息を飲んだ。

「……失礼いたしました。その、具合はいかがかと思いまして」

 宮殿の下女だ。手にした盆に、水差しと杯をのせている。月季や梅花たちは、清照の寝ている部屋に勝手に入ったりはしないから、自分で入ってきたのだろう。知らないならしかたがないが、今後は二度としないようにきつく叱っておかなければならない。今日はたまたま体調が優れなかったからよかったが、いつもの清照なら、相手に怪我をさせていたところだ。

(——というか、この下女、公主に宮殿の噂をもらした奴の、ひとりじゃないか?)

 気づいたところで、下女が膝をついた。

「あの、実は杜清照様にお目にかかりたいとおっしゃる方がおいでなのですが」

「私に? 誰だ」

 下女は清照に、ある男の名前を告げた。

「杜清照様にお薬をお持ちになったとのことなのですが、貴重な薬なので、直接飲み方をお伝えしたいとのことで」

 ものすごく、あやしい。

 清照は答えるまでにわずかな間をおいたが、しかし本当にわずかだった。

「わかった。隣の部屋にお通ししてくれ」

 下女に問いただしたいことがあった、それはあとまわしにしよう。

 下女は頭を深く下げた。

「かしこまりました、杜清照様」

 自分の名前に様などつけるなと思ったが、言う前に下女は部屋をでていった。

 ひとりになって、清照はしばらく寝台に身を起こしたまま、考えていた。

(むこうから動いてくれたのはありがたいが……さて、こちらはどう動くべきか)

 寝台からおりようとして、清照は自分がまだヘリオスフィアの星玉をにぎりしめていることに気づいた。清照はしばらく星玉を手のひらにのせ、その冷たさに意識を集中する。

 それから玉を大切に懐にしまいこみ、身繕いをはじめた。




 隣の部屋に行くと、中年の男が待っていた。

「アーミラリ殿」

 アーミラリは清照を見あげて、いつものように愛想よくほほえんだ。

「おかげんはいかがですか、杜清照殿。薬湯をお持ちいたしました」

 そう言って、手のなかの小さな壺を見せた。

「あなたみずから、そんなものを持ってきたのか?」

「あなたがお怪我されたのは、宮殿の皆が知っていること。——たいへんな騒ぎですよ。おかげで離宮に足を踏みいれるのも簡単ではありません。私は家令ですから、ヘリオスフィア王子やオーラリー将軍の許可なく離宮に入れたわけですが」

 清照は、アーミラリの前にすわった。

「それで、その家令のアーミラリ殿が、私になんの用事だ」

 アーミラリは表情をあらためた。今までの愛想のいい商人の顔とはまったく違う、厳しい荒野を旅する商人としての一面だと、清照は感じた。

「話というのはほかでもありません。李冰陽殿のことでございます」

 清照は答えず、アーミラリを見た。アーミラリも黙って、清照の反応をただ待っている。だが清照が口を開かないと見て、アーミラリはふたたび話しだした。

「聡明なあなたならお気づきのことでしょう。李冰陽殿はまことに優れた方ですが、一方で野心も強い方なのです」

 李冰陽の緑の瞳を清照は思いだした。若葉のような色合いは一見したところ柔和だが、実は宝石のように冷たく、かたい。

「しかし彼は、ヘリオスフィア王子に忠実であるように見えるが」

「たしかに、李冰陽殿はヘリオスフィア王子に忠実です。トルクエタムの乳兄弟は、義兄弟のようなものですからね。実の兄弟以上に親密に育ちましたし、なによりヘリオスフィア王子も並の才の持ち主ではありません。優れた方は優れた方を好むもの。しかし李冰陽殿の才能や理想は、腹心の部下という立場にはおさまりますまい」

「つまり、謀反を起こして、李冰陽殿自身が太守の座を狙うとでもいうのか?」

 はっきり口にだしてみたが、アーミラリは動じなかった。

「必要ならばそうするでしょうなあ。しかし、ヘリオスフィア王子を利用するだけで目的が達成されるなら、謀叛まではなさらないかと見ています。あの方は目的さえ達成できるなら、位や役職の名前などにはこだわらないでしょうよ」

「そうだな」

 深く納得して、清照はうなずいた。

「正直なところ、私としては、ヘリオスフィア王子も李冰陽殿も有能な方でいらっしゃるので、どなたがオールトの実権をにぎっていても、誰が誰を利用しようとかまわなかったのですが——」

「待て。かまわないのか?」

 アーミラリは大げさに目をみはった。

「だって、そうでしょう? 民にとっては、安寧でそこそこゆたかな生活こそ大切ですから。誰が王でも太守でも、気にしませんよ。もともとトルクエタムは幾つかの部族が集まってできた国で、王や国への忠誠はそれほど強くないんです。天香国も、せめてオールトを金持ちにさせてくれていたら、評価も変わりましたが」

 これにも同意せざるをえない。もういちど、うなずいた。

「ですから私はこれまで、李冰陽殿に多少傲慢なふるまいがあったところで、気にしませんでした。しかし、李冰陽殿が月季公主の侍女であるあなたを殺めようとしたのを見て、さすがにこれは由々しき事態と思ったのです」

 清照はため息をついてみせた。

「大げさだな、アーミラリ殿、あなたは最初からご覧になっていないのだろうが、あれは公主と私が、ヘリオスフィア王子と李冰陽殿に剣術を指南してもらっていただけだ。騒ぐようなことではない」

 アーミラリは、片方の眉をあげた。

「ヘリオスフィア王子もそうおっしゃっていました。騒ぎの発端である月季公主が批判されるのを、避けようとしておいでなのでしょう。公主はまっすぐなお方ですが、誤解を受けやすいご気性であられますからな。悪意はなかったことは私も理解しておりますが——」

 事件が起きたときはうろたえていたのに、今ではことの経緯を正確に把握しているらしい。アーミラリは、誰からか情報を得たようだ。

「——ともあれ、月季公主は、すばらしいお方です。ヘリオスフィア王子と月季公主が一緒になれば、オールトはますます栄えるに違いありません」

「もちろん」

 ここでアーミラリは清照に身をよせ、小声で言った。

「ですがここでひとつ、先ほど申しあげた懸念が。月季公主は、野心家の李冰陽殿に思いをよせておられる。あの李冰陽殿が、その好意を利用しないはずはありません」

「話す機会が多いというだけのことだ」

 清照は眉一筋も動かさず即答したが、アーミラリは首をふった。

「杜清照殿。今さらごまかしても、益がないばかりで時間の無駄です。やめましょう」

「……ふむ。そうだな」

 アーミラリは好きになれないが、彼の物言いは清照の好みにあっている。

「だがアーミラリ殿、月季公主は情に流されて立場を忘れる方ではない。天香国公主として、そして絶塞の太守の妻として、生きていく覚悟をしておられる。私も全力で、そのお手伝いをしていくつもりだ。李冰陽殿のことで間違いなど起きるはずがない」

「あなたがいる限りはね。だからこそ李冰陽殿は、機に乗じてあなたを葬ろうとなさったんじゃないですか」

「なに?」

 清照は思わず、目をみはる。アーミラリは責めるように首をふった。

「ですから、由々しき事態だと申しあげておりますのに。信頼厚い侍女であるあなたがいなくなれば、月季公主はどれほど力を落とし、嘆かれるか。支えを失ったあの方のお心の隙を突いて、李冰陽殿が公主のお心を掌握するのは、たやすいことに違いありません」

「いや。私がいなくなったくらいで、月季公主がそんな……」

 自分がいなくなれば、月季のことだからそれなりに嘆いてくれるだろうが、道まで誤るなどありうるだろうか。

 そんな懸念が、顔にもでていたのだろう。アーミラリは苦笑まじりにため息をついた。

「あなたは聡明ですが、ご自分のことには気がまわらないようですな。月季公主が侍女として以上にあなたを信頼されていることを、理解していないようだ」

「しかし」

「ともかく、先刻はあなたをあれほどの高さまで風でまきあげ、地面に叩きつけたのです。殺意があったのは明らかだ。下手をすれば首の骨を折っていましたよ」

 自分ではよくわからなかったが、ヘリオスフィアの心配そうな表情や、月季の気遣い、そしてアーミラリの口ぶりから判断するに、相当な高さから落とされたようだ。

「しかし先刻の風は、ヘリオスフィア王子と李冰陽殿のふたり分の風が混じったために、予測できないほどの高さになったと聞いたが」

「ヘリオスフィア王子がそうおっしゃいましたか? あの方は乳兄弟殿に甘いですからね。しかし李冰陽殿は、稀代の才能を見こまれて神官になった方です。風を制御しきれなかったなんて、考えられませんよ」

 アーミラリは首をふった。

「実は李冰陽殿には、以前からそれとなく公主と距離を取るよう伝えておりました。しかし彼は、あなたを殺めようという暴挙にでた。月季公主の——天香国の公主からの好意を利用しようとしておられるのです。これはトルクエタムにとっても、そして天香国にとっても、危険なこと。もはや穏便にはすまされません」

 清照は両腕を組む。懐に入れた、ヘリオスフィアの星玉が布越しに手にあたった。ひやりと冷たい玉の温度も伝わってきて、それが清照に冷静な判断をうながしているようにも感じられた。

 清照は目をほそめてアーミラリを見た。

「……それで、李冰陽殿が物騒な男として、どうする気だ? まさか李冰陽殿を殺すつもりじゃないだろうな。まさか先だっての毒茶や矢での襲撃は、あなたの企てか」

 アーミラリは激しく首をふった。

「とんでもない! 私ではありませんよ。聖なる神官にそのようなこと、滅相もない。まして、月季公主もいらっしゃいますのに」

 清照を怖れるように、身をすくめた。

「ですが李冰陽殿は冷厳というか、ときに容赦ない采配をされますからね。誰かに深く恨まれることもおありでしょう」

「つまりあれは、李冰陽殿を狙った、べつの者の仕業というわけか」

「過激な輩もいるものです。公主になにかあれば、天香国との戦になりかねないというのに。私としては、李冰陽殿には月季公主と距離を取って、都アンティキティラに帰ってもらえれば充分と、思っております」

「どうやって?」

「そこは我が国の最高権力者——王の権威をお借りするのがいちばんと考えております。ヘリオスフィア王子も、王がお相手では従うしかないでしょう」

 ヘリオスフィア王子と李冰陽を、清照は思いだしてみる。果たして彼らは、王が相手だからとおとなしく引き離されるだろうか。

 しかしアーミラリは、自信たっぷりに言った。

「李冰陽殿を都へ呼びもどすよう、王にご注進申しあげました。李冰陽殿はオーラリー将軍と親しいですし、オールトの兵たちが李冰陽殿を守ろうとするかもしれませんので、念のため、兵もよこして下さるようお願いしております」

 いちだんと、声をひそめた。

「つきましては、清照殿にも、ぜひご協力いただいたいのです」

「私になにをさせるつもりだ。トルクエタムの国内のことじゃないか」

 アーミラリはにやっと笑った。

「なにもしていただかなくてけっこうです。つまり、李冰陽殿を油断させるため、伏せっていただきたいのですよ。あなたが動けないとなれば、李冰陽殿にとっては公主との仲をせばめる絶好の機会となります。そこでほかの侍女を使って、李冰陽殿を人気のないところに呼びだす手伝いをしていただきたい」

「呼びだす?」

「逢い引きを取りもつのは侍女の役目ではありませんか。あなたが重傷だから不安だと、月季公主に言われれば、冰陽殿も信じて慰めようとするでしょう。まさか兵たちをつれていくこともありますまい。そこが狙い目です。もちろん、李冰陽殿を拘束する手はずは私が整えますので。清照殿や侍女殿には心づもりだけお願いしたい」

「月季公主のお気持ちを知りながら、侍女である私や梅花たちにそんなことを協力しろと言うのか」

 低めた声でつぶやきにらんでやると、アーミラリは今にも飛びあがらんばかりに腰を浮かせかけた。なんとか体裁は保っているが、体をこわばらせ、脂汗をにじませて清照を見ている。

 充分に相手を怯えさせてから、ようやく清照は殺気を消した。

「——それで、どこでやるつもりだ。まさか月季公主のおられる離宮に兵をつれておしいり、李冰陽殿を拘束する気か。だとしたら、トルクエタム王の認めたことでも承知しないぞ」

 アーミラリは、あわててあご髭をしごき、思案した。

「そ、そうですな。……では、『逢い引き』は離宮のすぐ北にある庭園ですることにいたしましょう。ひそかにことをなすには絶好の場所でございますから」



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