序章
風景は軽塵で白くかすんでいる。楊柳の並木も、空も。
日干し煉瓦で建造された城市は、白楊関といった。天香国を守る長城はここで尽き、この国の領土もここまでとされている。ほとんどの民にとっては、万象の気が変転する世界もまた、ここで終わった。
だがこの城市の西の門からは、砂礫にまぎれて道がつづいていた。ときおり隊商が列をなして旅立っていく。逆に、隊商がやってくることもあった。隊商を構成するのは紫髯緑眼の西方人たちだ。天香国の民らしき者もまじっているが、衣装は異国風だった。
八年ほど昔になるだろうか。各地から集められた兵が、ここから出征していった。荒野の「夷狄たち」を駆逐し、焼けついた大地に水を引き緑を増やして、ゆたかな土地にしようとしたのである。
兵たちは、いちどは夷狄の塞を落とした。しかし荒れ地に天の華の香を招請することはできず、陰陽の気もめぐらなかった。しばらくして「夷狄たち」が反撃をしかけ、疲弊した兵は屈した。出征して帰ってきた者は稀だった。
だが、わずかに生き残った老兵たちは、故郷の田野に戻ったあとも、西方の風景を覚えていた。
どうして忘れられよう。彼らは自分の足で、万里四方に広がる砂礫の荒野を歩いたのだ。わずかにはえる灌木は、まだ生きているのか千年前に枯れたのかもわからない。あてどなく転がっていく孤蓬を、ただ白骨が見送っている。雲のない空には、太陽の赤い円がひとつ。鳥は白楊関で、自分たちと別れて東にとって帰っていた。
まきあがる砂塵に口と鼻をふさがれ、熱風に焼かれながら、それでも西への旅をつづければ、やがて彼方に一片の孤城が見えてくる。
大きな城市だったが、茫漠と広がる風景のただなかでは、いかにもよるべなく、小さく見えたものだ。
天香国の兵たちはそこを絶塞と呼んだ。
絶塞——地の果てにある城塞、の意である。