とある少女が遺したモノ
夏といえば階段──ではなく怪談。
もちろん会談でも戒壇でもない。っていうか戒壇ってなんだ?変換で出てきたから挙げてみた。
まあとにかく、夏といえば怪談なのだ。
そんな私がとある夏、体験したことをここに記したいと思う。どうやら私でもPCを使えるみたいだし。まあ、少し変な日記だと思ってくれれば良い。
注意して欲しいのは、これが事実だろうと虚実だろうと、笑い飛ばして欲しいということだ。既に取り返しのつかなくなっている現状を笑い飛ばすことで、受け入れようとしている私。それを否定するようなことはしないで欲しい。でないと、未練が残ってしまう。
それを踏まえた上で、さあ、語ろうか。
とある夏の夜のこと──
私は怪談噺をするのが大好きだった。
と言っても、それを聞いてくれるのは家で飼っている猫くらいなもの。
そう、私には、友達と呼べるような友達がいない。
けど、それを悲観することもなかった。
かつての友達が離れて行っても、新しい学校のクラスメイトが私を拒絶しても、特に悲しくなかった。なぜだろうか。そんなの、私にわかりっこない。
人間、一番わからないのは自分自身のこと。他人のことより、自分のことをずっと悩んでしまう。
私は、心にポッカリと空いてしまった穴を埋めるように、夏休みの今、毎日猫に怪談噺を聞かせている。
例えば、身体を大っきなハサミで切られ、上半身だけになってしまったテケテケの噺。
例えば、校舎の鏡に映るもう一人の自分が具現化したドッペルゲンガーの噺。
どこかで聞いたような噺。それにオリジナル要素を交えながら語るのは、まるで一歩一歩暑い夏を乗り切るための階段のようだった。なんちゃって。
いつから怪談噺が好きになったのかはもう、憶えていない。だけど確か、小学校の頃はそこまで……というか、むしろ嫌いなまであった。
それがいつしかこうして、自分の口から語るようになった……人間、どう変わるか、変わってみないとわからないものだ。
そんな私が行動を起こしたのはある意味で必然だったのかもしれない。だけど、その結果が必然だったとは思いたくない。
それは夏休みのある日の夜。風が運んで来る緩い風に顔をしかめながら舌打ちする。
私は校門前で、胸を昂らせながら闇に浮かぶ校舎をその瞳に映していた。
「やっぱり、怪談といえば夜の学校……!」
これからしようとしているのは胆試し。そしてあわよくば、幽霊との遭遇。
もちろん、夜の学校は立ち入り禁止だ。
だけど知っている。この学校のセキュリティはとっても甘いことを。
実は前に、忘れ物をして夜の学校に忍び込んだことがあるのだ。もしものことがあっても、忘れ物をしたと言えば最悪の事態は免れると思って。
だがその時は何もなかった。警備員がいたりはしないし、警報が鳴って警察が駆けつけるなんてこともない。なんてズボラな学校なんだろう。
そんなわけで、私は学校に侵入することにしたのだ。
門を股げば簡単に侵入できる。校庭のど真ん中を突っ切り昇降口まで駆ける。
この学校のセキュリティがズボラだと知っていても、やはりヒヤヒヤするものがある。そんなスリルも一興。
上靴に履き替え、まずは自分の教室まで歩く。慣れ親しんだはずの道が、月明かりに照らされ未知の魔境へと変貌している。
と、ここまで来て私は気づく。
……あれ、私、案外怖がり?
体がブルブルと震えて止まらない。背中を伝う冷や汗はジメッとしていて気持ち悪い。
一歩踏み出すごとに腰が引ける。
こ、ここまで来て……?というか、私が怖がりだなんて……。
やはり人間、自分のことが一番わからない。
普段から怪談噺を語っているくせに、いざ自分からそこに足を踏み入れるとなるともう、ヤバい。
以前忘れ物を取りに来た時は、何にも考えずにただ忘れ物忘れ物と呟いていたから怖くなかったのかもしれない。
あー……自分の間抜けさに呆れる。
そんなことを考えている間に、教室に辿り着いてしまった。
「はぁー……なんか疲れた」
なぜか廊下よりも教室の方が安心する。
なんとなく自分の席に座り、教室をぐるりと見渡す。各席に顔がポツポツと浮かび上がる。それは、私の記憶から生み出された『クラスメイト』の顔。
もちろんそれは幽霊なんかじゃなく、言うなれば私の妄想。ただのイメージだ。
その顔を見回しながら、自分の教室での待遇を思い出す。
中学二年の頃、父親が多額の借金を作り家を出て行った。おそらくは父親がどうにかしたのだろう。その借金が私や母に降りかかることはなかったが、代わりに家庭は崩壊した。
母親も倒れ、父方の祖母が私を引き取ることになり、その際私は転校することになった。クラスでイジメが始まったのもあるだろう。
母親は未だ入院中。いつ目を覚ますのかもわからない。
ああ、そうか。その頃から私は、祖母の家で飼っている猫に、怪談噺をするようになったのだ。
転校した当初はそれなりに人気者だった。転校生ってだけで寄って来るような子ども。それが小中学生。
だが、それもある日終わりを告げる。
どこからか、私が転校することになったその経緯が漏れたのだ。噂はたちまち拡がり、私についたあだ名は『不幸少女』。なんて稚拙でありきたりなんだろう。
さらに、それこそどこから漏れたのか、私が猫相手に怪談噺をしていることまで噂になった。
結局転校しても変わらない。私の境遇を嘲り、憐れみ、嗤い、イジメは続く。
だが、そんなイジメは唐突に止んだ。その理由は定かではないが、これで過ごしやすくなったのは事実。素直に喜んでおくことにした。
そして今、私は無視されながらも直接的なイジメはなく、それなりに不自由ない学校生活を送れている。
虐められることをなんとも思わない私は壊れているのか、と悩んだ時期もあった。だが、やはり自分のことはわからなくて。
「……帰ろ」
なんとなく、今日はもう気分ではない。
立ち上がり、廊下に出ようとした。
その時──
────ファサァァ……
慌てて振り返る。
見れば、カーテンが揺れている。
おかしい、そんなはずはない。だって、窓は閉まっているのだから。
だからこれは、あれだ、私が動いたからー、とかいう、あれ。
そう思い込み、そそくさと立ち去ろうとしたらまた揺れた。
えぇぇなにこれぇぇえ!!
自分が怖がりだと自覚してしまうと本当もう怖くて仕方が無い。早くこの場を離れたいのだが体が硬直して足を踏み出すことができない。
不意に何かが近づいて来る気配がする。
それは右から、左から。前後ろ、さらには上からも。
私の心にポッカリと空いた穴は、たった一つの感情で埋め尽くされてしまった。
すなわち。
怖 い
私は意識を手放してしまった。
「────、────」
「──、────よなぁ」
「本当、──が幽霊を怖がるなんて面白い話ですよね〜?」
話し声が聞こえ、私はゆっくりと意識を起こす。
重い瞼を持ち上げ、ついでに最後の記憶を探る。
あっれー……私、何してたんだっけ……。
「お、目覚めたようですよ」
「どれどれ?」
「おー……」
記憶の引き出しをガサゴソとしていると、視界に三つの影。
「うぉわぁぁあ!?」
思わず後ろに飛びず去る。その際教卓に頭をぶつけた。
「いっつ〜〜〜!」
「派手にぶつけたなぁ。大丈夫かぁ?」
教卓……ってことは、ここは教室。──あぁ、そうだ。私は胆試しに夜の学校に忍び込んだのだ。
ところで、この御三方は誰なのだろう。私と同じようなことを考えた胆試し参加者?だとしたらなんたる偶然。
「……てゆか、また怖が、……った?」
「今のは怖がったってより、単純に驚いただけでしょう」
「驚き方がコミカルでわざとらしかったけどな」
目の前で展開される三人の会話に、私の脳はパンク寸前。え、なに、この状況。
「やあやあ、初めまして。夜の学校へようこそ」
「は、はぁ……」
ボーッとする頭でその顔を見て──
「ひぃぃ!?」
また後ろに飛びのこうとして頭をぶつける。
その顔は──ウサギだったのだ。
「ううう、ウサ、ウサギ……!」
「おっと、これは失礼?」
「ウサギくらいなんだってんだ。俺なんかライオンだぞ」
「ウチ、クマ……」
よく見れば、三人が三人とも動物の顔をしている。
「あ、あなたたちは……」
恐る恐る訪ねてみると、ウサギ顔の青年?が答えた。
「僕はアリス……とでも言っておきましょうか。迷える魂を誘い、道を示す──まあ言っちゃえば幽霊です」
──幽霊!?
なんとなんと、本当に幽霊に出会えた。
それも、思っていたモノよりずっと可愛い幽霊だ!
「ま、幽霊つったってこんなもんなんだよなぁ。どっちかっつーとこれじゃキメラだ」
「あんなキモいのと……一緒に、しない、で」
たどたどしい口調でクマさんが文句を言う。
か、かんわいいぃぃ……!
と、そうだ。
「ま、あなたも僕らの仲間入りってことで、歓迎──」
「あああ、あの!」
「は、はい?」
私はウサギに詰め寄り、おそらくは輝いているであろう瞳を目一杯見開き、心の内を告げた。
「わた、私憧れだったんです……!幽霊と出会うの!さ、最初は怖かったけど、なんか思ったより可愛いし──だから、その!」
肺いっぱいに空気を吸い込み、静かな夜の学校で叫ぶ。
「私と、怪談噺をしてください!」
「「「…………」」」
ウサギとライオンとクマは、目を点にした。
そして私は、知る限りの中で飛び切り面白い怪談噺をした。ちょいちょい改編し、より面白く、より突飛にと考えた末のものを。
それはどうやら幽霊たちにもウケたようで。
「いやあ……面白いですね」
「おお、俺、思わずビビっちまった……もう人を笑えねえな」
「…………ガクガクガクガクガクガク」
と三者三様の反応を見せていた。
私は初めて、怪談を他の人に話したのだった。
「面白い噺を聞かせてもらった代わりに、僕も教えてあげましょう。幽霊のこと」
怪談とはちょっと違うんですけどね、と苦笑し、語り始める。
「僕たち幽霊というのは、ご覧のように人間が思ってるような姿はしてません。生前の顔と記憶を忘れ、動物の顔になってしまう。未練が強ければ強いほど、より動物に近くなっていくのです。つまり僕たちは、顔丸ごとが動物になるほど未練があったということですね」
言って、ライオンとクマさんを見やる。
「僕も彼らも、その未練が強すぎてこの世界に留まってしまっている。成仏することができずに、流れ着いたのがこの学校なんです。
まあ、最初は衝突したりもしたけど、今じゃどこの誰よりも仲良しだと思ってますよ?」
「こいつ、最初はちょー嫌味な奴だったんだぜ?」
「あの時の、アリス……許すまじ」
「あ、はは、あはは……怖いなぁ、もう。
こほん。さて、代わりにはならなかったかもしれませんが、ザッとこんなところですかね」
私は聞き入っていた。
こんな、こんな素敵な存在がいたなんて。なぜ人間の前に姿を現してその噺をしないのだろうか。
「ははっ、僕らは昼になると寝てしまいますから。人間とは住む世界も時間も違うのですよ。それに、僕たちが人間の前に姿を現しても怖がらせるだけでしょう?先ほどあなたが怖がったように」
「あ……」
そうか、気絶する前のカーテンが揺れたりっていうのは、この人たちの仕業か。
「人間みたいに驚くんだもんなぁ。そういった意味でいえば、この中で一番未練が弱いのかもな。ありのまま人間だし」
「むぅ……」
ライオンとクマさんが唸る。
この後も怪談噺を続けた。
私から話す、私が妄想する幽霊の噺。
彼らが語る、幽霊の本当の姿の噺。
互いが互いの噺に興味津々で、気づけば夜が明けようとしていた。
「おっと……どうやら、ここまでのようですね」
「だな……俺らにとっての夜が来ちまった」
「眠、い……」
段々とその影が薄くなっていく。
私はその理由を、先ほど知った。
「眠っちゃうんですね……」
「はい、ま、また明日の夜になれば起きますけどねぇ」
「……また、来ても良いですか?」
「ん?……ええ、もちろん」
二つ返事で了承してくれ、私の顔が綻ぶ。
友達なんていらないと思っていた。
私の喉があれば、脳内にある大量の怪談をこの世に吐き出すことができるから。
でも、今日、『友達』ができて、一緒に怪談噺をして、楽しいと思った。
ああ──友達って、良いなぁ。
「それにしても、不思議な人ですね……普通ならもう、眠くなっても良いはずなのに」
ウサギが漏らした一言に反応する。
「あ、私昼間にたっくさん寝て来ましたから」
「いやぁ、そういうことじゃねえんだけどよぉ……」
ライオンが頭をガリガリと掻く。
「まあ、この噺はまた明日にでも。──では」
そう言い残し、その姿を消していく三人。別に成仏するのではないとわかってはいるが、何か、このままいなくなってしまいそうで怖い。
だから、せめてと思い私は叫ぶ。
「また、また明日──ッ!」
ウサギとライオンとクマは、にっこりと微笑んだ。
夜道を歩きながらふと思い出す。
彼らの言葉の端々に、何か引っかかる言い回しがあったことを。
何が引っかかっているのか、そんなのはわからない。
わからない、ということは、もしかしたら自分に関することかもしれない。
だがまあ、それならば考えても仕方ない。
だって、自分のことは──
──自分が一番、わからないのだから。
さて、私の語りはここまでだ。
この後、私は気づくことになる。もしかしたら自分が──なんじゃないのか、と。
気づいた時には手遅れだった。一体いつからこうなっていたのかてんで憶えていない。もしかしたら、イジメが止んだあの日からなのかもしれない。
だとしたら私は、半月もの間、このことに気づかず普通に過ごしていたことになる。
どうやら私は、──になっても図太く生きるらしい。
やっぱり、自分のことは、自分が一番わからない。
〜幽霊たちによる追記〜
「ねぇ……」
「ん?どうしたのですか?」
「また……来る?」
「どうだろうな。いつ自分のことに気がつくともわからんし」
「そうなれば成仏しちゃうでしょうしね……」
「そ、か……」
「おそらくあの人の未練は、ほんのちょっとしたもの。──誰かと怪談噺をしたい、ということなんでしょう。それが果たされた今、あの人をこの世に縛り付けるものは何もない」
「じゃ、もう成仏している可能性もありそうだな」
「でもまあ……また来るんじゃないですか?」
「なん、で……わかる、の?」
「だって──」
「──また僕らと、話したそうにしてましたから。『幽霊』になりながらも、新たに未練を残してしまうなんて……本当、不思議な人ですね」
はい、タイトルからもわかる通り、死んでます。
死んだのはイジメがピークに達した時。首を閉められてそのまま死にました。その後、自分が死んだことに気づかず半月を過ごすことになります。
その時、クラスメイトには彼女が見えていないので無視する形に。
ウサギのアリスが不思議な人ですねと言ったのは、幽霊なのに昼間も眠らないで動けていたり、動物になっていない、つまり、未練がほとんどない状態でこの世に残っているから。それだけ、少女の『誰かと怪談噺をしたい』という想いは強かったんです。
では、怪談らしくない怪談噺でしたよっと(^ー゜)