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闇のカケラ  作者: 御堂筋優
2/2

夢現

殺し屋一族・ソフィリア家。


世界一腕がいいと名高いソフィリア家は、家族全員が殺しを生業なりわい

している。

家族構成は、祖父・父・母・長男・次男・三男・長女・四男・次女の九人家族。

依頼達成率は100%で、一度依頼を受理したら完璧に遂行する。

これこそが彼らの誇りであり、最優先事項だ。

そしてそんな家に私、麗は生まれてしまった。



  ソフィリア家の長男、メル・ソフィリアとして。



おそらく輪廻転生というものなのだろう。

妹の手によって殺された私は転生、つまり生まれ変わりというものを体験し、

新しい人生を歩むことになったのだが・・・両親に殺された。

いや、これでは語弊があるな。

殺されかけたという方が正しいだろう。

私はソフィリア家の長男として意識を覚醒し、その一時間後に毒入りミルクを

飲まされた。

普通、まだ生まれて間もない自分の子供に毒なんて飲ませるか?

飲ませないだろ、だってどう考えたって可笑しい。

産んで早々(そうそう)、殺す気か。

確かに、産んでもらったわけだから文句は言わない。

だが、これだけは言わせてほしい。

殺すくらいならはなから産もうとするな。


いま考えてみるとソフィリア家は殺し屋なのだから、一般常識なんてここでは

通用しないだろうということは容易に分かる。

しかし私はこの時、転生したせいか、はたまた毒を飲まされて死にかけたせいか

思考が混乱しており、冷静に判断できていなかった。

いまふり返ってみれば、なんて馬鹿らしい。

少し考えれば分かることだったのに。

 

 例えば、母の甘い香水の香りと一緒に鼻孔びこうをくすぐった、

ついた鉄の匂い。

 

 例えば、部屋の壁に飾られた剣や銃。


 例えば、期待と狂気を宿した、父の金色の瞳。


そう、これらを見て私は、私の二度目の両親が人殺しなのだと気付いた。

母がまとっているのは、死の香り。

それも血で血を洗うような。

どんなに消そうとしても消せない程に染みこんでしまった、私にとって嗅ぎ

慣れない、嫌な臭い。

私の死に際に、私を包み込んだ、赤の臭い。

せ返る終わりのニオイ。


 そして壁に飾られている武器は光を反射させて、にぶかがやく。

それはあんに、偽物にせものではない、玩具がんぐではないと

語りかけているようだった。

たぶん本物、なのだろう。

違う多分じゃない、本物だ。

断言できる。

恐らくこの家の誰かが使っているであろう剣は、先程まで研いでいたかのような

鋭さを持っていて、銃はグリップの溝に赤黒いナニカが付着している。

両親の反応からして、私が彼らの一番目の子だということは分かりきっていた。

ということは、この家にいるのは父、母、いま産まれたばかりの私と、まだ見ぬ

誰か。

しかし、今現在ここにいないということはこの部屋に滅多に立ち入らない人物。

あるいは今なんらかの用事があって外出しているかのどちらかだろう。

...両親が、人払いしたという事も考えられるが。

その点を考慮して推察する。

あの剣の長さから考えて、重さは結構なものだと判断できる。

したがって母が馬鹿力でない限り、この剣の所有者は父か、まだ見ぬ誰かだと

予測。

そして、母から薫る血のニオイ。

この二つの点を踏まえて言えることは、両親が殺しを生業としている、あるいは

ヒトの死を間近で見るということについて証明された。

さてこの結果から導き出せるのは、私は人殺しである両親の間に生まれた子供で、

父の期待と狂気の渦巻いた目から察するに、恐らく殺しを生業とした一家なの

ではないだろうか。

しかも現当主は父。

とすれば、次期当主は私になる確率が高いということが分かる。

あぁ、やっぱり冷静に考えなければよかった。

そうしたら答えが曖昧のまま、私は純粋に幼少時代を送ることが出来ただろうに。

いつもは自分の冷静沈着さに感謝しているが、今はそんな自分が恨めしい。

だって、気付いてしまったんだ。

こんな両親の間に産まれたのだから一般常識なんて通用しないのだ、と。




 しかし、いくらなんでも三歳くらいになるまで毒を入れるのは待とうとか

考えなかったのだろうか。

私の新しい父親は。

母親でさえ、五歳まではダメだと気付いていたのに...。


先が思いやられる。


次期当主として私に期待するのはいいが、少しは頭を使ってほしい。

それとも幼少時代に毒の耐久をつけるのは、殺し屋には当たり前だということなのだろうか。

小さい頃から訓練してないと体が毒に慣れない、みたいな。

...専門的なことは分からない、分からないが毒を飲んで解毒剤を飲まずに生き延びた自分はもっと理解できないな。

まぁそんな自分にあえてお世辞を言うなら、凄い人間。

正直に言うというなら、化け物といったところだろうか。

だがしかし、両親はそんな私を見てとても嬉しそうに微笑んでいたので自分が

人外だろうが、化け物だろうがどうでもいいんだが。

それでも毒を飲んでしまったことである問題が浮かび上がった。

 それは髪の色素が薄くなってしまったことだ。

もともと母親譲りの漆黒だった髪は白銀に変わってしまい、家族の黒髪や赤髪の中にポツリと浮いたように見える白銀は少し滑稽だ。

成長していくにつれ、あまり気にしなくなったが、それでもやはり気になってしまう。

父の顔を見上げるたびに、母と話すたびに、弟や妹の頭を撫でるたびに・・・胸にぽっかりと穴が開いたような錯覚を感じるのだ。

だが前世ではそのような感情が欠如していたため、これがなんという名の感情なのかはいまいち分からない。




 悲しみ、虚しさか、憂鬱か・・・。




頭を悩ませ思考を巡らせていると、胸の中で蠢く黒いモヤ。

それは、私と同じ形となり私自身に尋ねてくる。


 私は、人を人とは思っていない『人間』だったが、私は本当に『人間』だった

のか、と。

それに対し、私は『当たり前だ』と答える。

だが、自分の胸中で見つけた矛盾に眉をひそめ顎に指をそえた。


可笑しい。


私は何故、自分が『人間』だと即答できたのだろう。

私は確かに人間と人間の間に生まれたモノだ。

しかし、私は『人間』が体験できないことをしている。

 そう、輪廻転生だ。

例え他のモノ達が転生をしても、前世の記憶というものはない筈。

現に私も前世で生まれた時に、その前の記憶はなかった。

しかし、今はどうだ?

もう14歳だというのに前世の記憶はしっかりと覚えている。

そして何より、私が『人間』であるという証拠がない。

何故なら私は父に毒入りミルクを飲ませられる頃には、もう毒への耐久があった

ようだし、他のモノより感情が欠如している。

この世界に生まれ変わってから食事や水分を一週間摂取しなかった時もあったが

それでも死ぬことはなかったし、一週間くらいなら寝なくても問題なかった。

 

 これを『異常』といわずして、なんと言うのだろう。


化け物?鬼子?人ならざるもの?

確かに、それも一理あるかもしれない。

人間とは自分と異なるモノを恐れ、忌み嫌い、最終的には恐れるがゆえに徹底的

に排除しようとする。

まぁ、それはどんな生物にも当てはまることかもしれない。

だって、怖いだろう?

見た目は人間なのに、中身は人間と少し違う。

例えば、そうだな。

このソフィリア家のように治癒能力が以上に高かったりとか、一般の『人間』に

は見えない速度で移動できる、とか。

はたまた私のように毒を飲んでも死ななくなってしまって、他の『人間』が私の

血液に触れると一瞬で死んでしまう、なんて・・・。



 そのモノを・・・『人間』ト認メルカ?



無理だろう。

『普通』とは違うんだぞ?

前世でさえ私は、化け物扱いされていたんだ。

ただ、理解力と記憶力が良かっただけで「あの人とは次元が違うよね。」やら、

「頭良すぎて気持ち悪いんですけど・・・。」やら影でコソコソ言われ続けて。

それこそ遠まわしに化け物呼ばわりされてるのと一緒なのに、何故今の私が

『人間』と言えるのだろうか。

前世より化け物染みてしまった私を受け入れられる『人間』がどこにいるという

のだ・・・。

 フッと自嘲の笑みを浮かべ、目を瞑る。

もういい。心を闇に閉ざせ。

そうは思っても、泡沫のように浮かんでは消える現実。

周りのモノが『人間』じゃなかったわけではなく、私が『化け物』だったのではないか?

私はそれを知っていてもなおその現実を受け入れるのが恐ろしくて、認めたく

なくて目を背けていただけだったんじゃないのか?


分からない、ワカラナイ・・・。


じゃあ今生きていると思っているこの世界は、本当は夢で私自身が私を『化け物』だと認めさせるために、これを見せているのではないか?

それならこれは、現ではなく・・・ユメ?


ワカ、ラ・・・ナ・・・・・・。





ピピピピピピッ



「・・・っ!」


がばりと身を起こす。

荒い息遣いが、静寂に包まれていた部屋に響き、だんだんと静かに消えていく。

すると、先ほど夢の最後に聞こえた小さな音が再度ベッド脇から聞こえる。

緩慢とした動作でそちらに視線を送り、手を伸ばすのと同時に、私の腰に巻き

ついた何かは、私が携帯電話を取った瞬間ズルリと這い上がり背中に纏わりついてくる。


「・・・メル兄、仕事?」


そう言って私の背後から携帯の画面を覗き込む次男のルイは、寝起きのためか長い黒髪が彼の顔を隠していて恐ろしい。

そう、例えるならば・・・。


「貞子みたい」

「質問の答えになってないよ」


溜め息を吐くルイが髪を搔き揚げると、呆れたような声とは裏腹に無表情な顔が

現れた。


「メル兄はマイペースだよね」


じっとりと睨みつけてくる弟を見て、乱れていた心音がゆったりと落ち着いて

いく。

そして、背中に感じる体温に意識を向けると、悪夢を見たせいで変に力の入って

いた体からすぅっと力が抜けた。

大丈夫、大丈夫。

ルイはここにいる。

だってこんなに温かい。

夢なんかじゃないんだ。

ホッと息を吐いて、背後の温もりに体を預けると、自分の愚かさと弟からの

言葉に何故だか安心してしまって苦笑が漏れた。


「ごめん。本当に貞子っぽかったから」

「ハァ。まぁ、俺の髪長いしね」

「そうだね。切ったら?」


自分とは正反対の色をしている弟の髪に自身の指を絡ませるが、スルッと滑り落

ちていく黒。

それをまた一房拾いくるくると指に巻きつけるという行為を何度も何度も繰り返しおこなっていると、再び携帯の着信音が静寂を切り裂いた。

あぁ、またか。

先程の相手であろう事はもう分かっているので、無視を決め込みルイの髪を弄っていると、そうこうしている間に着信音が止まった。


「出なくて良かったの?」

「あぁ、いいんだ『ピピピピッ』・・・・ハァ」

「しつこいね。変わりに俺が出てあげるよ」

「あっ」


スッと携帯を奪われ、メルは少し焦りながらルイの手から携帯を奪い返そうと

するが、時すでに遅し。

悲しくも「どちら様ですか」というルイの声が耳に届く。

それに小さく肩を落とし、弟の様子を見守る。

・・・どうかこの嫌な予感が外れますように。

神ではない何かに祈りを捧げてみるが、やはり世の中はそう甘くないはらしい。

携帯電話から男のネットリとした声が、耳に届いた。


『君こそ誰だい?メル、浮気はダメじゃあないか』


何とも気持ちの悪いことを言っている電話の相手。

どこかで聞いた声。

出来ればもう聞きたくはなかった。

忘れたかった。

でも、忘れるには少々第一印象が凄まじかった。


「あぁ...」


と表情筋を動かして、げんなりしてみる。

対していつもの無表情と変わっていないだろうが、これは気持ちの問題だ。

いくら感情が乏しい私でも、嫌だと思う事はある。

なんだ、浮気って。

前世が女だったから、彼女が欲しいなんて思った事ないよ。

しかも今は男だ。

殺し屋一家の長男だ。

そして電話の相手も男だ。

お前は同性愛者なのか?

そうなのか?

私は断じて違うぞ。

なんて、少し自分の脳内で遊んでいると、隣から発せられる禍々しい殺気。


「ルイ?」

『おや、その声はメルじゃないか。酷いよ、恋人からの連絡をほったらかしに

 するなんて。しかも仕舞しまいには浮気だなんて』

「おい、オクト。お前は少し黙ってなよ」


ルイの殺気がだんだんとおどろおどろしくなってきている。

このままだと、色々まずい。


「・・・・・メル兄?コイツ、ダレ??」

「誰、と言われても」


なんて説明すればいいのか分からない。

頭を悩ませる。

その間にできた沈黙。

ルイはそれを誤解したのだろう。

いつも無表情な弟が、首を傾げているせいで片方の目が隠れ、これでもかという程に目を見開いている。

ある意味、貞子より怖い。

これまでの人生でこんなにホラー映画より恐ろしいモノを現実で見たことが

あっただろうか。いや、ない。


「落ち着いてルイ。何に怒ってるか分からないけどそいつの言うことは信じちゃ

 ダメだ。十割がた嘘だから」


人間は嘘をつく生き物だって言われているが、オクトはその比じゃない。

言っていること全てが嘘だ。それに・・・。


『酷いなぁ。僕と君はあんな事やこんな事をした中じゃないか』


クックックッと笑い、恍惚の表情を浮かべているであろう電話越しの相手に、

悪寒が走る。

そしてそれと同時に全身から血の気が引いてしまったかのように冷える体に、

私は思わず身を震わせる。

しかしオクトは私が何も口に出さない事を、好機に思ったのか低く甘い声で囁いてくる。


『あぁ、五日前のあの日は素晴らしかったよ。凄く激しいし、僕、途中で気絶し

 ちゃうかと思った』


あぁ、思い出しただけで身体が・・・はぁ、と熱い息を吐くオクトに私は、ぴしっと動きを止めるが、彼の言葉はまだまだ続く。


『君は僕のことを冷たく人を殺せそうなくらい鋭い目で見つめてくるから、その

 目を見た瞬間、僕は急に体が動かなくなっちゃったんだよね』

「...」


無言。

私も、ルイも。

何もしゃべることが出来ない。

ただ、オクトが『放置プレイかい?あぁ、良いッ』と言っているのが何故か遠く

に聞こえる。

でも、オクトの言葉は止まらない。

どちらかと言うと、無視されたことに興奮したのか更に熱が篭っていく声。


『その間に君は僕を壁に押し付けて「覚悟しろよ」って耳元で甘美に囁くから

 僕は腰が砕けちゃうかと思ったよ。それに加え、僕の体のラインに沿って君の

 手がどんどん下に滑っていって...その間にも僕に耳に息を吹きかけてきて。 しかも最後には指一本も動かなくなる位、僕を激しく攻めてくるものだから

 僕そのあと、気絶しちゃって。あぁ、でも途中で気絶しなくて良かった』


上機嫌に語るオクト。

だが、それに対しルイは呆然としていたかと思うと、急激に不機嫌になって

いく。

ビシビシと部屋の壁に亀裂が入って、もう部屋は崩壊寸前だ。

しかし、そんな事はお構いなしに言葉は紡がれる。


『・・・だけど、朝起きたら君が隣にいなかったから少し寂しかったよ。本当に

 君は、ヤルだけやって帰っちゃうんだね・・・酷いお・と・こ』


でも、そこがまた良いんだけどね・・・と妖艶に、しかしどこか儚げに呟く

オクト。

そんな彼にルイは同情したのか優しげな瞳で携帯を見つめている。


「お前、オクトだっけ。・・・分かるよ、お前の気持ち。メル兄って期待させる

 だけさせておいて、どん底に突き落とすもんね。本当、天然たらしだって早く

 気付けばいいのに」

『おや、君とは意見が合いそうだね。名前を聞いても良いかい?』

「ルイだよ。ルイ・ソフィリア」

『へぇ、じゃあ君はメルの弟でいいのかな?』

「うん、そうだよ」

『君も苦労しているんだね』

「オクトだって、苦労してるね」

「『似た者同士ってことか』」


お互い頑張ろうね、と意気投合しているルイとオクトに対し、ようやく硬直状態

から戻る私の体。

恐らく今、人生で一番冷たい表情をしていることだろう。


「オクト、貴方の説明はどうしてそんなにも誤解させやすいような説明なんです

 か。そのまま解釈すれば、私が貴方に壁ドンして交わったみたいに聞こえるん

 ですが。しかも、私が多数の人間と関係を持っているかの様な口ぶりですね」

『だってそうなんだろ?君は僕一人じゃ満足できなくて・・・。ごめんね、やっ

 ぱり僕が、悪いんだよね。君を繋ぎ止められるほどの魅力が、僕にはない

 から...』


か細く切なげな声は、聞いている者の心をじわりじわりと締め付けていく。




 純情、一途、悲哀




同性という壁に立ち向かいながらも、私に真っ直ぐな恋情を向けるオクト。

なんて、哀れなんだろうか。なんて、切ないのだろうか。

第三者からすればそう思うだろう。

私を罵る者もいるかもしれない。

だからルイが私に向かって非難の言葉を口にする前に、私は声を出す。


「私は貴方を壁に押さえつけたのは貴方が急に襲いかかってきたからでしょう」


呆れてものも言えないとはこの事だ。

誤解されたくないので、ちゃんと言うが。


 見てみろ。

ルイがポカーンと口を開いたまま硬直してしまった。

だが、そんなことは後回しだ。

ルイの手から携帯を奪いとり、耳に当てる。


「それに体を触ったのは貴方に名前を聞いたらポケットに名刺があるって言った

 からそれを探すために止むを得ず、ですよ。だって貴方から手を離したら大変

 なことになりそうでしたので。あと激しく攻められてって戦闘のことでしょ

 う? 結局貴方は訳の分からない能力で、私の拘束から逃げたと思ったら斬り

 かかって きたんですから・・・正当防衛ですよ。やり返して当然です。

 逆に出血多量で死なないように増血剤を飲ませ傷の手当をし、貴方が目覚める

 少し前まで貴方が敵に襲われないように見張ってたのは私なんですから、感謝 はされても非難される筋合いはありません」


と仕事の時に使う口調でスラスラ説明していく私は、ノンブレスで全てを言い

切った。

それ程までに誤解されたくなかった。

あとで面倒事になる恐れもあったため、今までにないくらい必死になったと

思う。

そしてはたと、ある疑問が思い浮かぶ。


「・・・貴方に携帯の番号、教えましたっけ?」

『うん、五日前に教えてくれたじゃないか』

「・・・・・・・・・・・・教えた記憶、ないんですが」

『名刺、くれたでしょ?』

「私、名刺なんて持っていませんが・・・」

『・・・・・・・・えへっ』


バレちゃった?と悪気のなさそうなオクトに、嫌気がさしてくる。

どうせ情報屋にでも調べさせたんだろう。

とすれば、新しい携帯を買わなくては。

いや、待て。

もしも、新しい携帯を買っても調べられてしまえば意味がないのでは。

そう思いいたって、頭を悩ませる。

さて、どうするか。

答えは一つしかないのだが、出来れば実行したくない。

何故か、と理由を聞かれれば「面倒臭い」の一言に尽きるのだが、やるしかないだろう。

そうでないと後々、今より嫌な目に合いそうな予感がする。

それじゃあ、もうやる事は決まった。

自分で携帯電話に細工して、もしコイツから電話が来たら仕事用の携帯に連絡が

行くようにしよう。

プライベートの携帯でコイツの声は聞きたくないし、何しろ一番の理由は面倒臭いから...。

そうと決まれば、早速やってしまおう。

あぁ、でもその前に。

この携帯に入っている大事なデータは消去して、契約を破棄しないままどこかに捨てに行こうか。

充電しないでロックさえかけておけばそのうち誰かが処分するだろうし、新しい携帯電話が

出来るまでの時間稼ぎにもなる。

うん、我ながらいい案だ。

よし、この作戦でいこう。

だがまずは、コイツが何のために連絡してきたのかを聞き出さなければ。


「それで何か用でしょうか」

『今夜食事でも、と思って』

「申し訳ありません。今、腹痛が襲ってきたので無理です」

『そこまで僕と食事に行きたくないのかい?』

「えぇ、当たり前でしょう?たかが一度しか会っていない変態に食事に誘われて

 も、嬉しくないです。それに貴方、容姿端麗なんですからもう少し頭の方を

 どうにかしたら如何でしょう?せっかくのイケメンがただのかなり残念な人間

 になってますよ」

められているのかけなされているのか、わからないよ』

「貶しているに決まっているでしょう?何故私が貴方如きを称賛しなくてはなら

 ないのですか。ふざけるのも顔だけにして下さい」

『...酷いな』

「それで、結局なんで連絡してきたんですか?」


疲労に染まった声で尋ねるとぼそぼそと何かを呟く彼。


『・・・・・・・だもん』

「何を言っているのか、聞こえません」

イライラしながら先を促すと『だって、メルの悲しそうな声が聞こえた気がし

たんだもん』と小さな声で話すオクトに、メルの胸がドクリといやな音を立てる。

もしかして、あの夢のことを言っているのだろうか。

いや、そんな筈はない。

この事は、誰にも話していない。

父さんにも、母さんにも。

家族の中で一番可愛がっているルイにも・・・。

 

 こちらの世界で14年間も生きてきたというのに、まだ誰にも言えていない私の

過去。

思い出したくもない記憶。

私はもう、あちらでは死んでいてこっちに転生してきたんだ、と理解している筈なのに、

それでも頭の片隅では全てが幻だったか、もしくは夢でも見ていたのではないかと密かに思い悩んでしまう。

 

 そんなわけないのに。

どうしても捨てきれない甘さ。

こちらの世界ではそれが仇となる。

もう私はアチラの世界から弾き出されたのだから、アチラの事なんて忘れてしまえばいいのに。

さして大事な思い出があったわけでも、大切な人がいたわけでもないのに。

そんな世界のことを何故忘れようとしないのだろう。

 母の顔が、父の手が、妹の背が・・・。

忘れるな、忘れるなと言っているかの様に夢の中に浮かんでは消えを繰り返す。

その度にふぅっと浮かび上がる疑問。


永遠に終わることのない現で生きるのと、永遠に覚めることのない夢の中で生きるの。

どちらが『人間』にとって幸せなのだろうか、と。

私は、どちらも幸せでどちらも不幸だと思う。

永遠というのは存在しない。いつかは儚く消えていくものだ。

永遠に夢の中で生きるというのは自分が思い描いたものを見続けることができ、

その逆で自分が望まない過去の恐怖を見続けなければならない時もある。

そして永遠の現で生きるということは夢のように消え去ることはないが、夢を

見たくても現しか見てはいけない。

どちらにも幸せなことがあって、どちらにも不幸なことがある。

いや、もしかするとどちらとも不幸なのかもしれないな。

現に溺れ、夢に縋り、現と夢の境が分からなくなる。

夢だと思っていたものが本当は現で、現だと思い込んでいたものは夢だった。

それに気付くのはパリンッというガラスが割れる様な音が、頭の中に響いてからだ。

そして、これは幻だったと気付かされる。

なんて惨めで愚かなんだろう。人間という生き物は・・・。

夢と現、どちらもなければ生きられない哀れな存在。

だが、それでいいのかもしれない。

そうでなければいつかは疲れてしまうから・・・。

現が良ければそちらに、夢が良ければそちらに行けば良い。

誰も咎めはしないのだから。

自分の望むままに貪欲に、そして醜悪に・・・。

己が欲するままに生きれば良い。

誰に罵られようが、誰に蔑まれようが。気にせず生き続ければ良い。

何故なら、人間誰しも時には逃げ、時には立ち向かい夢現を歩んでいくのだから。

咎められやしないのだ。


 

 じゃあ、怖い夢とそうでない夢、『人間』はどちらを望む?

私の場合、怖い夢とは今生きているこちらの世界のことが全て幻だったという

こと。

あちらの世界で私はまだ生きていて、妹に嫉まれ両親に期待されている生活を

続けることだ。

そしてそうでない夢とは、こちらの世界のことは全て現で夢のように消えず、

あちらの世界で私は死んだというものだ。

私にとってあちらの世界は暮らしにくい。

こちらはあちらの世界よりのびのびと生きていける。

何故なら、私が『人間』と認めた家族たちが私を認めてくれているから。

だから、だから・・・―――――――


『める、メル!』

「あっあぁ、どうしましたオクト」

『大丈夫?』

「えぇ、大丈夫です。何の話をしていましたっけ」

『メルが・・・いやなんでもない』

「そう、ですか」

きっと何か感じ取ったんだろう。

私が話の続きをしたくないと思っている、と。

だからオクトはそれを理解し、やめた。

確かに、この話しはもうしたくない。

特に、家族の前では・・・。

チラリとルイを一瞥し、部屋の隅に移る。

「オクト、先程の話・・・聞き入れましょう」

『先程の話?』

「えぇ、今夜食事に行こうと言っていたでしょう?貴方が店を探すなら了承

 します」

『えっ、ちょっと!』

「私は寝るので、時間と場所はメールしておいて下さい。それではお休みなさ

 い」

ブチッと一方的に電話をきる。

今は朝の二時少し前。些か眠るには遅い時間だが、仕方ない。

どうせ、今日は何もないはずなので三時くらいまで寝ていても問題ないだろう。

オクトのメールは起きてから見るとしようか。

「ルイ、寝なおしますよ」

そう言って、布団の中に潜り込む。

隣で何か言いたげなルイが視線をよこしてくるが、軽く無視をして無理やり布団

の中に引きずり込む。

それでもなお、チクチクとルイの視線が刺さってくる。

私はそれに気づいているが、わざと気付かないふりをして少し強い力でルイを抱きしめると、

静かに目を瞑り、深い深い闇の中にゆったりと身を委ねた。 





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