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愛を教えて。  作者: 寿音
7/11

トモダチと謎と。(1)

もう関わることはないと思っていた。

関わりあうこと自体面倒だと思っていた相手。

“桐生響”がそこにいた。

手にはなにやら、おおきなビニール袋をさげて、ヘアスタイルは前と全く変わらず、愛らしく前髪をゴムで結んでいる。

今日のゴムの色は緑色。

「綾音ちゃん?」

馬鹿みたいに笑って、もう一度私の名を呼ぶ。

糸井エリナは、目の前のラフな格好をしたイケメンと私を交互に見つめる。

まだ、状況を理解しきれてないらしい。

勝手に勘違いしてくれれば、幸いだけれど、後が怖い。

でも、今目の前にある居場所や宝物を失うことよりも、数倍楽だ。

「ねぇ、白石さん。この方は?」

いきなり、糸井エリナは髪の毛を整えたり、スカートのすそをはたいたりしながら、私にしおらしく聞いてきた。

私と桐生響の関係を疑うより、自分と彼の距離を深めたいらしい。

私の予想は、まったく当たらなかった。

「えっと…」

桐生響ということ、性別は男だということ、カレーを作ることができること、それ以外は知らない。

私はうつむいて、考える。どう説明すれば自然だろう。兄…なわけないし。

彼氏と答えても、現在フリーの糸井エリナの余計な怒りを買うだけ。

どうしよう。

「君、綾音ちゃんのともだち?」

「はっはい!糸井エリナと申します」

桐生響は、彼女に近づきながら、そう問う。

糸井エリナは彼に笑顔でこたえる。

ふと、顔をあげると一瞬だけ桐生響と目があった。

あったような気がした。

えっ……?

一瞬だった。

桐生響は、糸井エリナを胸倉を激しくつかむと、地面に突き放した。

ドサっと音を立てて、彼女の体は地面にたたきつけられる。

尻もちをついた彼女は、自分の身に何が起こったのかまだできない様子で、不思議な顔をして桐生響を見つめた。


「嘘言ってんじゃねぇ。何がともだちだ」

糸井エリナは口をパクパクさせて、倒された状態から、桐生響を見上げる。

私も糸井ほどではないけれど、いつものへらへらした表情とは違った彼の顔に唖然としていた。

「綾音ちゃん、こいつほんとに友達?」

そのままの表情で、桐生響は私に問う。

私は発作的に顔を横に振り、倒れたままで茫然自失している彼女に目をやった。

前、彼と会った時のように、彼の問いを安易にあしらうことはできなかった。

彼の声と表情が、その時とは全く違っていたから。

どっちが本当の彼なのだろう。

まぁ、それを知ったとして、私の彼に対する気持ちに変わりはないけれど。

しばしの沈黙。桐生響は、じっと私を見つめたまま静止している。

本当に彼は意味がわからない。


「……なに、これ」

糸井エリナがやっと言葉を発して、沈黙は終わりを告げる。

尻もちをついた拍子に、両手を地面についてしまったようで、糸井エリナの手のひらには小粒の石が付着していた。

それを払いながら、「なんで、あたしが…なんで…」とブツブツつぶやいている。

とりあえず、地面に座ったままの彼女をそのままにしているのは良くない。

通りかかった人が変な噂を広めて、ここに住めなくなるかもしれない。

私は、彼女の腕を掴んで立たせようとした。

「キャッ…なにすんのよ!触んないでよ!」

思いっきり睨みつけてくる。

耳元でキンキン叫ばれて、私の鼓膜が悲鳴を上げている。

「とりあえず、立ってください。目立ちますから」

「いいじゃない!目立ってやろうじゃないの!私、この人に暴力を振るわれたのよ!警察に突き出してやるんだから!」

桐生響を全力で指さしながら、彼女は怒る。指を差された彼は、特に動揺することもなく平然としていた。

糸井エリナの腕をつかんでいた私の手が緩む。

彼の表情はもとの、柔らかい気持ち悪いくらいに綺麗な笑顔に変わっていたから。

怒りわめいていた彼女も、その笑顔に圧倒されて、押し黙ってしまった。

一体彼はどういうつもりだろう。

考えても無駄だ。私は意外と学習能力がないらしい。

「警察呼びたいなら呼べばいいよ。君の好きにしたらいい」

笑顔のまま彼は続ける。

「でもさ、糸井なんていったっけ……まぁ君さ、あんま世の中舐めてっと痛い目みるからさ。そこんとこ覚えといて」

なんだろう。この言い方に、この笑顔。

さっきの少し荒っぽい声と表情の時よりも、なぜか、怖く感じた。

それは私が受けるべき恐怖ではないから、私が感じる恐怖感は、少しだけれど。糸井エリナからすれば、私の感じている数倍の恐怖感があるに違いない。

彼女は、地面に投げ出された鞄を抱きしめるように持つと、私と彼に目もくれずに走り去って行った。

明日、私学校休もうかな。

彼は、“しかえし”の存在を知らないのだろうか。まぁ、男だからそういうことには疎いに決まっている。

明日のことを憂いでため息を一つ吐くと、彼はまた意味不明な言葉をつぶやいた。

「俺んち来る?」


「俺ん…ち…?」

「そ、俺の家」

そう言って桐生響は、マンションの中に入っていく。鼻歌を歌いながら。

何の違和感も感じさせない彼の所作に、危うく騙されるところだった。

このマンションは、私が所有する私しか住人のいないはずのマンション。

手慣れた手つきで、オートロックを解除して、ずんずんと先に進む彼は、ここに居るのがさも当然かのようにしている。

この前が、“初めて”ではないのが分かった。

彼は私のマンションに住んでいる。きっと。でも、どうして?

セキュリティもちゃんとしているし、警備会社と契約もしているので不備はないはず。

マンションのエントランスで悠然とエレベーターがくるのを待つ彼を不審気に見つめていると、彼は、私の視線に気づいたのか、こちらを見てニコッと笑って「ちゃんと許可はとってあるから大丈夫だよ」と言った。


“許可はとってある…?”

どういうことだろう。

私が許可する訳はないし、今後許可するつもりもない。

「一体どういうこと?」と聞こうとしたところで、エレベーターが来た。

彼は「早くおいで」と半ば強引に私の腕を掴んでエレベーターに乗せる。

怪訝な顔で響の顔を見ると、彼はいつものようにニコニコ笑っていた。

つかめない。

ほんと、つかめない男。

「俺んちはね、7階、707号室。ラッキーセブンいいでしょ」

そう楽しそうに話しながら、7階のボタンを押す。

「この前はごめんね。自分の家に帰ったつもりが、あやねちゃんのところに帰っちゃって。あ、カレー食べた?なくなったんならまた作りにいくよ」

「302号…」

以前、彼は私の部屋から出ていくとき、302号室にいるからと言っていたのを思い出した。

「あぁ、302号室は飽きちゃったから、引っ越したんだ」

飽きた?どの部屋も間取りは同じなはずなのに。

景色のことを言っているのだろうか。

「綾音ちゃん気付かなかった?ドアの前にちゃんと≪707号室に引っ越しました≫って張り紙してたんだけどな」

「あなたの部屋になんか行ってない」

「あーやーねーちゃん!“響”だよ、“あなた”じゃなくて」

「うるさい」

私の日常で、ここまで他人としゃべったことなんてない。

…本当にこの男は、どこまでも自由な人間なんだろう。

「ったくぅ、響って呼んで。一生のお願い」

子犬のような目でこちらを見てくる。

顔をそらせても、視線が刺さって痛い。


「………ひ…びき」

「ありがと綾音ちゃん」

なんで名前を呼んでしまったんだろう。

呼ぶつもりなんてなかったのに、この男といると本当に調子が狂う。

流れに流され、いつの間にか私は、707号室の扉の内側、つまり桐生響の家の中にいた。

「どうぞどうぞ~あがってあがって~」

仕方なく言われるがままに、彼の後をついていく。

そういえば、初めてかもしれない男の人の部屋に入ったのは。

なぜだろう。 不思議と帰りたいと強く願えない。どうして?

なんか私おかしい。変。

「ここが俺のリビングでーす」

「ここ?」

そこには大型テレビと黒のソファ、黒のシックなテーブルのみが置いてあり、殺風景だった。

彼の見た目からして、もっとごちゃごちゃしていると思っていたんだけれど。

「さ、ソファ座ってて~お茶出すよ。あ、テレビつけていいよ」

……はぁ。

彼のペースからなかなか抜け出せない自分に腹が立つ。

キッチンのほうから鼻歌が聞こえてくる。何がそんなに楽しいの?

「はい、どうぞ」


ガラス張りのテーブルの上に、可愛いカップがコツンと置かれる。

カップからは、ふわりとリンゴのような香りがした。

「…カモミール」

そう小さく呟く。

「そうだよ。いくらか気持ちが落ち着くだろうって思って。あ、コーヒーかお茶がよかった? 」

となりに座ってニコニコと笑顔を振りまく彼には返事をしないでおく。

余計に疲れそう。

私はゆっくりとカップを手に取り、香りを少し楽しんだのち、一口口にふくむ。ちょうどよく温かくて、冷めきった心にじんわりと浸透していくそれは、不覚にも私の涙腺を少し緩めたのだった。

ずっと私を見つめていた彼が、心配そうにこちらを見つめている。

何か言いたいけど、言う言葉も思いつかないので、無視を決め込んでいると、彼が何かに気づいたようで、やんわりと微笑んだ。


「泣くほどおいしかった?」



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