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愛を教えて。  作者: 寿音
6/11

腕時計と不安と。

キーンコーン……

放課後を告げるチャイムが鳴る。

担任の教師は、諸連絡を早々と終わらせると、委員長にHRの終わりを促した。

「起立、礼、さようなら」

委員長の号令が終わると、部活生は勢いよくクラスを飛び出し、各々の部室に向かう。

私は、カバンに教科書や、筆箱をしまいはじめた。

今日の昼休みに、友人たちは何も言ってなかったので、今日は普通に帰れる。

そうだ、今日は時計を買いに行くのだった。

クラスには、ほんの数人の生徒と、糸井含む友人たち。

彼女たちより先に帰るのはどうだろう。

きっと呼び止められるに違いない。

そうして、得られるはずだった静かな放課後を失いかねない。

どうするか。

悶々と考えていると、机の上に鏡や化粧道具を広げていた友人たちが席を立ち始めた。

「エリナ~ごめんね!今日私、彼氏とデートなの!」

「いいよ。埋め合わせに期待してるから」

「わかった!任せて」

「エリナ、私も今日は親と食事の約束してて」

「私も、明日の放課後は遊べるけど、今日はちょっと…」

会話を聞いていると、今日は糸井エリナ以外、用事があるらしく一緒に帰れないようだ。

いちいち、糸井エリナに許可をとる友人たち。

そう機嫌をとらなければならないような人間なのだろうか。糸井エリナは。

ぼーっと見つめていると、いつのまにか糸井以外の友人たちは教室からいなくなっていた。

糸井は携帯を開き、なにか操作している。他のクラスの友人に声をかけているようだ。一人で帰ればいいのに。あっ今なら、帰れるかも。

私は、こっそりとカバンを持ち、音をたてないように席を立つと、身長にドアまで歩いた。


「白石さんも用事あんの?」

ビクっと体が無意識に反応する。

「一緒に帰ろうよ。…ね?」

有無を言わせぬ言葉に、私はただうなずくしかできない。

せっかくの静かな放課後、そんなものはもう幻でしかない。

もう、捕まってしまったものはしょうがいない。

あきらめてしまおう。

校舎を出るまで、私も糸井エリナも口をきかない。

仮初めの友人。話が合うわけもない。

糸井は携帯を片手で弄りながら、巻き髪の先を手に巻きつけて、歩いている。

肩にかけたカバンには、大きめの缶バッチや、イニシャルのキーホルダー、ハートを抱きしめたクマの小さなぬいぐるみが装飾されている。

私はただぼーっとそのクマのぬいぐるみを眺めた。

「白石さん、のどかわいた」

突然、糸井が話しかけてきたと思ったら、飲み物の催促だった。

少し歩いたところに、自動販売機を見つけた。

「あそこの自販機で買ってきます。なにがいいですか?」

「は?あたしに自販機のジュース飲めっての?」

え?

「あんた、白石財閥のご令嬢でしょ?あ、そっかぁ、庶民のうちらには、自販機のジュース程度がお似合いって言ってんだ」

「ちがいます!」

自販機のジュースが癇に障ったらしい。

世間がイメージするお嬢様像にピッタリなのは、糸井エリナの方だ。

「なにが飲みたいですか?」

「白石さんの家で、紅茶が飲みたい。最高級の紅茶!」

私の家?いままで、家に行きたいとだだをこねられたことはあったけれど、その都度、うまく流してきた。

しかし、今日は、そうはいきそうもない。

それに、私の家にまでこられたら、彼女なら、マンションで暮らしたいと言い兼ねない。

断ろうにも、今までのように、流れで受け流すことは、できそうにもないし。本当に困った。

「ほら、白石さんの家ってこの近くでしょ?ここら辺、高級マンションいっぱいあるじゃん」

糸井エリナは、私の腕をぐいっとつかむと、私のマンションがある方向に歩き始めた。ぜったいに、マンションに彼女をあげたくない。

ぐいぐいと、私の手をひっぱりながら、前に進む糸井エリナ。

私も馬鹿で、連れて行きたくなんかないのに、彼女の

「こっちであってるよね?」

という言葉にただうなずくことしかできない。

ふと気がつくと、視界に、私のマンションがあった。

嘘…こんなに早く。

まぁ、紅茶の話のくだりから、走るように連れてこられていたから、早く自宅に着くとは予想していたけれど、心の準備がまだできていない。

「ねぇ、白石さん、もしかしてこのマンション?一番大きいし、白石財閥令嬢ならこのぐらいのマンションに住んでるよねっねっ?」

動揺して、自分のマンションを見つめたまま固まっていた。ほんと私バカ。

もう、どうにもできないらしい。

本当に、彼女を家に上げなければならないのか。

「ここ、白石さんの家なんでしょう?」

「…………」

答えることができない。

答えてしまえば、即家にあがりこんで、やりたい放題して、翌日また、大勢の“友人”を連れてくるんだろう。

私のテリトリーが侵されていく。

「なんで黙ってんのよ」

次第に、糸井エリナの方も、煮え切らない私の態度にいらつき始めたようだ。でも、返事はしたくない。かと言って、言い逃れはできそうにないし…。

カツン

金属と金属がぶつかる音が、手元から聞こえた。

「あっ」

私と彼女の声が重なる。

金属音は、糸井エリナの腕につけていたブレスレッドと、私の兄からもらった腕時計がぶつかった音だった。

ここまで腕を掴まれて走って連れてこられた時も、数回カチャンと音がしていたが、走っていたからそんな些細な音にはお互い気付かなかった。

“しまった”

冷や汗が額をつたう。

うつむいてる私の視界をかすめる、糸井エリナの顔が、少しだけいたずらに笑った気がした。

「じゃあさぁ…」

きた。

「私を家に上げて、紅茶を飲ませてくれるかぁ、この時計くれるかぁ、どっちがいい?」

この時計アンティーク調で、かわいいし、あたしはどっちでもいいよ。と付け足す。

のどが渇いたなんて口実なんてことは分かっていた。

時計がほしいのだって、私を困らせて優越感に浸りたいだけ。

昨日とられた時計は、べつに自分のために買った時計だったけれど、今回は違う。

大切の度合いが格段に違う。

家だって、あげたくない。

もうこれ以上、自分の領域を奪われたくない。

この二つしか、選ぶ道がないのなら、私はどちらを選べばいいんだろう。

時計。

家。

宝物。

居場所。

兄とのつながり。

一人の世界。

胸が苦しくなった。


「ねぇ、どっち?白石さん?」


「あれ?綾音ちゃん」

糸井エリナの声と同時に、私の名を呼ぶ声が聞こえた。


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