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愛を教えて。  作者: 寿音
5/11

嫌われ者と嫌うものと。

翌朝。

昨日はたくさん眠った気がするのに、あの男が帰った後、私はそのまま寝室で眠った。

最近は、なにもかもがどうでもよくて、眠気ばかりが増してきている。

あくびをしながら、ベットから降りる。

「そうだ…このベットに」

昨日たしか、私が家に帰ってきたとき、彼はここで眠っていた。

裸で。

だからすこし、違うにおいがするのか。

男物の香水の香りがする。

シーツ洗濯しなきゃな。

ぼーっと考えていると、今日も学校だったことに気づいた。

「ゆっくりしてる場合じゃない…な」


リビングに行くと、カレーの香り。

………夢じゃなかったんだ。本当のことだったんだ。この部屋に他人が来て、一緒にご飯食べたこと。

もしも、夢であったならって期待していた。

他人とかかわったことで、良いことなんて今まで一つもなかったから。

朝ごはんは、食べなくていいかな。

一瞬、鍋を見て、再び学校へ行く準備を始める。

制服に袖を通し、髪をささっと整えて、薄く化粧をする。

「あ、腕時計」

あぁ、昨日“友人”と遊んだ時に…。

時計がないと少し困る。

“友人”たちは時間にとても厳しい。

少しでも遅れたりしたら、本当に面倒くさいことになる。

仕方がない、今日だけ兄からもらった時計をつけるかな。

本当はつけたくないけど。

あれは、兄がいつも身につけていた時計。

兄が海外に行く時に、お守り代わりに私にくれた。

大切な…大切な時計。

これだけは、“友人”たちにとられないようにしないと。

マンションを出て、通いなれた道を歩く。

兄の腕時計を確認すると、時刻は「7時40分」。

早歩きで向かえば、始業時間には間に合いそう。…よかった。

“友人”たちは、始業時間ギリギリに教室に入ってくる。

彼女たちを出迎えるのが、私の最初の仕事。

彼女たちより遅れて学校に行ったときは散々だった。


“やっぱり、白石財閥のご令嬢ってなると、遅れてきても先生に怒られないからいいわね”

“お嬢様ってだけで、先生にひいきされて、マジ調子乗ってる”

クラス中の女子が口々に陰口をたたきだして、教科書を破られたり、トイレに閉じ込められたり。

小学校低学年レベルの嫌がらせを受けた。

そんな低レベルな嫌がらせは我慢できる、しかし長く続くと苦痛になった。


助けを求めるにも、先生に頼ったら彼女たちいわく“ひいき”とみなされる。

私は、しかたなく、“お金”で解決することにした。

それからというもの、彼女たちは私の財布を自分のもののように使い始め、私は所謂“パシリ”という存在に落ち着いた。

彼女たちの言うことを聞いておけば、なにも起こらないし、誰も傷つかない。

その代わり、私の財布から、彼女たちの毎日の昼食代が消えていく。

まぁ、私のお金であって、私が稼いだものではないから、いくら使われても、そう気にはしないけれど。


彼らの金銭感覚がおかしいようで、通帳には毎月100万近く養育費として振り込まれている。

「白石の名を持つものが野垂れ死にされては、恥」

と嫌っている私にお金を振り込むのは世間体らしい。よくわからない。


歩いて30分。

校門を早歩きで通り過ぎて、靴箱を目指す。

どうか、来ていませんように。

友人たちがまだ来ていなことを祈りながら、私は靴を脱いだ。

校舎内用のスリッパに履き替える。

「糸井・・・・よかった。来てない」

友人たちのリーダー格の靴箱をみると、まだスリッパが入ったまま。

彼女がいないということは、ほかの友人も来ていないということ。よかった。


「あれ、白石さん?どうしたの?」

突然真後ろから聞こえてきた声に、思わず私の体はビクついた。

振り返ってみると、隣のクラスの委員長、野川恭一郎(のがわきょういちろう)君の姿があった。


彼は、よく私が一人でいるときに、挨拶とか当たり障りのない話で声をかけてくる。

人一倍気を使っているような人間と、私は解釈していた。

彼は私に親しくしてくれるが、それはただの偽善のよう。苛められている私を心配している自分が好きなのだと思う。

“友人”たちといるときには声をかけてこないのがその証拠だ。

…まぁこの憶測が当たっていなかったら、野川君に申し訳ないが、入学してから今まで手を差し伸べてくれた人はいないから、そう考えたくもなる。


「顔真っ青だけど、体調でもわるいのかな」

「だいじょうぶ」

「本当に?」

「じゃ、俺、職員室に用事あるから。気分悪くなったら保健室ちゃんと行きなよ」

「うん」

彼は、笑顔で私に手を振ると、去って行った。

ふぅ、私も自分のクラスに行かなくては。


また今日がはじまってしまう。

昨日のことを考えると、気分がさらに落ち込んだ。

まぁ、もうあの男には会うことはないと思うし、考えないようにしよう。

教室に入ると、一瞬、クラスの空気が静かになった。

毎日、こんな感じだ。

よく、まぁいつも同じようなリアクションができるものだと感心する。

クラスにいる、友人以外の子たちは、私にはまったく干渉しないかわりに、間接的に私にかかわろうとする。

本当に、矛盾にしている。

気にもしていないけれど、あることないことを、陰で話すことのどこに面白味があるのだろう。

私自身をまったく知ろうともしないで、勝手な私の人物像を、私の近くで語らいあう。

私から見れば、その姿は滑稽としか言いようがないけれど。

…考えない。考えない。もう、不要なことは考えない。高校3年間、静かに穏やかに過ごす。それができればいい。

ツーンと、鼻に突き刺さるような香水のにおいとともに、ガヤガヤとうるさい団体がクラスのドアを乱暴に開けた。

「長瀬おはよー!」

「エリナおっはよ~!」

私の“友人”のご登校。

他クラスから遊びに来ていたらしい、長瀬という子に、あいさつをする糸井エリナ。

今日も相変わらずの厚化粧。

一通り、クラスのみんなに挨拶をし終えた、糸井たちの集団は、こちらに近づいてくる。

「おはよう、白石さん」

「おっはよ~」

「おはよう!!」

明るい声が、私を責めるように周りを取り囲む。…考えない。考えない。

糸井が、私の肩を力任せにつかむと、耳元で静かに笑った。

「昨日は時計ありがと!これ超かわいいじゃん!」

あなたにあげたつもりはない。

私は、兄からの時計に目をつけられないように、うまく手を隠した。

「今日のお昼は、中庭だから、あと昼飯Aランチ頼んどいて、あと食堂の場所取りもよろしく」

それだけ言うと、糸井は自分の席に歩いていく。彼女の取り巻きのような友人たちもそれに続いた。


私は、小さく安堵のため息を漏らした。

「また今日も、同じ一日が始まる」



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