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愛を教えて。  作者: 寿音
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不審者とカレーと。

頭がいたい。吐き気がする。真っ暗な闇の中で体育座りする私。

立ち上がってはみるけれど、進む方向が分からなくて一歩も動けない。

導いてくれる人もいない。

だんだん、自分が闇の中に沈んでいくのがわかる。

足が、腕が、口が、頭が…真っ黒な地面に深く沈んでいく。

“あぁ、私やっと消えれる”

“やっと解放される…”

「…ねちゃん!」

「あ…ちゃ…」

だれ?

誰かが私を呼んでる。

「…やね…ゃん!!」

うるさい。

「…やねちゃん!」

うるさい。

「あやねちゃん!!!」

私を呼ばないで。みんな期待させて、裏切るの。もうそんなのいらないの。私はずっとこのままでいいの。傷つきたくないのっ!!

「あやね」

鼻をつくカレーの薫り。

まぶたをゆっくり開けると、必死な顔をした「桐生響」がいた。

「……おはよう綾音ちゃん」

「まだいたの…」

体を起こすと汗をいっぱいかいていて、服が少し湿っていた。

うなされてたのか…私。

「まだいたの?じゃないよ。あやねちゃん倒れちゃうから焦った」

「…そう」

「でも眠ってるだけみたいだったから安心した。カレー食べよう!俺おなかすいちゃったよ」

年上のくせに、子どもみたい。

人懐っこく笑うこの男は、きっと孤独をしらないんだろう。

暗闇なんてしらないんだろう。

私は無言で立ち上がると、浴室へ向かった。汗がきもちわるい。

「どこいくのー?」

私のあとをついてくる桐生響。

「カレー食べてさっさと帰れば?」

「1人で食べるの寂しいでしょ」

本当にこの男はなんなの?

寂しいなら友達と食べればいいじゃない。なんで私の家なの。

そもそも勝手に鍵を開けて入ってくるなんて…。

警察に突き出されても文句はいえないのよ。

徐々に眉間にシワがよっていく。

そうよ。もうこの際、警察に電話すれば…。

さきほどの躊躇いがウソだったかのように、屈託のない笑顔で付きまとうことの男を早く追い払いたいと思っている自分がいる。

携帯を取ろうと鞄の方へ向きなおろうとすると、心地いいまでに優しい声が降ってきた。


「あやねちゃんが寂しいでしょ」


私の…ため…?


馬鹿みたい。私のためなんて。

こんなどこの誰だか分らない男信用できない。

汗で湿った胸元の服を握りしめて私は浴室へ歩みを進めた。

「あやねちゃん、食べよ?」

「……シャワー…汗かいたから…」

「うん。じゃあ待ってるね」

振り向かなくても分かる。


桐生響はきっと笑ってる。

はぁ…とため息をつくと、脱衣所へ入った。

服を脱ぎながら思う。

いったいあの男は何しに来たんだろう。

私の寝室で眠って、勝手にキッチンで料理してカレー作って、私と一緒にそれを食べようとする。

まったくもって行動の意味が理解できない。

浴室に入ると、ほのかにシャンプーの香りがした。

床も水滴が落ちている。

あの男、勝手に風呂まで入ったらしい。つくづく分からない。

シャワーのレバーをキュっと回して、すこしぬるめのお湯を浴びる。

私は目を閉じて、温水が汗を流していく心地よさに身をゆだねた。

キュキュッとレバーを戻し、脱衣所からバスタオルを取ると、体を拭く。

さっぱりとしたけれど、心の中まですっきりはしない。

部屋着をしまっている引出しをあけて、Tシャツと短パンを身に付けた。

……べつに、あの男のためにおしゃれする意味などない。

しかし、安易だっただろうか。

男がいるのにもかかわらず、シャワーを浴びてしまった自分の無防備さに今更ながらに気付く。

しかし、彼はなんとなくそういう目的ではないと、不確かだけれど思ってしまった。


早く追い出して、今までの生活に戻らないと。

カレーを食べたら出て行ってもらおう。

言うことを聞かなかったら警察に電話すればいい。

変質者がいますって。そうよ。それでいい。

脱衣所をでると、すぐにあのカレーのにおいがした。

「あやねちゃん。夕食の準備できてるから席について」

勝手に人の食器棚をあさってカレーをお皿に盛っている。

コップもスプーンもテーブルに綺麗に並べてあった。

「ほら座って?」

桐生響は、テーブルに座って向かいの席に私が座るのを待っている。

「これ食べたら、出ていって」

「えー。ずっと居ちゃだめかな」

「ダメ」

「…うーん。分かった。これ食べたら出てく」

目の前のカレーに視線を移すと、これでもかというぐらいに大盛りになっているご飯に驚いた。

全部食べきれない。こんなに…。

「じゃあ、いただきまーっす」

桐生響は、合掌するとカレーをおいしそうに食べ始めた。

「ごちそうさまでした」


カレーを食べ始めた時と同様に、合掌する桐生響。

「さ、出てって」

「嫌だ、ヤダヤダヤダー」

おもちゃを買ってもらえないような子供のようにごねる彼を、一瞥すると、ため息が自然とでた。いい加減にしてほしい。

もう一度彼に視線を向けると、子犬のような目でこちらを見ていた。

私より年上のくせに。

まぁ、一歳しか変わらないけど。

カレーを食べたら出て行くって約束はいったいどこにいったんだろう。

「もういい」

こういう意味不明な人間と関わりあうのは、もううんざり。

ちょっと面倒くさいけれど、あの人に電話して、新しい家を用意してもらおう。

「ここは、もうあなたの好きに使って構わない」

「え?」

「あなたが出ていかないなら、私が出ていく」

通帳と、印鑑どこにしまってたかな。

あとは、少しの着替えと制服があれば生活はできるわね。

今日は、どこかのホテルでも泊まろう。

そう考えて自室に向かおうとすると、

「あやねちゃん。俺が出てくから」

と、意外な声が背後から聞こえた。

「カレー多めに作ってたから、あと3日分はもつと思う。食べてよ」

そう言って、あっさり私の横を通り過ぎて玄関へ向かう桐生響。

本当に意味がわからない。

あれだけ、ごねていたのに、私が出て行こうとすると、今度は自分が出ていくと言い出す。あまのじゃく…。

「じゃ、俺302号室にいるから。会いたいときは来てよ。んじゃ」

あまのじゃくな男は、そう言うと、玄関を開けて出て行った。


閑散とした部屋に残るのは、茫然とした私と、カレーの香り。


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