表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を教えて。  作者: 寿音
3/11

変質者とめまいと。

ぐつぐつぐつ…

コトコトコト…

ある料理の特有の香りと、聞こえてくる妙な音。

伏せていた顔を上げて、まだぼーっとする目をこすり前を向く。

キッチンに人影がある。

一体誰だろう。

立ち上がろうと体を起こすと、パサッと何かが落ちる音が背後から聞こえた。

立ち上がり足元を見ると、ブランケットがある。

私、掛けて寝たんだっけ?

寝起きでおぼつく足取りをキッチンの方へ向けた。

徐々に頭が冴えてくる。

そうだった。「変質者」がいるのだった。

さっきまで自分がいたリビングの隅を振り返ると学生服がある。

キッチンでガサゴソと何かをしている「変質者」。

いくらつまらない人生を送っているからと言って、まだ死にたくはない。

うしろに下がろうと、足を一歩さげると、不運なことに、フローリングの床がギシッと音を立てた。

まずい…。

キッチンで何かをしていた「変質者」が動きを止める。

後ろ姿は、Tシャツ姿。先ほど、床に散らばっていたものらしい。

身長は180cmほど、まず私の力では抵抗できるわけがない。

逃げようと思うが、金縛りのように体が硬直して動けない。

Tシャツ変質者は、ゆっくりとこちらを振り返った。

「あっ、起きたんだ。もうすぐカレーできるから待っててね」

カレー…。

そうだ。この鼻をつく辛そうでいて空腹を誘う香り。

カレーだけれど、振り向いた男は終始笑顔でこちらを見ている。

何の意図もつかめないその表情。

「あなた誰」

私自身が頭に思い描いていた「変質者」の容姿と目の前の男は全く違っていた。

ボサボサとした頭でメガネをかけ、ハァハァ言っている男のイメージとはかけ離れている。

目の前にいる男は、どちらかといえば、そういう男にたかるヤンキー。

白に近い金髪、前髪を赤いゴムで結んで妙な可愛さを演出している。

顔は…メガネはかけていなくて、眉が限りなく細いが、それ以外のパーツはいたって普通だ。

というより、世の女子たちならすぐにでも飛びつきそうな整った顔をしている。

そんな男が目の前にいる。


どうして。

どうして私の家でカレーを作っているのだろうか。

「おれ?…俺は桐生響(きりゅうひびき)だな」

名前だけをそう告げると、また桐生響はカレー作りに励み始めた。

ここは私の家で、私しかいないはずのマンションの一室。

今まで他人が足を踏み入れたことはない。

私だけが住み暮らすこの家が、一番落ち着く場所なのに…どうして桐生響と名乗る男が、さもそこにいることが自然だと言わんばかりにいるのだろう。

そもそもこのマンションのセキュリティーは万全のはず…。

「よし、できた」

思索に耽っていると、鼻歌まじりの男の声がした。

「できたって…あなた勝手になにしてるんですか」

明らかにムッとした声を出してしまった。

相手は「変質者」かもしれないのだ。いけないと思った瞬間、男は、手を振り上げた。

目をぎゅっと閉じる。

しかし男は人差し指を前に出して、「ちっちっちっ」と頭を振った。

「“あなた”じゃなくて“響”な」

暴力を振るわれなかったことに、安堵する。でも、先ほどの問いに対する答えがちぐはぐで、ますます意味が分からない。

「そうじゃなくて…」

「さんはい!リピート アフター ミー“ひびき”」

カタカナ発音の英語でそう言われても困る。

「なんだよぉ~ノリ悪いなぁ」

赤いゴムで結われた前髪がちょこんと揺れる。

すると今度は、何かを思いついた表情になり、私のそばに歩みよってきた。

あまりに早いその動作に私は後ずさることもできずに、体を固くする。

「君の名前は?」

名前なんて聞いてどうするのだろう。

これからずっとつきまとって、金をせびるのだろうか。

あの“友人”達のように。お金の切れ目が縁の切れ目。

昔の人は素晴らしいことわざを残したものだ。

私の場合、お金がなくならない限り、縁を切ることができないという解釈だけれど。

「ねぇ、名前は?」

ニコニコと屈託のない笑顔をこちらに向ける「桐生響」。

私は半ば投げやりな気持ちで、自分の名前を告げた。

白石綾音(しらいしあやね)

「あ・や・ねちゃんね!可愛い名前だね」

顔をくしゃくしゃにして笑う。

「歳は?何歳?俺は18!見た目より年くってるっしょ?周りからは結構童顔だって言われるんだけどさ。で、綾音ちゃんは何歳?」

マシンガンのように話す。

何がそんなに楽しいのかと思うぐらい「桐生響」は目を輝かせて私を見ている。

嫌だ。気分悪い。そんな輝いた笑顔…見ていたくない。頭が真っ白になる。

真っ暗な自分が憎らしくなる。

「あやねちゃん?どうした?」

「桐生響」が私の肩に触れようと手を伸ばす。

「ねぇ綾音ちゃ」

「触んないで!」

私の突然の大声に彼は手を退けた。

「いい加減にして、私の前から消えて」

私の体はぶるぶると震えて、自分の体を自分で抱きしめるようにしてしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

さっき手を払って怯んだと思ったのに、彼は私にまた手を伸ばす。

「出てってよ…ここは私の…唯一の…」

「桐生響」は何の躊躇いもなく、私の体を抱きしめる。

「居場所なん…だか…ら」

そして私は意識を手放した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ