ごく普通の逃亡劇
ー思っていたより、早かったか。
歩道脇の電柱に取り付けられたセンサーが反応したらしく、警報音が深夜の街に響き渡る。
片側4車線の道路の対岸には大量の警察官。銃を持っている者もいる。
せめてアレが何十メートルも届くような実弾でなければいい。
俺は左手でアリサの手を掴み、セーブしていたスピードを一気に上げて路地へ飛び込んだ。
路地脇に乱雑に積まれたガラスが割れる音に気づかれたらしく、足音が徐々に近づいてくる。
だが、路地など見向きもしないようなお偉方の警官などに追いつかれる気はさらさらない。
両腕を広げるのが精一杯の道を何度も曲がり、曲がって、つっ走る。
絶対に目がつけられなさそうなぼろぼろの廃屋を見つけると、窓を割ってアリサを家の中へ差し入れ、自分も転がり込む。
床に落ちた瞬間、俺は背中にガラスの細かな刺が刺さった痛みに跳ね上がった。
室内は電気など通っておらず、周りの雑多な建物に阻まれて月の光もない。
共犯者―アリサは疲れたように壁にもたれていた。
人生で今夜の10分の1も走ったことのないようなアリサには、逃亡劇はきつかったようだ。
たいした怪我ではないが、くるぶしの辺りには何かに引っかかったような擦り傷もある。
「なあアリサ、大丈夫か。こんなことやめたほうが……」「いやだ。やめるなんて無理なんだよ、秀斗。捕まったら殺されちゃうよ?」
私まだ秀斗に死んでほしくないよ、とアリサは俺の言葉を遮って、柔らかな笑顔をみせた。