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聖獣召喚の儀で『失格』になった私、実は最古の神獣に選ばれていました  作者: 月代


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第9話 エピローグ 銀色の未来

 目を覚ますと、見慣れない天井が見えた。

 白い天蓋。清潔なシーツ。花の香り。

 ——ここは、どこ?


「起きたか」


 ベッドの脇に、銀髪の青年が座っていた。

 金色の瞳が安堵の色を浮かべている。その目の下には、隠しきれない隈があった。


「アル……ここは?」


「王宮の医務室だ。お前が倒れてから三日経っている」


「三日!?」


 飛び起きようとして、全身に走る痛みに呻いた。


「動くな。魔力の枯渇は回復したが、体がまだ追いついていない」


「三日も……。アル、あなたずっとここにいたの?」


「当然だ。主が倒れているのに、従者がどこに行く」


 その言い方はいつも通りだったけれど、声がかすかに震えていることにノエルは気づいた。

 三日間、ずっと心配してくれていたのだ。千年を生きた神獣が、たった一人の人間の少女のために。


「……ごめんね、心配かけて」


「謝るな。お前は立派に戦った」


 アルの手がノエルの額に触れた。熱を測るように、そして——慈しむように。


「あの後のことを話しておく。ザインは王宮騎士団に拘束された。尋問の結果、宰相ダリウス・メルヴィンが闇帝復活を企てる秘密結社の首魁だったことが判明した。宰相は逃亡を図ったが、国境で捕縛されている」


「宰相が……そこまでの大事になってたんだ」


「千年前の闇帝の信奉者は、細々と続いていたらしい。宰相の地位を使い、長年かけて復活の準備を進めていた。合同演習の事故も、大闘祭への闇獣の潜入も、全て宰相の手引きだ」


 ノエルは天蓋を見上げた。

 自分が巻き込まれたのは偶然ではなく、神獣の契約者だからこそ狙われていた。


「怖かったでしょう、と言いたいところだが——お前はあの場で一度も怯まなかったな」


「怯んでたよ。膝、がくがくだった」


「それでも立っていた。それを勇気と言うのだ」


 扉が控えめにノックされた。


「ノエル、起きてる?」


 セレスティーナが花束を抱えて入ってきた。その後ろにはルキウスの姿もある。


「セレスティーナ、ルキウス先輩……」


「三日も寝てるから心配したわ。——はい、お見舞いの花」


 セレスティーナが花束をベッドの脇に置いた。白い百合と青い竜胆。ノエルの好きな花だと、いつ知ったのだろう。


「あなたのおかげで助かった。あの氷の壁がなかったら、ザインに逃げられてた」


「当然でしょう。あなたが全部持っていくのは癪だもの」


 そう言ってから、セレスティーナは少し真面目な顔になった。


「……ねえ、ノエル。あの銀色の聖獣——ううん、神獣。あれが、あなたの本当のパートナーなのね」


「うん。紹介するね。——アルシェス。銀煌帝アルシェス。千年前の伝説の神獣で、私の大切な——」


 言葉に詰まった。パートナー? 聖獣? それとも——


「大切な人、よ」


 アルが一瞬目を見開き、それから穏やかに微笑んだ。


 ルキウスが腕を組んで言った。


「聖獣大闘祭は、お前の優勝で幕を閉じた。闇獣討伐の功績も合わせて、王国から特別叙勲が授与される。——学院の首席の座も、俺からお前に移ることになるだろう」


「え、首席? 私が?」


「神獣の契約者に首席を譲らない理由がない。……悔しいがな」


 ルキウスの顔には悔しさよりも、晴れやかな笑みが浮かんでいた。


 見舞い客が去った後、ノエルはベッドに横たわったまま窓の外を眺めた。

 王都の空は澄み渡っている。秋の風が白いカーテンを揺らしていた。


「アル」


「何だ」


「大闘祭の時、あなたが本当の姿を見せたでしょう。あの時、五万人が歓声を上げてた。でも——」


「でも?」


「私は、北の森で初めて会った時のあなたが一番好き。泉のほとりで、静かに待っていてくれた、あの時の姿が」


 アルは窓辺に腰掛け、少し驚いたような顔をした。


「……変わった子だ。銀煌帝の威容より、ただの銀狼のほうがいいと言うのか」


「ただの銀狼じゃないでしょ。私を三年間待っていてくれた、世界で一番優しい銀色の獣」


 アルの金色の瞳が、夕日に照らされて琥珀色に変わった。


「ノエル」


「何?」


「千年の眠りの中で、夢を見ていた。遠い未来、我を呼ぶ声がする夢だ。温かくて、真っ直ぐで、少し泣き虫な声」


「泣き虫は余計」


「目が覚めた時、その声の主がお前だと分かった。千年待った甲斐があった——初めて、そう思えた」


 ノエルの目に涙が浮かんだ。今度は、悲しい涙じゃない。


「私ね、来年の召喚の儀が最後だったの。十八歳。最後の挑戦で、もし駄目だったら——全部諦めるつもりだった」


「……そうか」


「でもあなたが来てくれた。最後の年を待たずに、自分から会いに来てくれた。あの日、北の森に行ったのは——たぶん、あなたが呼んでくれたから」


「呼んだとも。千年分の声を込めて」


 二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。

 夕日が王都を金色に染めていく。


「アル。これからどうなるのかな。宰相は捕まったけど、闇帝の復活を企む人はまだいるんでしょう?」


「おそらくは。闇帝の封印は千年を経て弱まっている。完全に封じ直すには——残る三体の神獣を目覚めさせる必要がある」


「紅蓮皇グラナート、蒼穹王セレスタイト、翠嵐后エメラルディア……」


「ああ。彼らもまた、契約者を待っているはずだ。この世界のどこかで」


 ノエルは体を起こした。まだ痛みはあるけれど、心は軽かった。


「探しに行こう」


「まだ体が——」


「今すぐじゃないわよ。ちゃんと卒業してから。国王陛下との約束もあるし。……でも、いつか必ず。あなたの仲間を見つけて、闇帝の封印を完全にする。それが——私たちの使命なんでしょう?」


 アルは呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。


「千年前は四体の神獣だけで戦った。だが今度は違う。お前がいる。——お前がいてくれれば、千年前より強くなれる」


「大げさよ」


「大げさではない。我は神獣だ。千年の知恵で断言する。——お前は、我が出会った中で最も強い人間だ」


 ノエルは照れくさくて、アルの肩をぽんと叩いた。


「ありがと。……じゃあ、まずはご飯食べたい。三日も寝てたからお腹ぺこぺこ」


「食い意地の張った最強の人間だな」


「うるさい」


 二人で笑い合う。

 窓の外では、夕日が沈み、最初の星が瞬き始めていた。


 ——聖獣召喚の儀で『失格』になった少女は、伝説の神獣に選ばれ、王国を救った。

 だがこれは、終わりではない。

 世界にはまだ、目覚めを待つ神獣がいる。闇帝の脅威も去ってはいない。


 けれど今は——温かい食事と、隣にいてくれる銀色の存在だけで十分だった。


 ノエルとアルシェスの物語は、まだ始まったばかりだ。


                        

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