第6話 王宮の思惑
神獣出現の報告は、翌日には王宮に届いた。
そして三日後——ノエルのもとに、王宮からの召喚状が届いた。
「国王陛下が直々に会いたいとのことだ。明日、王宮に参内せよ」
学院長から伝えられた言葉に、ノエルは緊張で胃が痛くなった。
「アル、私——王様に会うの初めてなんだけど」
「我は千年前の王に会ったことがある。大した違いはない。人間は千年経っても変わらんからな」
「それ全然慰めになってないんだけど」
翌日、ノエルはアルとともに王宮を訪れた。
王都の中心に聳える白亜の宮殿。ノエルの父——フォルティア家当主も騎士団副団長として同席するとのことだったが、ノエルは複雑な気持ちだった。
三年間、娘の失格に失望し続けた父。その父の前で、神獣の契約者として現れることになる。
謁見の間。
玉座に座る国王クラウディウス三世は、想像よりも若い男だった。四十代半ば。鋭い目だが、残忍さはない。
「ノエル・フォルティアか。——そして、そちらが」
国王の視線がアルに向けられた。
「銀煌帝アルシェスと伺った。千年の伝説が、まさかこの時代に蘇るとは」
「陛下にお目にかかれて光栄です」
アルは完璧な礼を取った。千年前の宮廷作法と現代の作法は違うはずだが、アルはノエルが貸した礼法の教科書を一晩で暗記していた。
「率直に聞こう。なぜ今、目覚めた?」
国王の問いに、アルは一瞬だけノエルを見た。
「この娘の魔力が、我を呼んだ。それだけのことです」
「それだけ? 千年の眠りから覚めるほどの理由が、たった一人の少女の魔力だと?」
「——ええ。我にとっては、それで十分です」
国王はしばらくアルを見つめ、やがて口元に微笑を浮かべた。
「なるほど。神獣とはいえ、人の心を持っているらしい。……だが、国としては放っておけん。神獣の契約者の出現は、周辺諸国との力関係を一変させる。すでに帝国のスパイが嗅ぎ回っているとの報告もある」
ノエルの父、グレン・フォルティアが一歩前に出た。
久しぶりに見る父は、白髪が増えたように見えた。
「陛下。娘のことは、私が責任を持って——」
「フォルティア副団長。お前の娘は、お前が思っている以上の存在になった。もはや一家の問題ではない」
グレンが押し黙る。ノエルはちくりと胸が痛んだ。
父は今、どんな気持ちでいるのだろう。三年間見放していた娘が、突然国家規模の存在になった。それは誇りか、それとも——戸惑いか。
「ノエル・フォルティア」
国王がノエルに直接語りかけた。
「お前に選択肢を与える。一つ、王宮付きの特別騎士として、王国の守護を担う。待遇は最上級を保証しよう。もう一つ——」
「学院に戻らせてください」
ノエルは国王の言葉を遮った。謁見の場での無礼。周囲の廷臣たちがざわめく。
「私はまだ学生です。学ぶべきことがたくさんあります。アルシェスの力に頼るだけでは、本当の意味で強くなれません。——一年。あと一年、学院で学ばせてください。卒業したら、改めて陛下のもとで働きます」
国王は目を見開き——そして、声を上げて笑った。
「ははは。フォルティアの血か、それとも神獣に選ばれた器の大きさか。いいだろう、一年待とう。ただし条件がある」
「条件?」
「年末の聖獣大闘祭に出場しろ。全国の聖獣使いが集う大会だ。そこでお前の力を示せ。神獣の契約者が王国の希望であると、国民に知らしめるのだ」
聖獣大闘祭。聖獣使い同士が戦い、その年の最強を決める国家行事。
つまり——全国の強者と戦え、と言っている。
「……承知しました」
ノエルが頷くと、アルが隣で小さく笑った。
「大きく出たな」
「あなたがいるから、言えたの」
「買いかぶるな。お前自身の言葉だ」
謁見が終わり、王宮を出る。
回廊を歩いていると、父が追いかけてきた。
「ノエル」
「……お父様」
グレンは少し痩せた気がした。厳格な父の瞳が、不器用に揺れている。
「その……すまなかった」
「え?」
「三年間。お前が辛い思いをしているのを知りながら、何もしてやれなかった。いや——何もしなかった。聖獣に選ばれない娘を、どう扱えばいいか分からなかったのだ」
ノエルの目が熱くなった。
「お父様……」
「だがお前は——自分の力で道を切り拓いた。フォルティアの名ではなく、ノエル自身の力で。……誇りに思う」
不器用な言葉。不器用な愛情。
ノエルは涙を堪えて微笑んだ。
「ありがとう、お父様。——私、頑張るね」
グレンは頷き、ノエルの頭をぽんと撫でた。幼い頃、よくそうしてくれたように。
アルは少し離れた場所で、その光景を静かに見守っていた。
王宮からの帰り道。
馬車の中で、アルが口を開いた。
「ノエル。一つ気がかりなことがある」
「何?」
「謁見の間にいた廷臣の一人——宰相の側近と思しき男が、ずっとお前を見ていた。好意的な目ではなかった」
「……宰相?」
「ダリウス・メルヴィン宰相。王国の実権を握る男だ。神獣の契約者の出現は、彼にとっても想定外だろう。自分の支配下にない力が現れた——それを、あの手の人間がどう受け止めるか」
ノエルは窓の外を見た。王都の街並みが流れていく。
「アル。合同演習の結界に細工したのも——」
「まだ断定はできない。だが、用心するに越したことはない」
馬車が石畳の上を走る音だけが、しばらく続いた。
「……怖い?」
アルの問いに、ノエルは首を横に振った。
「怖くないと言ったら嘘になる。でも——」
ノエルはアルの手をきゅっと握った。
「逃げたくはない。やっと自分の足で立てるようになったのに、ここで逃げたら——三年間泣いていた自分に、顔向けできない」
アルは握り返した手に力を込めた。
「強い子だ、お前は」
「強くないよ。あなたがいるから、強がれるだけ」
「それでいい。人は一人で強くなる必要はない。支え合って立つことを、弱さとは言わない」
ノエルはアルに寄りかかった。銀髪の青年の肩は広くて温かい。
聖獣大闘祭まで、あと三ヶ月。
敵の影が忍び寄る中、ノエルの戦いはようやく始まろうとしていた。




