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聖獣召喚の儀で『失格』になった私、実は最古の神獣に選ばれていました  作者: 月代


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第3話 従者と偽りの仮面

 アルを学院に潜り込ませる方法は、意外とあっさり見つかった。

 聖獣学院には、聖獣を持たない生徒のために「従者枠」という制度がある。貴族の子弟が護衛や世話係を連れてくるための枠だが、ノエルはこれまで使ったことがなかった。

 フォルティア家の名で従者登録の書類を出せば、アルは「アル・シルヴェーヌ」という名の従者として学院に出入りできる。


「書類上は『遠縁の剣士』ということにしたけど、大丈夫?」


「問題ない。剣も一応使える」


「一応って……」


 アルは涼しい顔でノエルの隣を歩いている。銀髪は目立つが、この学院には様々な髪色の生徒がいるから、それだけで疑われることはないだろう。

 問題は——


「ノエル、あの人誰?」


 さっそくクラスメイトたちの視線が集まった。当然だ。落ちこぼれのノエルが、見たこともない美青年を従者として連れてきたのだから。


「遠縁の……護衛、みたいなものよ」


「護衛? 聖獣もいないのに?」


 マリエッタが嫌味たっぷりに割り込んできた。


「フォルティア家って、そんな無駄遣いするお家なのね。聖獣が呼べない娘に護衛をつけるなんて」


 アルの金色の瞳が、わずかに細くなった。

 ノエルはアルの袖をそっと掴んだ。——大丈夫、気にしないで。

 アルは一瞬だけノエルを見下ろし、小さく息を吐いた。


「……ご挨拶だな」


「は?」


「いや、何でもない。こちらの風習に不慣れでな」


 アルは完璧な微笑みを浮かべた。マリエッタは一瞬見惚れたように固まったが、すぐに顔を赤くして去っていった。


 その日の昼休み。

 ノエルは中庭のベンチでアルと並んで昼食を取っていた。アルは人間の食事が珍しいらしく、パンを興味深そうにちぎっている。


「これは……麦を練って焼いたものか。千年前にも似たようなものがあった」


「千年前のパンって、どんなだったの?」


「もっと固かった。石のようだったな。今のほうがずっと美味い」


 ノエルは思わず笑った。伝説の神獣がパンの食感について語っている。このギャップが、ノエルにはたまらなく愛おしい。


「ノエル」


 不意に、低い声に呼ばれた。

 見上げると、長身の青年が立っている。黒髪に灰色の瞳。整った顔立ちだが、どこか冷たい印象を受ける。

 ルキウス・ヴァルハイト——セレスティーナの兄にして、学院の首席。上位聖獣・雷狼ヴォルトの契約者だ。


「ルキウス先輩」


「昨日の召喚の儀、残念だったな」


「……お気遣い、ありがとうございます」


「来年が最後の挑戦だ。もし来年も駄目なら——俺のところに来い。うちの騎士団なら、聖獣がなくても雑務係として雇ってやれる」


 善意なのかもしれない。けれどその言葉は、ノエルには刃のように響いた。

 雑務係。それが、フォルティア家の長女に提示される未来。


「お気持ちはありがたいのですが——」


「断る」


 割って入ったのはアルだった。立ち上がり、ルキウスの前に出る。

 二人の身長はほぼ同じだが、纏う空気がまるで違った。ルキウスは圧のある強者の気配だが、アルのそれは——もっと根源的な、世界の法則そのもののような重みがある。


「ノエルの未来を、お前が決めるな」


「……誰だ、お前は」


「従者だ。主の名誉を守るのは従者の務めだろう」


 二人の間に、張り詰めた空気が走る。

 ルキウスの影から、雷狼ヴォルトが実体化した。体長二メートルほどの狼で、全身に青白い雷をまとっている。上位聖獣の威圧が周囲に広がり、中庭にいた生徒たちが悲鳴を上げた。


 アルは微動だにしなかった。


『……何だ、この男は』


 ヴォルトが警戒するように低く唸った。上位聖獣がたかが人間一人に警戒心を見せる——それ自体が異常なことだと、ルキウスの目が鋭くなった。


「お前——何者だ? ヴォルトが警戒している」


「気のせいだろう。俺はただの従者だ」


 アルの声は穏やかだが、ノエルには分かった。金色の瞳の奥に、かすかな怒りが燃えている。ノエルを見下した言葉を、許していないのだ。


「アル」


 ノエルが名前を呼ぶと、アルの纏う空気が和らいだ。振り返った金眼が、ノエルだけを見つめる。


「……すまない。出過ぎた」


「ううん。ありがとう」


 ルキウスはしばらくアルを見つめていたが、やがてヴォルトを消して踵を返した。


「面白い従者を連れているな、ノエル。——合同演習、楽しみにしている」


 去っていくルキウスの背中を見送り、ノエルは溜息をついた。


「……目立っちゃったね」


「あの男が無礼なことを言うからだ」


「ルキウス先輩は悪い人じゃないの。ただ、聖獣至上主義が骨の髄まで染みてるだけで」


「だからこそ性質が悪い。善意で人を踏みにじる者が、一番厄介だ」


 アルの言葉は鋭かったが、その目はノエルを気遣うように優しかった。


 その夜。

 ノエルは寮の自室で、合同演習の要項を読んでいた。


 合同演習——学院の全生徒が参加する年に一度の実戦訓練。聖獣とともに魔物を討伐し、その成績によって進級の可否が決まる。

 つまり、聖獣がいなければ参加すらできない。


「アル、合同演習のことなんだけど」


 窓辺に腰掛けていたアルが振り向く。夜の月明かりを浴びた銀髪が、ひどく幻想的だった。


「演習では聖獣を実体化させないといけないの。でもあなたの本当の姿を見せたら——」


「大騒ぎになるな」


「うん。かといって、不参加だと留年確定で……」


 アルは少し考えてから、口を開いた。


「方法がないわけではない。我の力をごく一部だけ解放し、下位聖獣程度の姿を取ることはできる。銀狼——というところか。本来の姿からは程遠いが、お前の正体を隠すには十分だろう」


「そんなことできるの?」


「我を誰だと思っている。千年を生きた神獣だぞ。変化の一つや二つ、造作もない。——ただし」


 アルの表情が少し翳った。


「力を大幅に封じることになる。万が一、演習中に想定外の事態が起きた場合——守りきれないかもしれない」


「大丈夫よ。合同演習で出る魔物は、学院が管理してるものだから。そんな危険なことにはならない」


「……ならばいいが」


 アルは納得しきれない様子だったが、ノエルが微笑むと、仕方なさそうに肩をすくめた。


「分かった。下位聖獣の振りをしよう。だが何かあれば、即座に本来の力を解放する。それだけは譲れない」


「うん、ありがとう。——ねえ、アル」


「何だ」


「一緒に演習に出られるの、嬉しい。ずっと一人だったから」


 アルは一瞬言葉を失い、それから窓辺から降りてノエルの隣に座った。


「一人ではなかった。お前には気づけなかっただろうが——我はずっと、お前の傍にいた」


 大きな手が、ノエルの頭をそっと撫でた。

 不器用で、けれど限りなく優しい手つき。


 ノエルは目を閉じて、その温もりに身を委ねた。


 ——来月の合同演習。

 落ちこぼれと下位聖獣(仮)の初陣が、静かに近づいていた。

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