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聖獣召喚の儀で『失格』になった私、実は最古の神獣に選ばれていました  作者: 月代


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第1話 聖獣召喚の儀

 聖獣学院の大講堂に、厳かな鐘の音が響き渡った。

 年に一度の聖獣召喚の儀——それは、この国に生まれた魔力持ちの少年少女にとって、人生を決める最も重要な日だ。

 召喚された聖獣の格によって、その者の地位が決まる。上位聖獣と契約した者は王宮騎士団に、中位なら地方の守護騎士に。そして下位であっても、聖獣と契約できた者には国からの庇護と名誉が与えられる。

 逆に言えば——聖獣に選ばれなかった者には、何も残らない。


「次、ノエル・フォルティア」


 名前を呼ばれた瞬間、大講堂がざわめいた。

 ——また、あの子か。

 ——フォルティア家の恥さらし。

 ——去年も一昨年も失敗してるのに、よく来るわよね。

 囁き声は隠す気もなく、ノエルの耳に届く。

 十七歳。召喚の儀に挑戦できるのは十五歳から十八歳まで。つまり、今年を含めてあと二回。

 ノエルは唇を引き結び、召喚陣の中央に立った。


「…………」


 周囲の視線が突き刺さる。

 フォルティア家は代々優秀な聖獣使いを輩出してきた名門だ。父は炎獅子レグナスの契約者で王宮騎士団の副団長。母は風鷹セイラの契約者で宮廷治癒師。双子の弟たちですら、十五歳で中位聖獣との契約を果たしている。

 なのにノエルだけが——三年連続で、聖獣に選ばれていない。


「始めなさい」


 学院長の冷めた声に、ノエルは両手を召喚陣にかざした。

 魔力を注ぐ。体の奥底から、温かな光が指先へと流れていく。

 召喚陣が淡く輝き始めた。


 ——お願い。今年こそ、誰か応えて。


 光が膨らむ。大講堂の空気が震える。

 ノエルの魔力量は、実は学院でもトップクラスだ。ただ、魔力があることと聖獣に選ばれることは別の話で——


 ふっ、と光が消えた。


 召喚陣の上には何もいない。

 静寂が落ちる。そしてそれは、すぐに嘲笑に変わった。


「やっぱりね」

「あれだけ魔力があっても、聖獣に好かれない人っているのよ」

「可哀想に——いえ、可哀想なのはフォルティア家のほうね」


 学院長が溜息をついた。


「ノエル・フォルティア。今年も不発——『失格』とする」


 その言葉が、大講堂に無慈悲に響いた。

 ノエルは震える手を下ろし、静かに召喚陣から降りた。泣くものか。ここで泣いたら、それこそ笑い者だ。

 背筋を伸ばし、出口へ向かう。


「ノエル」


 呼び止めたのは、金髪碧眼の美少女——セレスティーナ・ヴァルハイト。公爵令嬢にして、史上最年少で上位聖獣・氷麒麟フリーレンと契約を果たした天才。

 そして、ノエルのかつての親友だった。


「今年も残念だったわね。でも安心して。あなたには聖獣がいなくても、フォルティア家の名前があるもの。どこかの商家にでも嫁げば、きっと幸せに——」


「ご忠告ありがとう、セレスティーナ」


 ノエルは振り返らずに答えた。


「でも、私はまだ諦めていないの」


「……まだ言ってるの? ノエル、現実を見なさい。あなたの魔力は聖獣に拒まれているのよ。それは——」


「失礼するわ」


 遮るように歩き出す。背中に刺さる視線を感じながら、ノエルは大講堂を出た。


 長い廊下を早足で進む。角を曲がり、人気のない階段を下り、裏庭へ——

 そこでようやく、ノエルは壁に背を預けて、ずるずるとしゃがみ込んだ。


「……っ」


 泣かないと決めたのに、涙が勝手にこぼれ落ちる。

 三年連続の失格。家族の失望した顔。クラスメイトの嘲笑。セレスティーナの、憐れみと優越の入り混じった微笑み。


 ——私の魔力は、本当に聖獣に拒まれているの?


 分からない。分からないけれど、召喚陣に魔力を注ぐたび、ノエルは不思議な感覚を覚えていた。

 拒まれている、というよりも。

 何かが——遠くで、じっと待っているような。


「……気のせい、よね」


 涙を拭い、立ち上がる。

 このまま寮に帰る気にはなれなかった。今日ばかりは、誰の顔も見たくない。


 ノエルは学院の裏門を抜け、禁足地に指定されている北の森へと足を向けた。

 聖獣が棲むとされるこの森は、許可なく立ち入れば罰則がある。けれど今のノエルには、そんなことはどうでもよかった。


 木々の間を縫うように歩く。奥へ、奥へ。

 日の光が薄れ、空気が変わった。澄んでいて、冷たくて、どこか懐かしい。


 不意に——森が開けた。


 小さな泉があった。

 銀色の水面に月光のような輝きが揺れている。まだ昼だというのに、その泉だけが夜のように静かで、神秘的だった。


 そして。


 泉のほとりに——それは、いた。


 銀色の毛並み。月を閉じ込めたような金の瞳。

 狼のようでいて、もっと大きく、もっと美しい。四肢は長く優美で、額には三日月の紋章が淡く輝いている。

 息を呑むほどの存在感。見た瞬間、ノエルの全身に鳥肌が立った。


 ——これは、聖獣?


 いや、違う。

 聖獣はこんな気配を纏わない。もっと圧倒的で、もっと根源的な——


 金の瞳がノエルを捉えた。


『——遅かったな』


 声が、頭の中に直接響いた。

 低く、深く、どこか優しい声。


「え……?」


『三年待った。ようやく来たか、我が契約者よ』


 銀色の獣が、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞬間、泉が眩い光を放ち——ノエルの体を、温かな銀光が包み込んだ。


「な、に——これ——」


『怖がるな。お前の魔力が、ずっと我を呼んでいた。召喚の儀などという小さな器では、我は応えられなかっただけのこと』


 銀色の獣がノエルの前に歩み寄り、その巨大な頭をそっとノエルの手のひらに押し当てた。

 温かい。信じられないほど、温かい。


『我が名は——アルシェス。かつて神代と呼ばれた時代に、この世界を守護した銀煌の神獣だ』


 ノエルの脳裏に、古い伝承が蘇る。

 ——銀煌帝アルシェス。

 聖獣の頂点に立つ存在。千年前に姿を消したとされる、伝説の神獣。


「う、うそ……」


『嘘などつかぬ。我は千年の眠りの中で、ずっとお前を待っていた、ノエル』


 名前を呼ばれた瞬間、ノエルの目から再び涙がこぼれた。

 けれどそれは、さっきまでの悔し涙とは違う。


 ——ああ、そうだったんだ。


 拒まれていたんじゃない。

 大きすぎて、届かなかっただけ。


「……よろしく、アルシェス」


 震える声で告げると、銀色の神獣は目を細めた。


『ああ。よろしく頼む、我が唯一の主よ』


 北の森の奥、誰も知らない泉のほとりで。

 落ちこぼれの少女と伝説の神獣の物語が、静かに幕を開けた。

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