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「よし、一通り終わったわね」



 二週間もかかったのは予想外だったが、世間体のために授業も受けつつ放課後と休み時間しか利用できなかったから仕方がない。

 夜、家の人間が寝静まったころ。用意した銀の水桶に水をたっぷり溜めて月明かりを部屋に入れる。自室に音を閉じ込める魔術と隠ぺいの魔術をかけて準備を整えた。


 ちなみに魔術と魔法の違いだが、魔術はある程度才があれば誰でも使える。だが、魔法は加護を持つ人間しか使えないし、自分の加護に由来するものでなければ出力が落ちる。

 「月の鏡」は月光に宿る魔力を使用する。つまりは月の加護に由来する魔法だから、アンナには使えやしないだろう。裁きの加護や先見の加護があれば使えるらしいがこの国には存在しない。

 つまりこの魔法とこれから見る記録は、ルーナだけの切り札となる。



 深呼吸して、水桶に刻まれた魔法陣に魔力を込める。水面が白く光ると一度波打って、見慣れた教室の風景が映し出された。魔法は成功したようだった。

 ルーナは冷静に、次々と映し出す場所を変えて悪魔の姿がないか目を凝らした。


 ふと一つの景色に目を止める。それは使われていない空き教室、ルーナが何者かに手紙で呼び出されて向かった場所だった。

 まだ精度が悪いせいか少し見づらいが、間違いなくアンナの姿が浮かんでいる。他にも見覚えのある令嬢が二人いた、どちらも子爵令嬢だ。



『……ルーナ様…んなことを?』



 会話が聞こえてきたが、途切れていて上手く聞き取れない。

 ふと、自分の胸がざわついていることに気がつく。やはり自分を貶めようとする現場を見るのはためらわれる、そんな心情が魔法の精度を下げているんだろう。けれどここで割り切らないと、何も変えることはできない。


目を閉じてもう一度深呼吸をする。

魔力を込め直すと、波紋は消えて一切の陰りもない景色に変わっていた。ルーナは今度こそ覚悟を持って目を開いた。




『ルーナ様が本当にそんなことを?』


『アンナさんの物を中庭の花壇へ捨てたらしいの。ルーナ様のハンカチも一緒に落ちていて…そうよね、アンナさん?』


『うん…きっと私の物を触った後に手を拭いたハンカチだったから、汚らわしいと思って捨てたんだと思う』


『先生には相談したの?』


『ルーナ様は公爵令嬢だもの。怖くってなにも…』


『私たちはアンナさんの味方よ、なんでも協力するわ!』


『 二人ともありがとう…! じゃあ一週間前、私とルーナ様がこの教室に入っていくところを見たって証言してくれる人を探してくれる?あの時、アルバート様に近づくなって怒鳴られてしまって…』


『一週間前ね。ルーナ様はよくここを出入りしているって噂だし、私が証言するわ』


『その日はこの教室の近くで授業があったし…私も大きな声を聞いたような気がする』





 仮説が真実へと変わった。ルーナは確かに何度か手紙でこの教室に呼び出されているが、ここ最近は魔法陣を仕掛けに行っただけで誰かに見られているはずがない。アンナはいじめを捏造するばかりか、令嬢に嘘の証言を頼んでいた。


 しかし引っかかるところがある。



(いくら正義感に後押しされたからと言って、子爵令嬢が公爵令嬢相手に嘘の証言なんてするかしら?)



 この映像は十分、と一旦考えるのをやめて今度は渡り廊下を映す。アンナが一人で歩いている様子が映し出された。何か周りを気にしていて落ち着かないようだ。

 続いて中庭を映し出す。「花壇に物を捨てられた」というのが気になっていた。

 ほどなくして、校舎の影からアンナが現れる。その手にはアンナのものと思われる教科書と、失くしたと思っていたルーナのハンカチが握られていた。



 そこまで見て、ルーナは魔力を止めた。水面は水桶の底の魔法陣を透かして揺れ、月光はいつのまにか雲に隠れてさえぎられていた。



「…本当に、嘘だったのね」



しばし目を伏せて、ルーナは肩を震わせる。



「…ふ……っく…ふふ、あはは!」



 暗闇の中、ルーナの乾いた笑い声が響いた。魔術のおかげで部屋の外にはもれていないが、聞かれていたらついに狂ったと思われていただろう。

 ひとしきり笑い終わると、はーっとため息をついて顔を上げる。その表情はどこまでも冷たい刃のようで、先ほどのような笑みはない。金色の瞳は飢えた獣のように爛々と輝いていた。



 今までの繰り返しの中で、少しでもアンナを案じていた自分が馬鹿だった。

 これまでもこんな風に罪を捏造されていたかと思うと想像しただけでも虫唾が走る。何よりこれほど程度の低い人間に踊らされていた自分が情けなくて恥ずかしい。


 ルーナは水桶を片付けてベッドに乱暴に寝ころんだ。この魔法は消費が激しくて疲れる。続きはもう少し間を空けてからでも遅くはないだろう。

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