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そして今、これまでの筋書き通り卒業式の夜会で断罪が始まっていた。
声高らかにアルバートが婚約破棄を宣言し、お祝いムードだった夜会が一変して葬式のように静まり返る。
本来はこんなおめでたい席ですることでもないが、貴族の子息令嬢からの証言やルーナへの反発が大きすぎて、関係者や騒動を知る者が一同に会するこの場を使うしか治める方法がなかったのだろう。
「おそれながら、わたくしはアンナさんに危害を加えたことなどございません」
ようやく口を開いたルーナに、アルバートは大きなため息をついた。この反応もルーナにはとっては初めてではない。何度無実を訴えても相手にされなかった。
「君が学園でアンナに嫌がらせをしたこと、証人もいれば証拠もあるが。それでも言い逃れできると?」
「殿下。わたくしは本当になにもしておりませんし、何も知らないのです」
そこまで言って、ルーナはあらためてアルバートの顔を見た。ひどく軽蔑するようなまなざしを向けられて、一瞬怯んでしまう。
親同士に決められた婚約者とはいえ、アルバートを愛し、良き妃になろうと思っていたのは本当だった。何度経験しても、この拒絶だけは胸が痛む。
「月の少女として各地の浄化に努めてきた功績は認めている。よって謝罪があれば婚約破棄以上の罰を与えるつもりはない」
(婚約破棄は確定しているのね…)
もう諦めてしまおう、ルーナの脳裏にふとそんな考えがよぎった。
これまでの繰り返しで、アルバートが自分を信じないどころか率先して婚約破棄や断罪を仕組んでいることは分かっていた。
もちろん国王や自分の父も了承の上だろう。そうでないと婚約破棄までできるわけがない。
アルバートの後方では冷たい目をしたユリウスとジョシュアが待機している。
ルーナの味方は一人もいなかった。
「もう一度問おう、ルーナ。貴様はこの罪を認め、アンナに謝罪をする気はあるのか?」
アルバートの鋭い声が、頭上から突き刺さる。ルーナはしばし黙った後、認めてしまえばこの繰り返しも終わるかもと思い、声を絞り出す。
「……アルバート殿下、わたくしは」
「アル様!」
ルーナの言葉にかぶせるような甲高い声。その主は断罪劇の被害者、アンナ。
派手なショッキングピンクのドレスに金色の装飾をちりばめ、長い髪を縦に巻いて高い位置で二つに結わえている。子爵令嬢とは思えない装いだ。
アンナはアルバートのそばに駆け寄ると挨拶もなしに手をとった。婚約者でもない女性が、ましてや王太子にこのようなことをすれば衛兵が捕らえにくるのが当然なのに、誰もそうはしない。
ルーナは、周囲の態度にわずかに違和感を持った。
「部屋で休んでいていいのに…」
「アル様が私のために婚約破棄すると聞いて、いてもたってもいられなくて…」
大きな瞳に涙をためて、眉を下げた愛らしい表情をしたアンナの頬をアルバートが優しくなでると、だらしなくその腕をとって組んで見せる。
「ルーナ様はきっと認めてくださらないでしょう?でも、いいんです…私なんかが皆と仲良くしすぎたから…」
ふと、アンナがこちらに目をやった。
その一瞬の表情を、ルーナは見逃さなかった。
嘲笑うように三日月型にゆがんだ目、わずかに上がった口角、まるで「ざまあみろ」とでも言いたげな表情。
それを見たルーナの頭に、ある考えがよぎる。まさかとは思うが、確かめずにはいられない。
無駄だと思いながらも自らの憶測を口に出すことを止められなかった。
「アンナさん、ひとつ聞いてもよろしくて?」
「ルーナ、口を閉じろ。今ここで貴様に許されるのは…」
「殿下。わたくしはなにか勘違いをしていたのかもしれません。ですから、アンナさんに直接お聞きしたいのです」
毅然としたルーナの態度に、アルバートは少し動揺した。先ほどまでうろたえていたルーナが、今は以前のように公爵令嬢にふさわしい姿勢で、凛とした表情でこちらを見つめている。
「アンナさん、わたくしと会うのはこれで何回目でしょうか?」
「…………は?」
アンナは目を丸くして、次の瞬間には顔を真っ赤にさせたままホールの奥へ走り去っていった。
ドレスも髪も振り乱して、なんてはしたないのかしら。そう内心でほくそ笑む。
(巻き戻しのことを知らなければ、もしくは隠したいのなら「入学式と交流会も含めて4回」と答えればいいものを。わざわざ逃げ出していくなんて)
アルバートも何が起きたのか分からず、全員が立ち尽くしている。
ルーナはこれまで、巻き戻しを行なっているのは超常の力だと考えていた。
自分が抗うことなど許されない、神や精霊の存在だと。しかし、アンナの悪辣な表情と先ほどの態度でひとつの予想が生まれた。
___アンナがこの悪夢の元凶だとしたら?
繰り返す地獄の中で、初めてルーナは抜け出すための手がかりを見つけた。




