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「ルーナ・オルト・スフォルティア!今ここで、貴様との婚約破棄を宣言する!」
そう言い放つのは金髪にエメラルドの瞳の王太子・アルバート。ルーナの婚約者だ。
夜会の席で行われた断罪、それはルーナが行った苛烈ないじめを白日の下に晒し上げようというものであった。
被害者は同級生のアンナ。元平民だが特殊な立場でアルバートと交流が多く、親しくしていた。そこで嫉妬したルーナが、アンナに対して学園内で嫌がらせを繰り返したと言う。
アルバートは罪のひとつひとつを丁寧に読み上げ「こんな悪辣極まりない人間を未来の王妃に迎えることはできない」と前置きをして婚約破棄を宣言した。
会場の煌びやかなシャンデリアの灯りにめまいを覚え、ルーナは顔を伏せる。
彼女は、ただただ心の底から落胆していた。
そんなことしていないと夜会の前から散々訴えかけたが、また聞き入れてもらえなかった。
ルーナにとってはこの断罪も、いじめのでっちあげも初めての出来事ではない。もう何度も経験した、変えられない未来だった。
ルーナとアンナは、学園生活を共にする友人だった。
一緒にお茶をしたり、各地への巡礼や魔物退治もした。泊りがけの外出もたびたびあったし、ルーナにいたっては婚約者のアルバートから「アンナ嬢と僕、どっちが君のフィアンセかわからなくなるよ」と小言を言われるほどだった。
二人が出会ったのは、王立魔法学園。
平民の特待生入学もあるが、基本的には魔力を持つ貴族が通う学校とされている。
アンナは平民だったが、太陽の加護を受ける「太陽の少女」として特別に入学を許可され、同時に子爵家の養女として迎えられて子爵令嬢となった。
太陽の加護は浄化魔法を使える貴重な存在で最後に現れたのは三百年前。災厄が訪れる前に力を与えられ、魂すら浄化する強力な存在と言い伝えられている。
「加護」とは、人、物、土地が神や精霊からの祝福を受けた証であり、授かれば強い魔力と加護に由来する魔法を使えるようになる。
ルーナの持つ「月の加護」は土地や物にだけ、太陽の加護と同じ浄化魔法が使える。
この加護は儀式によって次の人物に引き継がれるため、途切れることなく国を守ってきた。太陽の加護より力は弱いが国民や貴族からも期待される存在だ。
王族の婚約者に選ばれることも多く、ルーナも7歳の時に王太子・アルバートの婚約者となった。
ルーナとアルバートはアンナの監視役として近くにいるよう国王から命を受けていたが、突然貴族社会に巻き込まれた女の子を憐れんでもいた。特にルーナは、素直に仲良くなりたいと考え、次第に距離を縮めていく。
三年が経つ頃にはお互いに心を許す親友となり、二人は学園最後の日までともに過ごした。
「ついに私たちも卒業だね。ルーナと出会ったのが昨日のことみたいに感じるのに」
「何言ってるの、明日は卒業旅行よ。この前みたいに忘れ物したって貸してあげないから」
「ひどい!」
卒業式の翌日も、二人で旅行に行く約束をしていた。ルーナは卒業後、アルバートと結婚する予定だったためその前にたくさん思い出をつくりたいというアンナの提案だった。
「これから忙しくなるだろうけど、私のこと忘れないでね」
「当たり前じゃない。毎月お茶会でアルの愚痴をたーっくさん聞いてもらうわ」
「もちろん!それに、去年はアルバート様に譲ってあげたけど、次の誕生日は私が一番にお祝いする!」
「ふふ。わたしもアンナの誕生日は一番にお祝いしに行くわね」
「うん!約束よ、ルーナ」
「ええ、約束ね」
未来への期待と明るい希望を抱き、卒業式を終えお祝いの夜会を迎える。少し羽目を外す者もいたが、そこは無礼講、今夜くらいはお咎めなしと大層盛り上がっていた。
ルーナとアンナもお互いのパートナーとのダンスが終わったら早々に合流して、食事とドリンクを楽しんだ。共通の友人とのおしゃべりが終わると、今度は二人で楽団の演奏やダンスに混ざる。
婚約者のアルバートははじめこそ自分をほったらかしてアンナと過ごすルーナに呆れていたが、しばらくすればどこか嬉しそうな目で二人を見つめていた。
国の未来を、ひいては軍事から政治まで担うことになる少女二人が無邪気に振る舞っている。今だけは、大人からの期待や重圧を忘れてほしいと、心から願っていた。
楽しい夜会が終わり、家路に着く馬車の中でもうたたねしながら、家に着いたら支度を整えてベッドへ横たわる。翌日の旅行を楽しみにその日は心地よく眠りについたはずだが、ルーナが目覚めると、鏡台のそばに新品の制服と通学用のカバンが用意されていた。
「ユエル、わたくしの荷物は?」
侍女にたずねると、不思議そうな顔で「こちらですよ」と目の前の通学鞄を差し出される。昨夜までまとめてあった旅行鞄が見当たらない。悪い冗談だと今日の日付を確かめて、ルーナは心臓が凍りつくような衝撃を受けた。
それは紛れもなく三年前の入学式の日だった。
混乱しながらもう着ることはないと思っていた制服に袖を通す。
やはりその着心地に覚えがあったが、父と母に聞いても夢を見ただけだろうと軽くあしらわれてしまった。
皆の態度に嘘はなく、自分を騙しているわけでもなさそうだ。出がけにも「ご入学おめでとうございます」とメイドに声をかけられ、ルーナは真っ青な顔で馬車に乗り込んだ。




