山塘街とコーヒーと
ホテルから山塘街に向かうタクシーの中で、テレビの特集でしか見たことがない日本の昭和の頃の様子について想像する機会があった。両車窓にひどい混雑が広がっていて、クラクションが絶え間なく鳴り響いていたが、そのことが機会を与えたわけではなくて、一人一人の挙動や雰囲気と、その集積である街の光景に依ってであった。自分たちの生活と享楽が、その街での如何なる偶然によっても干渉されえないことは至極当然だというような、強い生活感に表現された、時代としての若さが確かにそこに存在していた。
聞くところによると水の都、蘇州の山塘街は、唐代の詩人白居易がこの地の役人だった頃につくった水路の街だという。なるほど、白居易の叙情形式の根幹である、直進して再起しえない時間への郷愁が、街自体の若さの形成に幾分かは作用しているのかもしれないが、今の街を形成しているのはそこにいる人々の生活であって、大昔の役人の詩情ではない。それでも、彼が残した運河は詩人が読んだ無常のリズムをいまも静かに刻み込んでいると思う。その水面に映るのは、唐の月ではなくて現代を生きる人々の躍動する影である。歴史という深い河床の上を現在という清らかな流れが絶えずあらたに通り過ぎていく。そういう緊張関係が、この街の若さを生み出しているように思われた。
ところで、私が少ない材料で昭和を頭の中に描くと、粒子が空間に自由に広がっていくような、あるいは絶対的な孤独が無秩序の中に放り出されているような印象を受ける。旋律にはならず、和音にも属さないような単一の音の、整音されていない少し濁った、それでいてどこか温かみのある響きが聞こえる。青春という言葉によく似合った情景が見える。
青春について考える。ウルマンという人物がいる。彼によると、青春とは、人生の或る期間をいうのではなく心の持ち方をいうらしい。ここでいう心の持ち方が、先の時間についての思慮を巡らせない、もしくは巡らせることができない様子だと捉えるとすると、無心でありながらも強い輝きを放っている状態こそが青春の本質なのだろうか。
越えて十月、友人に連れられて京都の有名なコーヒーショップに行ったときがあった。なんでも、全国でも屈指のお店だそうで、用意されているのは最高峰のスペシャルティコーヒーらしい。パナマ産の、大会でも入賞したような、ジャスミンやグレープが感じられるフルーティな一杯だということをドリップの時間に詳しく教えてもらった。オーナーの話を聞くには、生豆になるまでには栽培場所の標高などのテロワール、果肉除去、水洗、乾燥などの精製方法が明確に規定されていて、生豆になってからは、焙煎度合い、挽き目、抽出時間、湯量がそれぞれの豆において詳細に定められている。日をまたぐことによって生じる、豆のコンディションのズレもすべて調整の対象となるという。
コーヒーが提供され、オーナーの話も切り上げられたあと、慣れない様子をごまかしながら念入りに作られたそのコーヒーを口にした。
これが、オーセンティックなコーヒーの美味しさということだろうか。
舌にそっと置き去りにされた温もりを、私は少しだけ恋しく感じていたように思う。




