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    予感と否定|希望は嘘を付く

    予感と否定|希望は嘘を付く


 ゾルグに腕を引かれ、辿り着いたのは、天幕と天幕の隙間。仕事をサボろうと画策する子供たちの隠れ場になっている場所だった。


 天幕から降ろされた雪の山の後ろに入れば、表からは見つからないのだ。大人が来たら雪の中に入って、隠れてやり過ごす。

 日が落ちたあとの今、子供の姿はなかった。



 ゾルグはスレンの腕から手を離し、その場にしゃがんだ。スレンも後に続く。雪面が近づいたからか、身体全体が冷気に包まれる。

 直前まで天幕にいたので、ゾルグと違って外套を着ていない。スレンは腕を擦りゾルグをじとりと見た。



「……タバコの話を聞いたんだろ」



 顔を寄せなければ聞こえないような声で、ゾルグは言う。

 言葉が心に痛いほど沁み、寒さが吹き飛ぶ。

 スレンは、たまらずゾルグの両肩を掴んだ。



「……二人のこと、解放軍に話したのか」



 ネルたちに聞かれた場合に備え、リリウスたちの名前を出さず、スレンはゾルグに詰め寄った。

 声が情けないほど上擦ってしまう。肩で浅く息をして、じっとゾルグを見る。



「んなわけあるか」



 すぐに同胞は、大きなため息と一緒に否定の言葉を吐いた。



「さすがのオレでも、金欲しさに知り合いを売ったりしない」


「……だよな」



 そう白い呼気と一緒につぶやくと、力が抜けた。



 現金なところがあるが、ゾルグがリリウスたちを売るわけない。スレンは深々と頭を下げた。



「ちょ、謝んなよ。……おまえにそう思われても仕方ないようなこと言ったのはオレだし」



 スレンは顔をあげた。垂れてきた前髪をはらい、ゾルグを見る。



「そ、その朝は、さすがに調子に乗りすぎた。悪かった」



 ゾルグは逃げるように目を逸らしてしまう。



「……ごめん」


「……別に気にしてない」



 ゾルグの表情がわかりやすく和らぐ。

 朝のゾルグの失言など、今となっては些末な問題だ。スレンは喉の奥に詰まった言葉を押し出した。



「なぁ……ゾルグ、二人のことどう思う?」



 話をリリウスたちのことに戻すと、再びゾルグの表情がこわばる。



「逆に聞くけど、おまえ、あの二人が王様のために真面目に働いてるとこ想像できるか?」



 スレンは即座に首を横に振った。ゾルグがくしゃりと表情を崩して笑う。



「だよな。そんな大層なこと考えてそうに見えないし」



 スレンは何度も首を振る。



「絶対にあり得ない」



 ぽつりと、祈るように言葉がこぼれた。


 ただの願望ではない。二人が王のため、危険を犯す理由が思い当たらないのだ。



 まず、サボり魔のレイモンド。彼は論外だ。

 配達員の仕事すらろくにしていない不真面目の塊のような人間――それがスレンの知るレイモンドだ。

 日々悪化する状況を覆そうと暗躍する王政派の一員として動くところなど想像できない。



 次にリリウス。教会関係者という括りでみると、正直かなり怪しい。

 実際、王都と隣村の導師は、王政派とつながっていて、解放軍に捕まっている。


 だがスレンは、リリウス個人が進んで王政派と組むとは思えなかった。



(……昔、給付金で揉めたって言ってたし)



 リリウスがスレンに漏らした愚痴。それは、国境戦争の負傷兵を対象にした見舞金の話。王政時代、支給対象は、手足を失った者のみと、かなり厳しい制限があったらしい。


『これが、国のために戦った者への仕打ちか』と傷病兵やその家族からの猛批判があったが、王は玉座を追われるまで見直しをすることはなかった。


 対して評議会は、政権を取ると早々に支給条件を緩和した。評議会の改革のおかげで、リリウスも見舞金の支給対象になったらしい。



 毎月、支給日になると『アリノール人民解放評議会万歳!!』と言いながら、サーシャの店で呑んだくれている。ゾルグもよく奢ってもらうのだとか。



 評議会の統治下で、おいしい思いをしているリリウスが、王政派と組んで、王の時代を取り戻そうと企んでいるとは思えない。



 ゾルグもきっとスレンと同じことを考えているのだろう。考え込んだあと、決心したように顔をあげた。

 真っすぐなスミレ色の目に、迷いはなかった。



「……オレ、教会に行って、リリウスにタバコの話伝えてくる。スレンは総督さんの気を引いといてくれ」



 冬の始まりは、宵口を過ぎると天気が荒れる。

 今日、動きがなくても、朝になれば、見つかったばかりの手掛かりをもとに解放軍は調査を始める。


 リリウスたちにタバコの話を伝えるなら、早いほうがいい。



 ゾルグが踵を返す。

 気がつくと、スレンは反射的にゾルグの服の袖を掴んでいた



「どうしたんだよ。スレン。冬将軍が来る前に、山を下りないと……」



 ゾルグの非難めいた声が降ってくる。手を離そうとしても、ピクリとも動かなかった。


 ついさっき天幕を飛び出したばかりなのに、手がかじかんでしまって、いうことをきかない。

 寒さのせいであれば、反対の左手で引き剥がせばいい。だが、垂れた左腕を動かすこともできなかった。



 ゾルグがじっとスレンを見下ろす。やがて痺れを切らしたように白い息を吐いた。



「……スレン、おまえ二人を疑ってるだろう」



 大きなスミレ色の瞳がスレンを射抜く。

 蓋をして、気付かないようにしていた気持ちをそのまま言葉にされ、スレンは何も言い返せなかった。

次話で2章完結予定です!

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