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    解放軍とコハル鳥|鳴き声は距離を縮める


 本日二度目のドジを踏んだ。

 ネルがいつの間にか隣にいる。


 驚きのあまり足を滑らせ、つんのめっていると、ネルが慌てて手を伸ばしてくる。

 咄嗟にネルの手を掴んだおかげで、顔から転ばずに済んだ。



「驚かせてしまったようだね。申し訳ない」


「……いや。気を抜いてたわたしが悪いんだ」



 さっきゾルグが声を掛けたとき、ネルは後ろを歩いていた。

 いつの間に隣に来たのか。考えごとをしていたせいもあるが、気配を全く感じなかった。



(……こんな雪道で音もなく来るなんて、幽霊かなにかかよ……)


 

 心の中で悪態が漏れたが、助けられたことは事実だ。

 素直に頭を下げ、礼を言うと、ネルが困ったように眉を下げる。



「礼はいいよ。人として当然のことだからね」


(……それはご立派な理念をお持ちなことで)



 皮肉はネルには聞こえていないはずなのに、ネルの顔は険しくなる。

 底のしれない藍の目で見られると、心がざわついて落ち着かない。



「……浮かない顔をしているね。なにか気掛かりなことでも?」


「あ、えっと……その」



 スレンは口ごもった。

 おまえが原因だとも、探している王政派の人間が見つからない可能性が高いとも言えない。



(……愚痴は論外として――お探しのネズミはもう山にいないかも……。なんて口にしたら、あらぬ疑いをかけられかねないしな)



 スレンは王政派のネズミはもういない可能性が高いと踏んでいる。

 しかし、そう馬鹿正直に口にして、王政派を匿うため嘘をついていると難癖をつけられでもすれば、生きては出れないと評判の取調室送りだ。



 どうやり過ごそうか。スレンが眉を寄せ逡巡していると、ネルが少し前にある木の枝を指さした。



「……あの木の枝に止まっている灰色の鳥が見えるかい?」


「え……あ、あぁコハル鳥?」



 灰色の羽毛に包まれた、地味な小鳥の名前を口にすると、ネルは教え子を褒める教師のように柔らかに微笑んだ。



「南部と北部でコハル鳥の鳴き声は違うんだ。知っていたかい?」



 スレンは首を振る。


 なぜ今、鳥の話が出てくるのか。王政派のシンボルか何かなのだろうか。

 話を結びつけようと、頭を働かせているとネルが小さく咳払いをした。



「南部のコハル鳥の鳴き声は『ナーナナナナ』なんだけど……」



 聞こえてきたのは渾身の鳴き真似。


 突然の予想だにしない澄んだ高音に、スレンは耐えられず、吹き出しそうになった。


 笑ってはいけないとすぐに自制し、唇を引き結ぶが、変な声が漏れた。苦し紛れに咳払いをして何もなかったふりをする。



 相手は解放軍。しかも西部国境基地の総督だ。

 ふざけて小鳥のさえずりの真似をするわけがない。

 しかも、ネルの鳴き真似はよく似ていた。


 その証拠に仲間のさえずりと勘違いしたのか、枝の上に止まっているコハル鳥が『ホーホホホホ』と愉快な声で鳴き出す。



 スレンの頬がピクピクと痙攣する。

 必死に力を込め、表情を出さないようにするが、我慢すればするほど、感情が口を破って外に出そうになる。



(……もしかして、わたしは試されてるのか……?)



 顔を両手で覆いながらスレンはいぶかしがる。

 同志だとか抜かしていたが、やはりスレンを油断させるための罠だったのではないか。



(……侮辱罪かなんか理由をつけて、わたしを捕まえようと企んでるとか……?)



 でないとこの奇行の説明がつかない。混乱する頭でスレンはそう結論づけた。

 手を顔から離し、ネルをちらりと横目で見ると、凪いだ目と目が合う。



「なかなかうまいだろ? ……実は私の特技なんだ」



 トドメに、秘密だよと、指を口に当てて付け足してくる。

 しかもゾルグに負けないような、したり顔で。

 今度は誤魔化しきれない声が漏れた。スレンの声に驚いたコハル鳥が逃げてしまう。



「総督さんとスレン! ピクニックじゃないんだぞ!」



 先を行くゾルグが、こちらを振り向き、注意してくる。癪だが正論なので文句も言えない。

 スレンは口元を手で覆い、懸命に笑い声を押し殺した。



「ごめん、ごめん。そんなウケるとは思わなくて」



 肩を震わせ、必死に声を押し殺しているスレンを見て、ネルが小声で申し訳なさそうに言う。


 本当だと言い返したいが、相手は役職付きの軍人だ。

 スレンは呼吸を整えながら「こちらこそ、笑って申し訳ない」とむせながら非礼を詫びた。



「かまわないよ。君に笑ってもらうのが狙いだったからね」



 眉を上げ、いたずらっぽく目を細めるネルを見て、スレンは目を瞬かせた。

 スレンを笑わせたい意図が分からない。



「いや、鉄板ネタがウケてよかったよ。あれでピクリともされなかったら、三日は落ち込んでいたね」



 そんな全霊をかけたネタだとは思わなかった。

 同時に、何のためにという疑念が強まる。



「後ろから見ても、かなり緊張している様子が伝わってきたからね。肩の力を抜いてもらいたかったんだ」



 恥ずかしさと困惑で顔で真っ赤にしているスレンに、ネルが微笑んで答える。



「それに、緊張したままでは、いざというとき、判断を誤る可能性もある」



 王政派を追っているのに呑気だと喉まででかかったが、理由を聞かされてしまえば何も言えなくなる。

 スレンは不満をぐっと呑み込んだ。



「……今の騒ぎでネズミが逃げても、こっちの責任にしないでくださいよ」


「勿論だとも。そんなあくどい真似はしないよ」



 随分疑われてると、なぜかネルは機嫌よく笑った。



「……まぁ、ネズミの方も、解放軍がこんな気の抜けたやりとりをしてるとは思わないだろう」



 ネルは綺麗に髭が整った口元を歪めた。なにか企んでいるような物言い。

 スレンは黙ったまま歩みを進め、ネルが手の内を明かすのを待った。

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