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【2-3】不器用と優しさ|朝焼けは狩人を照らす

◯前回までのあらすじ

獲物を抱えて帰ったスレンとゾルグを待っていたのは、解放軍西部国境基地総督ネルだった。

王政派拠点を潰した直後、逃げた残党を追う山狩りへの協力を求められる。


ネルはスレンを指名し、その理由を「自分はドラゴラード出身で、南部オルダグに再び会えて嬉しいから」と語る。

故郷を焼いた相手を恨むどころか、「王政派に苦しめられた同志」と呼び、仲間に引き入れようとする。


真意の読めぬまま、スレンは不安を抱えて解放軍と山へ向かう――。


 めずらしく山の天気は穏やかだった。

 朝焼けで赤く染まるネフリト山の稜線を正面に、スレンたちは轍の跡が残る街道を進む。



 後ろのネルと部下たちも軍人なだけあって、背荷物があっても、息を切らすことなくスレンたちについてきた。



(天気が荒れてくれればよかったのに……)



 そうすれば雪に紛れて、この場から逃げることができたのに。

 山の天気は気まぐれだ。ただ、今日ほどネフリト山の気まぐれさを恨んだことはない。



(解放軍に目をつけられないよう、適当にネズミ狩りをやってるふりだけすればいいんだ。……真面目にやる必要はない)



 あくびを噛み殺しながら、スレンはぼやく。



(……適当にやるにしても、あのやばい総督にだけは、捕まらないようにしないと)



 ネルは、なぜか山狩のメンバーにスレンを指名した。


 朝から山に駆り出されるだけても辟易とした気分になるのに、ネルは丁寧にスレンの触れてほしくない過去に触れてくる。


 挙句の果てに、故郷を焼いたスレンのことを嘘偽りのない澄んだ目で“同志”と言い出す。

 山に着くころにはネルに対して、薄っすらとした苦手意識を抱いていた。



「おい、スレン! 聞いてんのか!」



 すぐ隣から怒声が響く。

 完全に上の空だったので、突然の大声に肩が大きく跳ね、口からも情けない声が漏れた。

 足がもつれ、何もない所で躓きそうになる。

 すんでのとこで持ちこたえると、あきれたようなため息が聞こえてきた。



「なんだスレン、おまえまだ寝ぼけてるのか?」


「おまえがいきなり大声出すからだろう!」


「いきなりじゃない! 何度も呼んだ!」



 反応しないおまえが悪いと眉をつり上げたゾルグが、指を向けてくる。

 上の空だったのは事実だった。言い訳するのも情けない。スレンは舌打ちで返事をした。



「……んだよ。さっそくネズミを見つけたのか?」


「ちげーよ! 探す場所の話だよ!」



 こんなクソ寒い中、闇雲に探してられるかと、ゾルグが頭に響く高い声で喚く。



「探すって言っても、アテがあるのかよ」


「当然! オレは誰かと違ってちゃんと総督さんの話を聞いてたからな」



 ゾルグは鼻を鳴らし、横目でスレンを見てくる。


 天幕を出たあと、ネルにかけられた言葉を整理するので精一杯だった。

 出立前、ネルがネズミの話をしていたが、スレンの頭の中には情報が残っていない。

 悔しいが、今はゾルグが頼りだ。



「昨日、里の奴らが見つけた王政派の基地は、ネフリト越山道(えつざんどう)沿いの山小屋だったって話だろ? なら、今日は越山道(えつざんどう)から外れた、谷間を中心に探せばいいと思うんだ」


「……たしかに」



 スレンは目を丸くした。生まれてからずっと北部の野山を駆け回っていたゾルグの考えは鋭い。



「……山の上の国境付近は解放軍が目を光らせてるだろうし。わたしも隠れるなら谷間におりるな」



 理にかなった考え方に素直に感心すると、ゾルグが胸を張り「だろう」と機嫌よく威張る。



「オレ的には峡谷沿いの、避難小屋が狙い目だと思うんだけど」


「んー、昨日の山狩りで山小屋を潰したんだろ? 小屋なんて、一番最初に探されそうなところに隠れるか?」


「そう言われたら……そうかも……」



 ゾルグが目を閉じて唸りだす。

 だとしたら、どのあたりが怪しいのか。

 スレンも、自分が王政派のネズミだったらどう動くか考える。



(……わたしなら、谷間でしばらくやり過ごした後、人里に戻るな)



 この冬山は気まぐれで恐ろしい。晴れていたかと思えば、少し歩いているうちに吹雪はじめたりする。


 人が立ち入るには過酷な環境だから、隠れるにはうってつけだ。

 だが、それはあくまで追跡者に存在が悟られていない場合の話だ。



 今のように、山を熟知した部隊が、大々的に山狩をしている状態で隠れてもリスクしかない。


 よほどの有名人でない限り、冬山で命と神経をすり減らしながら隠れ棲むよりも、人里におりて人に紛れた方が、確実に生き延びることができる。



「まさに、人を隠すなら人混みの中……だな」



 考えがまとまる頃、死体を埋めた日、リリウスが口にした苦い言葉が自然と口から漏れた。


 スレンのつぶやきを聞いたゾルグが、心配そうに顔をのぞき込んでくる。

 綺麗なスミレ色の瞳に影が差す。



「どうした? そんな顔して。変なもん拾い食いしたか」



 暗い影を振り払おうとゾルグをからかっても、いつものように顔を赤くして言い返してこない。

 同情するような視線が痛い。らしくない顔をされてはこちらの調子も狂う。



「……んだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」



 腕を組み、ため息と一緒に白い息を吐くと、ゾルグが視線を泳がせた。

「あーいや……その」と口ごもりながら、スレンに言う言葉を慎重に探している。



「……オレさ……戦争のこととかわかんないから、何も気の利いたこと言えないけど……」



 そんな言葉はいらないと口を挟もうとしたが、ゾルグの方が早かった。

 スミレ色の目をまっすぐスレンに向ける。吸い込まれそうなほど透き通ったゾルグの目は、スレンとは別物だった。



「あんまひとりで悩むなよ」



 羨ましいような、妬ましいような何か汚い感情が、心の底から湧き上がる。


 返答に困り、スレンは風に靡く黒髪を押さえ、黒いもやもやとした感情が口を突いて噴き出さないように、強く下唇を噛んだ。



 ゾルグの優しさを茶化したくない。

 しかし気遣いに対して、素直に「ありがとう」という言葉を口にする気になれなかった。きっとスレンにゾルグの優しさを受け入れる余裕がないからだ。


 ネルの『オルダグは恨んでいない』発言といい、綺麗事にはうんざりしていた。

 悪意も、恨みもなにもない、人として正しい綺麗な言葉をかけられるたび、自分の醜さを思い知らされるようで。惨めな気持ちになる。



(……リリウスならどう誤魔化すだろうな……)



 スレンとよく似た――人には話せない血塗れの戦場を知るリリウスの、暗く嘘くさい笑顔が浮かんだ。


 あの導師さまなら、ゾルグの労るような言葉を気にも留めず、川のようにさらりと流すだろう。


 なんでもないように笑って『心配してくれてありがとう』という、思ってもいない上っ面だけは完璧な言葉と一緒に。



(……何とも思わず、流す……)



 リリウスを真似て笑おうとしたが、今の力んだ状態では、ぎこちない笑みになってしまう。


 ゾルグが怪訝そうに眉を寄せる。気分を害したと捉えたのか、スミレ色の目が不安そうに雲ったので、スレンは取り繕うのをやめた。


 自然に笑うのは、まだスレンには難しいようだ。



「王政派のネズミのこと考えてたんだよ。――昨日の一件で、解放軍とオルダグに狙われているってわかったうえで、いつまでもネフリト山と思うか?」



 スレンは淡々と自身の考えを口にした。



「わたしがネズミなら、谷間の洞窟に隠れて体力を回復させたあと、天気がいいうちに人里に行くな。人が多い方が解放軍の目にも留まりにくくなるし」



 ゾルグが納得したように手を鳴らす。



「あぁ! だから、人を隠すなら人混みの中にって言ったのか! たしかに。蓄えも装備もない状態でいつまでも山にこもっていたくないしな」



 ゾルグは「さすが」と肩をバシバシ叩いてくる。力加減というものを知らないのか、気まずい雰囲気をどこかに飛ばすためなのかわからない。


 ただ、無邪気に笑うゾルグを見ると、スレンも自然と頬が緩んだ。ゾルグはこうでないと、こちらも落ち着かない。



「総督さーん!!」



 大きな声で叫びながら、ゾルグは後ろを歩くネルを振り返った。

 リリウスとは違う、上品なしっとりとした低い声が返ってくる。


 声を聞くだけで、先ほどの胸焼けするほど綺麗な言葉を思い出し、舌が出そうになる。

 スレンは聞き耳を立てながら、黙々と前を向いたまま足を進めた。



「総督さん、スレンと作戦会議をして、今日は谷間の洞窟あたりを探そうと思うんだけど、問題ないですかー?」


「さすが、山の民だね。もう目星をつけるとは……。こちらは問題ないよ。よろしく頼む」



 ネルの期待に満ちた声を聞き、再び胃が痛む。

 ゾルグは必ず見つけると意気込んでいるが、スレンはネズミが見つかる可能性は低いと読んでいた。



(逃げたネズミが山慣れしていたら、昨日のうちに山から下りてるだろうし……)



 張り切って朝早くに里を出たのに、なんの収穫もなければ、ネルの機嫌を損ねるのではないか不安になる。



「なぁ……ゾルグ」



 ネズミがいるとは限らないと言おうとしたが、ゾルグはもう隣にいなかった。


 いつの間にかスレンのずっと先にいる。

 目的地が決まったから、張り切っているのだろう。向こう見ずなところが少し羨ましい。



(まぁ、こっちも、ずっとぼんやりしているわけにはいかないし……)



気持ちを切り替えようと、スレンは軽く頬を叩いた。



「ゾルグ君は元気だね」



 聞き慣れない低い声がすぐ隣からした。

 誰もいないと思い込んでいたせいもあり、野太い悲鳴がスレンの口から漏れた。

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