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    解放軍とネズミ|号令は狩人を沸き立たせる


(……落ち着け、動揺するな)



 スレンは、うるさい心臓を黙らせるため、息を吸い込んだ。


 こちらはなんとかやり過ごせそうだが、問題は色々と素直なゾルグだった。

 心配になりちらりと横目で様子を見る。

 予想通り、ゾルグはネルを見つめたまま、凍りついていた。



「王政派って、王都アリンにたてこもってるやつらだろ? こんな辺鄙なとこにいるもんなのか?」



 ネルの注意をゾルグに向けないよう、スレンは辺境の小娘らしく無知を装う。作戦はうまくいった。


「いい質問だ」


 そんな機嫌のいい声と共に、暗い藍の目がスレンに向けられる。



「奴らはどこにでも潜んでいる。――街の中はもちろん、雪山、坑道。ひどいときは、肥溜めの中に隠れていたこともあった」

 


 肥溜めで王政派の人間を見つけたときのことを思い出したのか、ネルはげんなりと形の整った眉を下げた。



「じゃあなんだ。総督さんは、わざわざこんな山の中の肥溜めをのぞきにきたのか?」



 小馬鹿にするように鼻で笑う。しかし、ネルはスレンの揶揄を聞いても顔色を変えなかった。

 穏やかな表情のままゆっくりと首を横に振る。



「オルダグの皆さんに案内してもらって見つけたネフリト越山道(えつざんどう)の山小屋の中だね」


「……ん? 今日? 燻り出した?」



 見張りのザルヒの話から、王政派の隠れ家への道案内はこれからするものだと思っていた。



「……もしかして、王政派の連中はもう捕まえたのか?」



 スレンが拍子の抜けた声で訊く。

 ネルは満足気にうなずいた。ネルの表情が答えのようなものだった。



「ヴァーツラフ少尉……あ、私の部下なんだが、彼に休暇を取らせて、敵の注意を逸らした作戦が功を奏してね。一網打尽にしてやったよ」



 ネルはにこりと微笑みながら、あっさり手の内を明かす。



「いやぁー、すごかったぜ! ボロい山小屋に火をつけたら、巣をつつかれた虫みたいにワラワラと小汚いお貴族さまが出てくるんだ」


「そうそう! ネズミ共も、国境基地の要の一人がいないときに大それた作戦をするわけないって、油断しきってやがった。ひどいやつなんて、下着姿だったぞ」



 こんなクソ寒い山の中でもお盛んなことでと、下品な笑い声が響く。



 そのあとも、王政派の隠れ家潰しに同行したオルダグの男たちによる武勇伝は続いた。


 話の途中で挟まれる、擬音まみれの合いの手のせいで、少し意味が伝わりづらいところがあったが、王政派を追いこみ、うまく狩れたという事実は伝わった。



「国境でうろちょろしていたネズミのほとんどは捕まえた。……が、中に勘のいいネズミが数匹いたようでね」



 ネルは弱ったようにつぶやく。



「我々も逃げたネズミを捕まえようと全力を尽くしているが、冬のネフリト山は気まぐれだ。確実に、ネズミ共の息の根を止めるため、山の達人であるオルダグの皆さんにお力添えいただきたくてね」



 スレンが相槌を打つ様を見て、ネルが口角を緩やかに上げた。



「……正式にネズミ狩りの依頼をさせてもらおうと、里長にこの場を設けていただいた次第だ」



 スレンに集会の意図を伝えたあと、ネルは集まった里の大人たちの方を向く。



「各自仕事がある中で負担をかけることになり、申し訳ない」



 国境基地の代表というのが信じられないほど、腰の低い言葉だと内心驚いていると、ネルは頭を下げた。それも深々と。


 スレンに銃剣を突きつけた見張りの兵士も、ネルが頭を下げた瞬間、軍帽を脱いで頭を下げる。



(なんだ、こいつら……)



 スレンの知る解放軍と異なる態度に困惑していると、誰かが「頭を上げてくれ、総督さん」と言う。


 一人が口を開くと、次々と言葉が飛び交う。

「当たり前だ」「任せときな総督さん」と熱のこもった声を浴びながら、ネルは頭を上げた。



「ありがとう。この地の平和を守るため、明日もよろしく頼む」



 ネルが一言言葉をかけると、また熱烈な言葉が出る。



(……ずいぶんと歓迎されてるようで)



 たった一晩帰らなかっただけなのに、雰囲気ががらりとかわってしまった。

 まるで、別の里にいるようだ。里に来たばかりの頃感じた疎外感に似た不快感が込み上げてくる。



(まぁ、厄介事に巻き込まれる前に解放軍に協力したくなる気持ちはわかるけど……)



 自分たちの縄張りで、面倒事を起こそうと画策する輩がいる。

 争いの種は芽吹く前に刈り取らなければ、生活を脅かす災厄になりかねない。


 余所者嫌いの男たちが、解放軍にやけに協力的なのも、争いの火種でしかない王政派をさっさと潰すことが里の利になると判断したからだろう。

 大人たちの考えは理解はできる。



(……問題は解放軍が探してる逃げたネズミ……なんだよな)



 今は逃げたネズミが、万が一スレンが見つけた死体だったらという不安が勝つ。

 不安を払拭するためにも、解放軍が探しているネズミのことを知りたい。



(……リリウスが『余計なことを喋らない』って言ってたけど、あいつらが探してるネズミがどんなやつか聞くぐらいなら大丈夫だろ)



 いつまでももやもやを抱えていてはいつかボロが出そうだ。そちらの方が面倒事に発展する可能性が高い。

 意を決し、スレンは口を開いた。


 

「……その逃げたネズミって、どんなやつなんだ? わたしたち、昨日から今日の昼頃までスノーゼンの村にいたんだ。村にそれっぽいやつがいたら、見てるかもしれない」



 協力するふりをして慎重に探りを入れる。

 スレンの秘密を知らないネルは、目を見開き大げさに喜んだ。



「それはありがたい! ネズミは、国境を越えて帝国に人や物を運び出そうとしているんだ」


「物……は分かるけども、あいつら人も対象なのか?」


「そうなんだ。……あの卑怯者共は、争う意思のない王族や貴族を帝国に連れさらい、資金を得るための広告塔として利用しているのだよ」



 ネルは光のない瞳の奥に、暗い感情の炎を灯した。



「我々、解放軍が保護したシュネー姫が、帝国へ連れ攫われてしまってから、ネズミ共が勢い付いてね。……旧都アリンで抵抗を続ける連中相手に遅れを取る羽目になった」



 王都アリンに立てこもる王政派との戦いは激化していることは、サーシャの噂で知っていた。

 解放軍の――しかもそれなりの役職についている人間が、はっきり『苦戦している』と漏らすのは意外だった。



(嘘でも、王政派のネズミに勝ってるって言いそうなのに……)



 ネルは嘘をつけない性格なのだろうか。

 スレンが目を細め、疑って見ていても、ネルは嫌な顔ひとつせずに話を続ける。



「権力に執着するネズミ共は、我々が国王一家を殺したと主張しているんだよ。……そして、あろうことかシュネー姫に、仇討ちのため帝国兵をアリノールへ送りこむよう吹き込んでいる」



(……昨日の夜、リリウスが言っていた話に似てるな)



 ネルの話は、リリウスが喫煙仲間のレイモンドから聞いた話とほとんど同じだった。


 スレンが聞いたのは、帝国に一人亡命したシュネー姫が、家族の保護を訴えて、帝国兵をアリノールに派兵しようと企んでいる。というものだ。



 ネルの話との違いは、シュネー姫の動機だ。

 家族を助けるため、という話が、復讐のためという理由にすげ替わっている。



(しっかり解放軍の都合のいい話にすり替えてる。しかも、リリウスと違って、嘘くさくない。……解放軍のお偉いさんなだけあって厄介だな)



 おそらくネルは、帝国側で出回っている噂通り“家族を救うため”と言えば、健気な姫に同情し、評議会を非難する輩が出る可能性を考えて話を変えているのだろう。


 リリウスから話を聞いていなかったら、スレンもネルの言葉をそのまま鵜呑みにしていた。


 

「荷物だけでなく、人も連れて行こうとしてるなら、だいぶ目立ちそうだけどな」



 ゾルグがボソリと疑問を口にする。ネルは小さく笑った。



「我々もゾルグ君と同じことを思ったよ。……奴ら、悪知恵ばかり働くようでね。帝国と行き来するネズミは皆、君たちオルダグに扮していたり、行商人や配達員のふりをしているんだ」



 ネルの言葉に、オルダグの男が神妙な顔付きでうなずいた。



「総督さんの言う通りだ。今日山小屋にいた王政派の連中のほとんどが配達員の格好をしてやがった。……なんも言われなきゃ、配達員の休憩所にしか見えなかった」


「あぁ。……やつら恐ろしい数の武器も隠していたし。早いうちに捕まえられてよかった」



 男たちの話を聞き、ゾルグはスレンに目配せをしながら口を開いた。



「じゃあ、その逃げたネズミも、配達員か行商のふりをしているってことか?」


「ああ。我々はそう読んでいるね」



 ネルがうなずくと、ゾルグの顔色が少し明るくなる。

 スレンも安堵の息と一緒に、ゾルグにうなずき返した。



(こいつら、昨日の死体を探しにきたわけじゃない)



 昨日スレンが見つけた死体は、聖智恩教会(せいちおんきょうかい)の聖職者の格好をしていた。

 そんな目立つ格好で、国境を行き来するとは考えにくい。



「この地域の安全を確保するためにも、行く先々で不審な者を見かけたら、すぐに報告してほしい。有力な情報の提供者には報酬も出す」



 報酬という言葉に、大人たちが食いつく。

 祭りの余興のように騒ぎはじめる様子を、スレンは冷めた目で見つめた。



(報酬って、教会から施しをうけるぐらい懐が寂しいのに。……随分と羽振りがいいことで)



 今日、教会が銀を差し出したところを見ていなければ、スレンも大人の中に混じって、臨時収入が得られるとはしゃいでいただろう。


 やる気に満ち溢れている大人たちの中で、スレンとゾルグだけが浮かない顔をしているのを不審に思ったのか、ネルが声をかけてくる。



 素直に不満を顔に出しすぎてしまった。

 後悔したが、まだ誤魔化しはきく。

 スレンは頭を回し、必死に言い逃れの言葉を探す。

 スレンより先に口を開いたのはゾルグだった。



「……その、世話になってる教会の銀食器を軍に渡したばっかだから……」


 

 ゾルグは、リリウスから聞かされたことをそのまま口にする。



「教会の銀食器?」


「あ、あぁ! ……朝、スノーゼンの教会が、あんたら解放軍に教会の宝物を渡したんだ。わたしたちは教会に泊めてもらった宿代として、宝物を運ぶ手伝いをしていて……な、ゾルグ」



 正確には宝物を運ぶ場にゾルグはいなかったが、些末な問題なのでどうでもいい。



「その……総督さんのいう報酬とやらに、教会が渡した金も含まれてると思ったら、ゾルグの言う通り素直に喜べないなって」



 ゾルグの素直さがいいように働いた。

 スレンは心の中でゾルグを褒め称えながら、淡々と話を続けた。


 スレンたちはなにも嘘はついていない。

 万が一、顔を合わせたヴァーツラフ少尉やその部下たちに話がいっても、事実だと認めてくれるだろう。



「なるほど……。君たちは信心深いんだね」



 ネルはスレンとゾルグをじっと見る。

 上品な顔立ちをしているが、軍人は軍人だ。光のない目は何を考えているのか、一切読めない。



「君たちがそんな暗い顔をする必要はない。……この国をよくするために使うのであれば、導師様もきっとお許しくださる」



 うまくやり過ごせたのかわからないが、スレンはうなずいて、場を濁した。



「明日の朝までには、ネズミについての情報を出せるようにする。我々はオルダグの皆さんを頼りにしている。どうか明日もよろしく頼む」



 金という甘い餌があるとはいえ、やって来たばかりのそれも外の人間であるネルに、熱狂的な返事をする大人たちの声が、スレンには気味悪く聞こえた。

次は7/6(日)更新予定です。


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