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    冬聖女と髪色|忠告は願いに満ちている



 全てを包み込む、慈愛に満ちた冬聖女の眼差しに釘付けになる。



 雪のように白い髪が、王族崇拝にあたると解放軍に指摘されたせいで、昨日リリウスによって教会の壁からはずされた絵。


 しばらく見ることができないと思っていた。沈んだ気分が少し上がる。



 ただ、絵をダイニングに保管したままだとは思わなかった。

 いくらなんでもずさんではないか。

 スレンはリリウスをじとりと睨むが、本人は不思議そうに小首をかしげている。



「……冬聖女さまって、一応教会のお宝なんだよな」


「そうだよ。記録には百年前にはもうスノーゼンの教会に飾られていて……」


「いや、そうじゃなくて。そんなお宝をこんな誰でもはいれる場所に雑に置くなよ! 盗られても知らねーぞ」



 教会の二階はリリウスの住居になっているが、巡礼者のための宿も兼ねている。

 泊まりの客がダイニングを利用することもあり、リリウス以外の誰かがいてもおかしくはない。



 巡礼者のふりをした盗人が入り込んでくるかもしれないのに、教会の主は危機意識が薄いようだ。

「大丈夫だよ」と、何の根拠もない言葉と共にのんきに笑っている。



(……本当に大丈夫なのか……)



 スレンの心配をよそにリリウスは話を続けた。



「髪色を変えろって、解放軍からケチつけられたから塗り替えようと思ったんだけど……白以外イマイチしっくりこなくてね。スレンは何色がいいと思う?」


「何色がいいって聞かれても……」



 スレンは眉を下げ、腕を組んだ。

 険しい顔のスレンとは対照的に、リリウスは期待に満ちた目でスレンの答えをいまかと待っている。

 何か画期的な案を求めるような、きらきらとした視線が痛い。



「山育ちの人間に期待すんな! ……絵の良し悪しなんて知らないし……」


「だからだよ。こういうのはさ、変に考えるよりも、直感が大事っていうし」



 導師さまは画家のように得意気に語るが、本当にそういうものなのだろうか。

 芸術の類には疎いので、リリウスの言い分が正しいかはわからない。

 かといって、相談事に答えないわけにもいかない。



 スレンは目を閉じた。頭の中で違う髪色に変わった冬聖女を想像する。


 真っ先に思い浮かんだのは、宿の女将サーシャと同じ、眩しい金の髪。

 アリノール美人の象徴ともいえる色だが、白一色の雪景色の中では、目立ちすぎる気がした。



 かといって、スレンやゾルグのような黒髪だと、絵全体が暗く沈んで、さらに地味になってしまいそうだ。


 他にいい色はないだろうか。

 色を探して目を開けると、リリウスのグレーの髪が目に入った。

 白がだめなら、色味の近い灰色もだめなのだろうか。

 スレンが眉根を寄せて逡巡していると、視線の先のリリウスが不思議そうに首をひねる。



「どうしたの?」


「いや、あんたと同じ髪色も文句言われるのかなと、思って」


「おれの髪?」



 リリウスは火傷痕を隠している長い前髪を指ですくって、苦笑した。



「白以外だと、しっくりくるのはあんたみたいな髪色かなって」


「だめだめ。こんな燃えかすみたいな髪色にしたら、聖女さまがかわいそうだよ」



 リリウスがそう唇の片側を上げ自嘲した瞬間だった。

 騒々しい足音が響く。誰かが階段を駆け上がってくる。

 スレンとリリウスは話を切り上げて、階段へ目を向けた。



「おい、スレン! おまえなにのんきに茶を飲んでるんだ!! 昨日、朝集合って言ったよな!」



 黒い眉を吊り上げ、不機嫌丸出しの青年は、息を切らすことなく、腹の底から声を張り上げた。

 朝から絶好調な同胞を一瞥して、スレンはため息をついた。



「……朝、いなかったのはそっちだろ」



 昨日、朝に教会の前集合と言ったのはゾルグだ。


 ヴァーツラフ少尉を見送った際、ゾルグが来ていないか教会周辺を探したが、どこにもいなかった。

 淡々と言葉を返すと、青年はわかりやすく表情を歪める。



(……きっと、寝坊でもしたんだろうな)



 バツの悪そうな顔から、なんとなく察しがついた。

 リリウスが立ち上がり、ゾルグの分の茶を淹れようとする。

「ゾルグは水でいい」とスレンが冷たく言うと、聞きとれないほど早口な抗議の声が飛んできた。



「朝からうるさいな。……昨日サボった罠の回収をしないといけないだろ。茶なんか飲んでる場合か。さっさと行くぞ」

 

「のんきに茶を飲んでたのはおまえだろ!! 人を待たせといて。なんだよ、その言い草は!」


「さっきも言ったけど、おまえがいなかったのが悪いんだろ」



 スレンが返すと、ゾルグは奥歯を噛み締めた。

 何か言いたそうに、口をもごもご動かすが、何も言わない。

 そのまま床に視線を落として、口を固く引き結んでしまう。

 いつもなら無益な口論が始まるのに、今日は言い返してこない。

 騒がしい人間が、静かだと調子が狂う。



「どうしたんだよ。昨日、サーシャちゃんのとこで呑みすぎて、調子悪いのか?」



 顔色を窺いながらきくと、ゾルグはバツが悪そうに「違う」と口を開いた。



「……その、来れなかったのは解放軍がいたからだよ。……もしかして昨日の死体のことがバレたのかと思って……」



 ゾルグが覇気のない、弱弱しい声でぽつぽつと喋りだす。

 弱った相手を責める趣味はない。

 すっかり毒気が抜かれ、スレンはため息をついた。

「あれは別件」と返すと、リリウスが詳細を説明してくれた。



「いらない物を引き取ってもらったんだ。前から話はしていたけど、向こうの都合でたまたま今日で……。心配かけてごめんね」



 スレンは「まったくだ」と鼻を鳴らした。


 いつもと変わらないやりとりを見て、ゾルグも安心したのだろう。

 大きな安堵の息を腹の底から吐き出した。



「もうだめかと思ったんだぞ」と、情けない声がダイニングに響く。


「ごめん、ごめん」



 リリウスの謝罪は、相変わらずしまりのないヘラヘラとしたものだった。

 結局、心配させたお詫びとして、リリウスはゾルグにも茶と昨日の残りのシチューをふるまった。




*




 遅い朝食を食べ終え、そろそろ出立しないとまずいという話になったのは、太陽が高い位置までのぼった頃だった。



「二人とも、忘れ物はないね。ハンカチはちゃんと持った?」



 小さな子供にかけるような物言い。スレンとゾルグは仲良く抗議の声を上げた。

 こちらが文句を言えば言うほど、リリウスは元気に走り回る子供を見る親のように、にんまりと微笑む。


 性悪導師さまは、スレンたちをからかって楽しんでいるのだろう。

 何を言っても相手を喜ばせるだけと悟り、スレンはゾルグの背荷物を軽く叩き、出発の合図をした。


 

「スレン、ゾルグ」 



 リリウスが再び名前を呼んできた。

 律儀に振り返ってしまう自分が情けない。

 呼びかけに反射的に反応してしまったのは、ゾルグも同じようだった。



 リリウスの顔には、いつものような気の抜けた笑みはない。

 今から説教でも始めるのかと思うほど、硬くこわばった表情をしている。



「もし解放軍が里に来て、死体のことを尋ねてきたら、教会に埋めたって言うんだよ」



 珍しく真剣な声だった。隣でゾルグが息を呑む。



「あと、余計なことを喋らない。協力を求められたら文句言わずに従う。従順にしていれば、解放軍も何もしてこないからね」


「心配性だな」



 スレンが軽口を叩くと、リリウスはむっと眉を吊り上げる。

 前髪の隙間から覗く目は、鋭く険しい。茶化すなと訴えかけてくるようだった。



「そりゃ心配するでしょう。きみたち、解放軍の対応に慣れてるの? おれみたいにうまくやり過ごせる自信あるの?」



 リリウスが詰めてくる。

 リリウスのようにできるかと問われれば、できないが答えになる。

 反論しても言い負かされるのが目に見えているので、スレンは大人しく口を閉ざした。


 リリウスはため息をつき、話を続ける。



「いいかい、絶対に隠し事はしないように。向こうはやましい事をした人間を見抜くのが仕事だ。下手な嘘、ごまかしは通用しないと思いなさい。わかったね、特にスレン」



 名指しで釘を差された瞬間、ゾルグがにやにやと笑いながら、スレンの肩を叩いてきた。

 茶化すゾルグを見て、リリウスはすぐに「ゾルグもだよ」と付け足す。


 いつになく語気が強かった。

 気圧されたゾルグが何度も首を縦に振る。

 スレンは素直な同胞のように、うなずく気にはなれなかった。



 スレンが死体を見つけたのが原因だ。

 リリウスや同胞を巻き込むようなことはしたくない。


 リリウスがもう一度スレンの名前を呼ぶ。

 じっと見つめてくる薄青の目は、おとなしくリリウスの忠告に従う気がないことを見透かしているようだった。



「わかってる、わかってるから。心配すんな」



 スレンは、リリウスの目から逃げるよう踵を返し、教会に続く薄暗い階段に足を伸ばした。



 リリウスはそれ以上、なにも言ってこなかった。



 外は相変わらずのどんよりとした曇り空だが、まだ雪は降っていない。


 隣のリリウスが、大きく伸びをする。

 おそらく、スレンたちを見送ったあと、外のぐらつくベンチで、あの独特の甘苦い匂いのするタバコを吸うつもりなのだろう。



「ここまででいいよ。じゃあな、リリウス」



 スレンは手を振ると教会に背を向けた。

 荷ゾリのロープを握りしめ、泥で汚れた雪を踏みつける。

 振り返らなかったが、リリウスはいつものように、スレンたちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている。

 そんな気がした。

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