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    冬風と腐臭2|亡骸は静かに語る



 雪の中、天を仰ぎ倒れていた死体は、白のローブを身に纏っていた。

 白い髪に血の通っていない肌。頭から爪先まで雪と同じ色味をしている。



 スレンが死臭に気付かなければ、誰にも気付かれることなく、雪の下でゆっくりと朽ちていただろう。



「……にしても、こんなのよく見つけられたな。――もしかして、死体に呼ばれたとか?」



 ゾルグがスレンをからかうように、大きな体を縮こまらせ、体をゆらゆらと左右に揺らす。



「……かもな」



 ベタな唸り声を出す同胞から目を逸らし、死体に積もった雪を払う。



(完全に雪に埋もれてない。……昨晩は冬将軍も控えめだったし、ここで行き倒れたのは昨日のどこかになるか?)



 ゾルグの独特な幽霊のモノマネよりも、人里離れた山の中に『身なりのいい人間の死体』が『きれいなまま』転がっていることのほうが気になった。



「……目立った外傷はない。病気でぱったり逝ったとかじゃないよな」



 死因が凍死であればいいが、得体のしれない疫病で行き倒れた可能性も捨てきれない。

 最悪の可能性を口にすると、ゾルグが赤くなった鼻を鳴らし、小馬鹿にするように笑う。



「んなわけないだろ。見てみろよ、クソ寒いのに外套も着てない。どうせ、昨晩の吹雪で道に迷って、凍死した行商だろう」



 厳冬期、山中で凍死体を見かけることもある。

 人間、凍えると、なぜか服を脱ぎだすので、目の前の死体のように薄着で倒れていることも珍しくない。



「……凍死だとしても、鳥が食い荒らす前に処理しないと」


「処理って。まさか、今からこの死体を埋めるとか言わないだろうな?」



 スレンがうなずく前から、ゾルグは嫌そうに舌を出して言う。



「仕方ないだろう。……このまま放置したら、鳥が寄ってくる。死体をついばんだ鳥なんて、病気が怖くて食えたもんじゃないし」



 ゾルグが「うげー」という情けない声と共に、大きく肩を落とした。



「別にいいじゃん! おまえ、戦場帰りのくせに変なとこで潔癖だよな」


「……潔癖じゃないと、腹壊して死ぬからな」



 ゾルグの嫌味に、スレンは経験に則った言葉を淡々と返す。

 面倒だと駄々をこねてくるのかと思ったが、ゾルグはあっさりと引き下がった。文句のかわりに舌打ちの音がした。



「あーもう! クソ寒いのに!」



 不満の声はすぐに雪に吸い込まれてしまう。

 手伝うのが嫌なら、スレンを置いて、一人で罠の回収に行けばいいのに、ゾルグは律儀に死体を掘り起こすのを手伝ってくれる。



「勘違いすんなよ! オレはこのおっさんから金目のものをいただくために手伝ってるんだからな!」



 口を出す前に、ゾルグが早口で釘を刺してくる。


 わかりやすく顔を赤らめる様子を見て、思わず『素直じゃないな』と口にしたくなったが、ぐっと言葉を呑み込んだ。

 ゾルグの親切心を茶化したくなかった。



「なら、金属系のものはやめた方がいい。凍って引っ付いてるだろうし、無理に剥ぎ取ったら、しばらく肉を見れなくなるぞ」


「うっさいな! わかってるよ!」



 乱暴に吐き捨てたあと、ゾルグは死体の懐に手を突っ込んだ。



「……あと、さっきも言ったけど、このじいさん、疫病で死んだ可能性もある。変なモノもらわないように気をつけろよ」



 スレンが注意するように言っても、ゾルグは何も返さなかった。

 慣れた手付きで死体の胸元や袖口を緩め、装飾品がないか物色し始める。


 心配なので「あんまり高そうなのは足がつくぞ」と口を出すと、ゾルグの肩がふるふると震え出した。  



「どうした?」


「いちいちうるさい! おまえはオレの母親か!! 気になるなら、おまえも探せばいいだろ!」



 スレンが口ごもると、ゾルグはじとりとスミレ色の瞳を細めた。



 スレンたちオルダグ族は、山の中で自給自足の暮らしを続けている。

 基本、衣食住に困ることはないが、里にこもりがちになる冬場は、心の健康のため、酒やカードなど気晴らしの品を買う事が増える。


 いつもならスレンも、貴重な現金を得るために一緒になって金目のものを探すのに、乗ってこないのが不思議なのだろう。



「なんだよ、いまさらいい子ぶるのか? 金がないのはおまえも同じだろ!」


「そうだけど……」



 ゾルグの言うように、金はない。

 ちょっとした嗜好品を買おうにも、数年続く内戦のせいで物の値段は上がりっぱなし。現金がいくらあっても足りない状態が続いている。



 死体から、金目のものを根こそぎ回収しようと企むゾルグの気持ちはよくわかる。



(……けどこの死体、なんか嫌な匂いがするんだよな)



 スレンの動物的な勘が、この死体はきな臭いと訴えかけてくるのだ。

 例え、高価な宝飾品を忍ばせていたとしても、食指が動かなかった。



(行き倒れにしては身なりがいい。身なりがいいのに、一人で倒れている)



 一人で行動する行商や旅人であれば、それなりに大きな荷物を持っているはずだ。

 しかし、荷らしき物はざっと辺りを見回しても見当たらない。

 なにかトラブルに巻き込まれ、一人はぐれて行き倒れたのか。

 疑問が疑問を呼ぶが、明確な答えは出てこない。



(……なんというか……この死体、綺麗すぎて罠、みたいなんだよな)



 これから回収しに行く仕掛け罠と死体が重なって見えた。

 金に目が眩んで、死体に飛びついた瞬間、仕掛けが発動して首が絞まる。

 そんな不吉な予感が止まらないのだ。



 再び、山から風が降りてくる。

 風はスレンの予感の答えを告げるように、背中を撫でていった。

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