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    苦手意識と罪悪2|兵士たちは痛みを分かち合う



 リリウスの言うように、スレンが火炎瓶を投げたわけではない。

 スレンは彼がいつ攻撃されたのか知らないし、リリウスを攻撃した同胞が、どこの誰かなのかさえわからない。



「だとしても、オルダグはオルダグです」



 ヴァーツラフの言う通りだ。

 その場にいなかったから無関係だなんて思えるはずがない。

 スレンはリリウスに一生癒えない傷を負わせたオルダグの一員であることに変わりはないのだから。



「確かに。顔を焼いた“南部のオルダグ女”は憎いですね。名前を聞いとけばよかったな」



 当の本人はそう呑気な声でからりと笑う。

 たまらずスレンはリリウスの白いローブを引っ張った。


 リリウスも、ヴァーツラフのように、スレンに敵意を向ける権利がある。

 ヴァーツラフに話を合わせて、スレンを罵ればいい。



(そうすれば、変な目で見られずに済むのに……)



「少なくとも、この子ではなかったのは事実です。……あれは、戦争だった。無関係な人間を恨んでも仕方ないでしょう?」



 リリウスはスレンの内心など気にしていない調子で、気持ち悪いほどの綺麗事を口にする。



「随分とお優しいのですね。……さすがは導師さまだ」



 ヴァーツラフが皮肉る気持ちもわかる。

 綺麗事に対する苛立ちは理解出来ても、言い方に腹が立った。


 自分から話を振って、相手が自分と異なる反応を返せば嫌味と冷笑で攻撃する。

 顔がカッと熱くなった。

 嫌味の一つでも返してやろうと思ったが、スレンを制するようにリリウスが頭に手を乗せてきた。

 痛い。そう、抗議の声を上げると、手の力は緩み、頭も軽くなる。



「ただの綺麗事だということは、自分でもわかっています。……わかっていても、どこかで割り切らなければいけない、そう思うんですよ」



 どんな顔をして言っているのか確かめたかった。が、リリウスがそれを拒むようにスレンの癖のない黒髪を無遠慮にわしゃわしゃと撫でてくる。



「火傷で指が上手く動かせないし、右目もほとんど見えてない。……こう見えて、人に助けてもらわないと生きていけない、難儀な体なんです」



 リリウスは淡々と続ける。


 スレンを責めているわけではない。ただ自身の現状を語っているだけだ。

 頭でわかっていても『これがお前がしたことだ』と改めて事実をつきつけられたような気になる。


 胸がじわりと痛んだ。

 同時にリリウスがオルダグにされた仕打ちを忘れていないことに安心する自分がいた。



「見ての通り、スノーゼンはド田舎で人もいない。おれみたいなろくに働けない人間は、誰かを恨んでる余裕なんてないんです」



 穏やかな声でリリウスがはっきりと言い切る。

 本心からの言葉なのか、それともヴァーツラフ少尉を言い包めるための嘘なのか、声色からは読み取ることができない。



(どんな顔して言ってるんだろう……)



 スレンは頭を押さえる邪魔な手に腕を伸ばした。

 腕をつかんでも、つねっても、リリウスはスレンの頭から手を離そうとしない。

 しばらくの間そんな応酬が続いた。


 突然はじまった無言の攻防にヴァーツラフも困惑しているようだった。

 眉を下げ、居心地が悪そうに目を泳がせている。

 リリウスが取り繕うように咳払いをした。



「……少尉。ドラゴラードにいた子供は、こんな風にむきになって、じゃれついて来なかったですよね?」



 リリウスが片手で必死にスレンを押さえ込みながら、余裕のない引き攣った声でヴァーツラフにふる。

 少尉は反応に困っているのか、硬い顔のままうなずく。



「……ええ、まぁ。ドラゴラードにいた子供は、人形のようでしたからね」



 深いため息と一緒に絞り出したあと、ヴァーツラフは焦点の合わない目で宙を見つめる。

 彼の目はきっと、瓦礫と黒煙がただようドラゴラードの姿を捉えているのだろう。



「……泣き声も、笑い声も人のふりをして出しているだけ。実際、顔を見ればどいつもこいつも、不気味なほど無表情で……。本当に気味の悪い連中でしたよ」



 ヴァーツラフは暗い顔で吐き捨てた。



「少尉の気持ちわかります。……ここだけの話、おれ戦争のせいで、今も子供が苦手なんですよね」



 リリウスが声を落としてぼやいた。

 ヴァーツラフが意外そうに目を見開く。



「本当ですか? ……とてもそうは見えませんが……」


「一応、導師ですからね。村の子供たちを、理由もなく追い払えないですし。……で、いざ子供を前にすると、顔がこわばったり、言葉が強くなってしまって、泣かせちゃうんですよ」



 ほんと、どうすればいいんだって感じですよね、とリリウスは唇の片端を持ち上げ、弱々しく笑う。



「泣きたいのはこっちだってのに」



 最後はほぼ愚痴だったが、ヴァーツラフも思うところがあるのか、しみじみと強く首を振る。



「……ドラゴラードで『泣いている子供に近付いてはいけない』と言われたこと、覚えていますか?」


「もちろん。……見ての通り、その子供のせいで痛い目にあってますし」



 リリウスは呑気に笑うが、スレンは胸が痛んで仕方がなかった。



 二人が話しているのは、リリウスの顔の火傷の原因になった“泣き落とし作戦”のことだ。


 その名の通り、泣いている子供を餌に“優しい兵士”をおびき寄せ、物陰に潜んでいた仲間が無防備な兵士を攻撃をする――というオルダグがよく使っていた戦い方だ。 


 スレン自身も嘘泣きで兵士を騙した。

 時には攻撃に加わった。子供を助けようとする人の良心を何度も平然と踏みにじってきた。



「私もあれのせいで、今も子供がダメで……。昨日まで休暇で、家に帰っていたのですが、居心地が悪くて、結局家族の顔も満足に見れないまま戻ってきてしまって……」



 ヴァーツラフは乾いた笑い声と一緒に言葉を切った。

 余計なことを話したと言わんばかりに、口を閉ざしてしまう。



「かまいませんよ。ここは教会です。――敬愛する冬聖女の教えに『冬に立ち向かう人に手を差し伸べなさい。それが自身の糧になる』というものがあります」



 眉間に皺を寄せているヴァーツラフに、リリウスが優しい声色で語りかける。



「簡単に言うと、困ってる人の話を聞きなさいって教えでね。――話した相手は、気分がすっきりして幸せ。聞いた側も、自分にはない視点からの気付きを得られて幸せって感じで……誰も損はしない。……どうです少尉。話してみませんか?」



「そう、ですね……。抱え込んだままでは仕事に支障がでるかもしれませんし……」



 固く引き結んだ口から漏れたのは、自身への言い訳のような言葉だった。



 ここは教会で相手は導師。本音を話しても責められはしない。

 堅物で生真面目な少尉に、リリウスの言葉はよく効いたようだ。

 ヴァーツラフはゆっくり、口を開いた。

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