夕飯と戦火の兆し|夕食は日常を運んでくる
王政派のほとんどは、王政時代の利権を手放せない貴族、富豪、地主だ。
彼らも最初は、地位と名誉のため身銭を切り、外国の傭兵を雇って徹底抗戦を繰り広げていた。
内戦が長期化するにつれ、兵の質は落ち、各地で王政派の敗走が続いた。
今、王政派の軍勢は、王都アリンに立て籠もっているのが全てだと聞いている。
「あんたが気分が悪くなるって相当だな。中立国の傭兵に愛想を尽かされた時点で、解放軍の勝ちは確定したようなもの、みたいな雰囲気だったのに。王都で何が起きてるんだよ」
「一応、王都に立て籠もる王政派の軍勢は旧王国軍の精鋭なんだけどね……。士気と練度は高いんだよ。解放軍に数で押し負けそうになってるけど……」
リリウスにしては歯切れの悪い語り口で、ぽつりぽつりと話し出す。
王都で何が起きているのかと問うスレンへの返答にしては、いまいち要領を得ない内容。
どういうことなのかと追撃するか迷っている間に、リリウスが再び口を開いた。
「王政派がね、国王一家保護を掲げて、帝国の兵士を王都に呼び込むつもりらしいんだ」
なぜ帝国の兵士が出てくるのか、一瞬疑問に思ったが、すぐに自己解決した。
「……あー、王妃さまが帝国から嫁いできたときに結んだ協定があるのか……」
国境戦争の頃、大人たちが『帝国が参戦しないか』難しい顔で議論していたのを思い出す。
詳しくは知らないが、王妃が帝国に助けを求めないか、やけに気にしていたのが記憶に残っている。
「よく知ってるね。そう、反共和協定だよ」
「反共和協定……」
そんな名前だったかは覚えていない。
スレンが固まっていると、リリウスは「難しいからね」と苦笑いを浮かべる。
「おれたちの親世代ぐらいまでは、共和国は王政の国だったんだ。それは知っているかい?」
スレンはうなずいた。
国境戦争で共和国軍と組んだ際、共和国の兵士は事あるごとに『俺達、共和国が王の時代を一番最初に終わらせた』と鼻につく態度で口にしていた。
当時、共和国の国王は新大陸開発の資金集めのため、無理な増税を繰り返したらしい。
結果、民衆が蜂起。王や貴族たちは処刑されてしまった。
「共和国の革命と、王の処刑騒ぎは、隣国のアリノールと帝国、両方の統治者を震え上がらせたんだ。当然だよね。国民をいじめ過ぎたら、首を落とされたんだもの」
リリウスは乾いた笑いをあげた。
目は疲れたように伏せられ、いつものような嘘くさい笑みもない。
「反共和協定はね、アリノールか帝国、どちらか片方の国で共和国みたいな革命騒ぎが起きたら、軍を送って革命勢力を排除しましょうね、という約束なんだ」
「……内容はわかった。けど、なんで今更帝国兵が来るかもって心配してるんだ? 王さまが退位させられた時から、帝国がいつ来てもおかしくないって流れになりそうなのに」
素朴な疑問が浮かぶ。リリウスは眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をした。
「王が退位したのは、議会の決定だからね。王さまも納得した上で、議会に後を譲ったし、正式な要請がなければ、さすがに帝国側も手を出せなかったんじゃないかな」
リリウスの回答にスレンは、なるほどとうなずく。
「今になって、帝国兵が来るかもって話になったのは、王族が帝国に助けを求めたからか」
「そのとおり。……どうやら、亡命したシュネー様が、帝国の親戚に色々吹き込まれたようでね。アリノール王と、その家族の救出要請を出したみたいなんだよ」
「そんな情報、どこで仕入れたんだよ」
スレンは訝しげに眉をひそめた。
一人異国へと逃げ延びたお姫さまが、家族のため動くのは不思議ではない。
だが、なぜリリウスがそんな話を知っているのか。
王政派が帝国兵を国内に呼び込もうとしている話が出回っていれば、真っ先にサーシャあたりが周りに言いふらしているだろう。
しかし、今日、昼下がりに会ったサーシャは、教会が王政派と組んでいる可能性があると言っただけだ。
刺激的な話を好むサーシャが、スレンたちに帝国兵の話をしなかったとは思えない。
それに村中、帝国兵の話題で持ちきりになっていそうなのに、そんな話はどこからも聞こえて来なかった。
「……レイモンド情報だよ」
逡巡したあと、リリウスは喫煙仲間の名前を吐いた。
リリウスの硬い表情を見ていると、解放軍になって尋問でもしているような、妙な気分になる。
「ネフリト山を越えて帝国にも行ってるから、たまに新聞を読ませてもらうんだ」
今のご時世、外国の新聞読んでたら怪しまれるから内緒にしてね、とリリウスは釘を差してくる。
「……なるほど。アリノール国内ではそんな情報流せないしな」
評議会は、王女シュネーは亡命したのではなく、王政派によって拉致されたと主張している。
王族は評議会の"保護下"に置かれている。
保護と銘打っている以上、評議会の面子にかけて、亡命したことを認めるわけにはいかないのだろう。
「……家族を助けたいシュネー様の気持ちは分かるよ。……だからといって、国内の争いに帝国軍が介入してきたら、戦いはさらにひどくなる」
「まさに、ドラゴラードと同じ状況……だな」
口にすると、喉の奥から苦いものがせり上がってくる。
国境戦争も最初のうちは“戦争”ではなかった。
攻撃範囲はあくまで、鉱山オーナーの貴族の館、資源を運ぶ鉄道など、オルダグ族の敵だけ。無辜の市民を狙うことはなかった。
“戦争”になったのは、国王と貴族が労働者や家族を奪われたオルダグ族の抗議に目を向けず、力で封じようとしたから。
オルダグ族は国軍に対抗するため、さらなる戦力を求め、鉱山資源を担保に、共和国軍を味方に引き入れた。その結果、地獄が生まれた。
ドラゴラードの街が攻撃対象になったのは、共和国軍の入れ知恵だった。
共和国側としても、王国軍の補給を断つために、南部の主要都市を落としたかったのだろう。
当然、王国軍は主要都市を失うわけにはいかない。
ドラゴラードの街は、両国の軍がぶつかる戦場に変わった。
「……帝国軍が来たら、帝国との国境が近いスノーゼンは真っ先に狙われるだろうね」
「どうだろうな。……帝国が来る前に、村ごと潰されるってパターンもあるぞ」
国境戦争で見た光景が、生々しく視界によみがえる。
朝見つけた死体が解放軍を呼ぶかもしれない、という不安が霞むぐらい、嫌な想像が次々と膨らんでいく。
「またあんな悲惨な戦争が起きたらたまらない。……王さまたちには申し訳ないけど、助けは諦めて、死んでもらいたいよね」
スレンは目を瞬かせると、リリウスは病人のように力なく微笑む。
「……導師がこんなこと言っちゃダメだね。……聞かなかったことにして」
自虐めいた笑みがスレンの胸に深く突き刺さる。
リリウスの言う通り、人に正しい道を説く導師が、誰かの死を望むことなどあってはならない。
だが、スレンもリリウスもそんな綺麗事だけでは生き残れないことを、過去の戦争から学んでいる。
自分たちの日常を守るためなら、ある程度の犠牲も仕方ない。
冷たいが、割り切って考えないとやっていけないときがくる。今がその時なのではないか。
「王様はもう生きてないんだろ? なら評議会がそれを公式に発表すれば、帝国のお姫さまも諦めがつくんじゃないのか?」
「……スレン、噂を事実と決めつけるのはよくないよ」
リリウスは咎めるように言うが、言葉尻からも評議会が、王族を保護しているという戯言を信じていないのが滲み出ている。
「……仮にだよ」
長いため息を吐き出しながら、リリウスは切り出す。
「……国外に発表しても非難されないような、正当な理由があり、きちんと手続きを踏んだ上で、王族を処刑したのであれば、評議会は事実を公表したかもね」
リリウスが暗澹とした声色でぼやく。
表向きには、国王は話し合いの結果、国家運営を評議会に譲り、王位を退いた。
以降、政治には関わらず、一般人として暮らしていることになっている。
王はこの大陸中に親戚がいる。王妃は今の皇帝の妹、王も諸島王国の女王の孫にあたる。
王だけでなく、その家族たちを極刑に処すには、リリウスの言うように、諸外国も納得するような正当な理由が必要だ。
「まっ、評議会も、帝国と正面から戦争なんてしたくないと思うし、帝国が攻めて来る前に、なんらかの発表はするでしょ」
リリウスは重苦しい空気を振り払うように、声を張り上げた。
暗い話はここまでと言わんばかりに、にこりと明るく笑う。
「ただでさえどんよりした天気なのに、気が滅入る話をされたら、うんざりするでしょ? 冬聖女さまも『冬空の下では笑い話をしなさい』って言葉を残しているし」
冬聖女がそんな教えを残したのか疑問だが、言いたいことはわかる。
スレンは苦笑いでうなずいた。
確かに冬場は日の光が浴びれず、気が塞ぐ。
憂鬱な日に、帝国が攻めて来るかもしれないなんて話を聞けば滅入る。
そのあとにスレンが訳ありの死体を運んでくるし、サーシャの話が事実なら、リリウスは朝に解放軍の相手もしている。
「……わたしが言うのもアレだけど、災難だったな」
「ほんとにね。もうクタクタだよ。こんな日はご飯いっぱい食べて、寝るに限るね」
スレンが同意するように首を振ると、リリウスはほっと安心したように柔らかく口角を上げる。
「じゃあ、すぐにごはんにしよう! スレン、食器棚からお皿とって待ってて」
すぐ後ろの台所に向かいながら、リリウスは言う。
スレンはゆっくりと立ち上がった。
リリウスは、下手な歌を機嫌よく口ずさみながら、かまどの中にパイをいれている。
遠目から見ても、もう充分いい焼き色をしている。きっと温めなおしてくれているのだろう。
さっきまでの暗い空気が嘘みたいだった。
戦争が起こるかもしれないという話が、たちの悪い嘘だったような気さえしてくる。
(嘘であるにこしたことはないけど……)
棚の中から白い皿を取り出し、スレンは心の中でぼやいた。
スレンはゾルグやサーシャ、リリウスに振り回される毎日が気に入っている。
当たり前の日々が、またなくなるかもしれないなんて考えたくもなかった。
埋葬したきな臭い死体も、リリウスが話してくれた帝国兵が攻めてくるかもしれないという話も、日常を壊されたくないという思いから生まれた、ただの不安だ。
現実にはならない。
そう、願いながら、スレンはリリウスに皿を渡した。
1章完結です。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
スレンが見つけた死体は、どうやら訳ありのようです。
導師リリウスも、王政派の動きにやけに詳しそうで――。
激動のアリノールで、彼らは“静かな日常”を守れるのでしょうか。
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2章も引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。




