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    日暮れと答え合わせ|真実は夜の帳に溶けていく



 故人を埋葬し終えたのは、西日が雪雲を赤く照らし、すっかり薄暗くなった頃だった。


 冬の夕暮れが早いのか、それとも時が経つのが早いのか分からないが、一日は終わりを迎えようとしていた。



「二人ともお疲れさま。今から里に戻るのも危険だろうし、今日は教会に泊まっていきなさい」


「……だな。手ぶらで変えるわけにもいかないし」



 泥まみれの手で腰を叩きながら、ゾルグは疲れ切った様子でぼやいた。



 今日は罠の回収をしてから里に戻る予定だった。

 仕事をサボったわけではないが、何も持たずに帰るわけにもいかない。


 だからといって、今から山の中を歩き回るのも危険だ。

 肉体的にも精神的にも疲れ切った状態で山に入れば、必ず怪我をする。



 明日の日の出と共に村を出て、罠を回収すれば里の大人からどやされることもないだろう。

 スレンがうなずいたのを見て、ゾルグは疲れなど微塵も感じていないかのように、満面の笑みを浮かべた。



「そうと決まれば解散!! おつかれ!」



 はつらつとした声を張り上げたあと、ゾルグの日に焼けた頬が赤くなる。

 墓穴を掘って、血流がよくなったからだけではないことを、スレンはすぐに見抜いた。



「……おまえは、サーシャちゃんに会いたいだけだろ」


「いいだろ! べつに、ご褒美ぐらいあっても! 頑張ったんだから!!」



 ゾルグが、締まりのない顔のまま、言い訳がましく叫ぶ。



「なんだよ、その目! お前も教会に泊まれば『腹いっぱい飯が食えて幸せ』って思ってるくせに!」


「……残念。正しくは、肉入りシチューのパイ包みが腹いっぱい食えて幸せ、だ」



 意地悪く、はにかんで返すと、ゾルグはスレンを指差しながら、早口で喚き出す。

 なにを言っているのか全く聞き取れないが、罵られていることだけは、不思議としっかりと伝わってくる。



(……さっきまでの子犬みたいな怯え顔はどこに行ったんだか)



 スレンは苦笑を浮かべて、ゾルグの話を聞き流した。

 ついさっきまで運んだ死体が王政派かもしれないと、不安そうに大きな目を曇らしていたのが嘘のようだ。


 よくも悪くも素直に顔に表情が出て、夏の空のようにからりと笑う今のゾルグの方が彼らしい。

 不安を残さずに済みよかったと、改めてスレンは胸を撫で下ろした。


 悲しいことに、ゾルグにはスレンの内心は見えない。

 スレンが口元を緩めているのを見たゾルグの目尻が吊り上がる。どうやら自分を揶揄していると思い込み、お冠のようだ。



「ゾルグ、スレンに口で喧嘩売っても勝てないだろ? きゃんきゃん吠えるのはやめなよ」



 スレンと同じ気持ちなのだろうか、リリウスが微笑ましそうに目を伏せてゾルグを諌める。


 痛いところをつかれたゾルグは悔しそうに唇を噛み締めると、行き場のない鬱憤をぶつけるかのように唸り声をあげた。



「とにかくだ、明日の朝、教会の外集合な! 寝過ごしたら置いて帰るからな! 覚えとけよ!!」



 まくし立てるようにスレンにいうと、ゾルグは顔についた泥を拭うことなく、村の中心部へと走り去っていった。


 リリウスはへらへらと気の抜けた顔で手を振る。

 どこにそんな元気と気力を残していたのか、唖然としている間にゾルグの後ろ姿が、街路樹に隠れて見えなくなった。



「びっくりするぐらい元気だね」



 リリウスの感心するような声に、スレンは大きくうなずいた。



「さて、おれたちも食事の準備をしようか」



 上着についた泥をはらったあと、リリウスが踵を返す。

 雲の隙間から覗く夕日が、長い影をつくる。



「リリウス」



 スレンは教会へ足を進めるリリウスを呼び止めた。


 リリウスは不思議そうにスレンを顧みる。

 あたりを見回して、人がいないのを確認してから、スレンは一歩リリウスににじり寄った。


 ゾルグがスレンの内心を読めないように、スレンもリリウスの腹の中が読めなかった。


 読めなければ直接問うまでだ。

 死体のことでもやもやとしたまま、一日を終えたくなかった。



「今埋めた導師。王政派の人間、だよな」



 人はいないが、小声で切り出す。

 西日が目に滲みるのか、リリウスは眩しそうに目を細める。



「死体が持ってた写真もだ。……家族の写真なんかじゃない。あれは……」



 写っていた兵士たちが、王政派の屋敷を襲撃したか、屋敷の誰かを銃殺したあとかのどちらかだろう。


 なぜ、死体はそんな物騒な写真を隠し持っていたのか。

 あの写真は、表沙汰にはできない作戦の最中に撮られたものではないのか。

 考えれば考えるほど、不安が雪のように積もっていく。



「さっきも言ったけど、深刻に考えすぎ」



 リリウスは喉を鳴らして笑う。



「深刻にもなるだろ!」



 スレンは、リリウスの笑い声を掻き消すように声を張り上げた。

 街路樹に止まっていたカラスが、声に驚いて飛んでいく。



「あんた、今の自分の立場わかってんのか!?」



 腹の中のもやもやとした気持ちをぶつける。感情が抑えきれず声が裏返ってしまった。


 さすがに、ヘラヘラと笑って誤魔化せないと思ったのか、リリウスの顔から笑みが消える。



「腕の傷、あれはどっからどう見ても解放軍がやった痕だ! 今、教会は解放軍に睨まれてるんだろ!」


「……スレン、落ち着いて。よく考えてみなよ。もし彼が王政派だとしてもだ、国境基地からの脱走者ではないよ」


「なんでそう言い切れるんだよ!」



 スレンが叫ぶと、簡単なことだとリリウスは鼻で笑った。

 答えを知っているなら、はやく話してほしかった。なぜ、もったいつけたような言い方をするのか。

 スレンは拳を握りしめ、じとりとリリウスを睨む。



「もしあの導師さまが基地から脱走したのなら、今頃ネフリト山からスノーゼン一帯は解放軍だらけになっているよ。――彼ら、どこかの配達員と違って真面目だし、仕事も早いからね。導師さまの死体も、きみたちが見つける前に回収しただろうし」



「……じゃあ、死体が囮だったら? 死体を晒して、王政派連中をおびき寄せる罠だったら……」



「だとしても、彼は囮としての使命は果たせなかった。だって彼を見つけたのは、王政派とは無縁なオルダグの若者だよ? ……王が南部のオルダグ族にしたことを知っていれば、きみたちが王政派とつながっていると思うバカはいないよ」



 リリウスは淡々と、スレンが考えた「もしも」を否定していく。


 返す言葉が見つからず、スレンが黙り込んでいると『他に言いたいことがあればどうぞ』と顎をしゃくってくる。

 迷子の子供を慰めるような目で見られて癪だったが、リリウスの言うことは一理ある。



「心配しないで。……もし、さっきの死体の件で解放軍が来たら、大人しく死体を引き渡すよ。おれも導師という天職を失いたくないしね」


「本当か?」


「もちろん」



 探るように顔を見上げても、目に映るのはいつもと変わらない、ヘラヘラとした軽薄な微笑み。

 人の心が読めればいいのに。スレンは唇を噛んだ。

 心が読めれば、リリウスの笑顔にいちいち心を乱されたりはしないのに。



「解放軍のことは心配しなくて大丈夫だからさ、そんな顔しないで」



 リリウスの『大丈夫』ほど信用できないものはない。

 リリウスは解放軍沙汰にはならないと思っているようだが、スレンはそうは思えなかった。


 胸に巣食うもやもやが消えない。本能的な勘がまた一波乱起きると警告している。そんな気がするのだ。



「風が吹いてきたね」



 リリウスが急に腕をさすり、わざとらしく歯を鳴らして震え出した。



「はやく帰ろう。きみも寒いのは嫌いだろう?」



 スレンが顔をあげると、リリウスはにこりと微笑む。


 いつもと変わらない、ついこちらも頬が緩んでしまいそうになる、気の抜けた笑み。

 はぐらかすばかりで、何も話してはくれない。面と向かって問い詰めても煙に巻くだけ。



 戦場を経験したから、ゾルグよりも世の中を知っているつもりだった。

 だが、リリウスはスレンを対等には見てくれない。ゾルグと同じ子供と思われているからだろうか。



(……いや。わたしが、ゾルグと同じ“子供”と思われてるわけがない……)



 顔を上げると、リリウスの顔に残る痛々しい火傷痕に目が向く。

 スレンは彼を焼いたオルダグの仲間だ。かつての敵だから、本心を曝け出してもらえないのだろうか。



「スレン、行くよ」



 リリウスが動かないスレンに声を掛けてくる。

 はじめて会った日、雪の中で聞いたのと同じ、柔らかな声。



(……ずるい)



 スレンは口を曲げながら、心の中で悪態をつく。


 スレンが歩き出したのを見届けたリリウスが、ひらりと踵を返す。

 そして、そのまま軽やかな足取りでうっすらと雪の積もる道を歩き出した。

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