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極夜の狼─ウルデンガルム─  作者: 綾野智仁
第2章 若き狼たち
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第8話 急使

 騎馬隊は白い砂煙を巻き上げて陣へ(すべ)りこんでくる。先頭を駆る男は黒い長髪を風になびかせる美男子で、陣内へ入るなり声を張り上げた。



「レイン・ウォルフ・キースリングさまは在陣なさっているか!?」

「はい!! こちらにいらっしゃいます!!」



 軽騎兵の一人が答えると男は軽快な動作で音もなく馬から降りる。そのまま砂丘のふもとまで案内されると、焚火の(そば)でレインとジョシュが待ち受けていた。



「よお、誰かと思えばダンテじゃねぇか!!」 



 ジョシュは嬉しそうに近づいて力強く抱擁をかわす。男の名前はダンテ・カインハルト。彼もまたレインの幼馴染で、普段はジョシュとともにレインの副官を務めている。今回はロイドの外征に参加して(そば)を離れていた。



「お前、ロイドさまと一緒じゃないのか?」

「ええ。一緒におりましたが、急使として先発しました」

「お前が急使? ペテロ爺さんが腰でもやったか?」

「ふざけている場合ではありません」



 ダンテは軽口を叩くジョシュからレインへ視線を移した。



「レイン、お久しぶりです。ダンテ・カインハルト、ただいま戻りました」

「お帰りダンテ。無事で嬉しいよ」



 レインも鉄仮面の下で声を弾ませる。ダンテと抱擁をかわすと用向きを尋ねた。



「いったい何があった? 父上と母上に何かあったのか?」

「いえ、ロイドさまとサリーシャさまはお元気にされています。このたびは親書を持ってまいりました」

「親書? 僕に?」

「はい、さようでございます。これをご覧ください……」



 ダンテは懐から封筒を取り出してレインに手渡す。確認してみると封蝋には『翼竜(よくりゅう)』の印璽(いんじ)が使用されていた。『翼竜』の紋章は皇族のみに使用が許されている。レインはギクリとしてダンテを見た。



「これは……皇族から?」

「はい。ガイウス大帝からの親書でございます」

「「ガイウス大帝!?」」



 親書は神聖グランヒルド帝国の現皇帝、ガイウス大帝からだった。レインの隣ではジョシュも驚いている。レインは手紙に拝礼すると帯剣に付属する小刀(こがたな)で封蝋を取って手紙を読み始めた。



『藩王ロイド・ウォルフ・キースリングの息子レイン・ウォルフ・キースリング。貴公の才気煥発(さいきかんぱつ)なる噂、ウルド砂漠を越えて帝都まで響く。()の孫娘リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤは貴公を強く慕うものなり。余はリリーの心情とウルド国の繁栄を願って二人の婚礼を決断す。しかれば、一軍を率いてリリーを出迎え、(すみ)やかに挙式せよ。余も藩都(はんと)ウルディードへ(おもむ)き、二人の門出を祝福するであろう。神聖グランヒルド帝国の威信を示せ』



「……」



 親書を読み終えたレインは足元がぐらつくのを感じた。突然のことで何が何だかわからない。すると、そんなレインを見てジョシュが顔を(しか)める。



「どうした? 何て書いてあるんだ? 出征命令か?」

「いや……結婚しろって」

「ふぅん。結婚ねぇ……結婚!?」



 ジョシュは驚いてレインを二度見する。



「いったい誰とだよ??」

「リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ殿下……」

「リリー殿下だぁ!? 皇帝の孫じゃねぇか!!」



 ジョシュは大きく目を見開いたまま固まってしまった。レインは(うなず)きながらダンテの方を向く。



「ダンテ、これは……」

「そのままです。リリー殿下がレインさまとの結婚をお望みになり、ガイウス大帝はお許しになられました」



 ダンテが神妙な面持(おもも)ちで答えるとジョシュが口を挟んでくる。



「おいおい、ダンテ。リリー殿下ってアレだろ? 男を取っかえ引っかえしてるとかいう……」

「ジョシュ!!」



 ダンテは鋭い口調でジョシュを制し、周囲を見回して気を配った。



「口を謹んでください。誰が聞いているかわからないのですよ」

「ここはレイン・ウォルフ・キースリングの本陣だぞ。密告するヤツなんかいねぇよ」

「そういう問題ではありません」

「じゃあ、どういう問題なんだよ。お前は心配しすぎなんだって」

「ダンテ、ジョシュ、三人で話そう。少し歩こうよ」



 レインは見かねて二人の背中を押す。歩きながらことの経緯(いきさつ)をダンテに尋ねた。



「いったい、どうして僕が選ばれたんだ?」

「それはわかりません。リリー殿下の二十歳を祝う祝賀会で突然、殿下本人がレインとの結婚を望まれました」

「リリー殿下が僕を……」



 レインは会ったことのない皇女を思った。『リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ』……ルキウスは先帝の名前であり、グランヒルドは国名、フレイヤは皇女を守護する女神の名前だった。



──二十歳ということは僕と同じ年か……。



 レインたちの歩調が緩くなる。ダンテは説明を続けた。



「リリー殿下はロイドさまとサリーシャさまにもご挨拶なされました。その(おり)、サリーシャさまは家宝の短剣を殿下へ献上なさったそうです」

「母上が……父上はなんと言っている? 書状はないのか?」

「書状はございません。ですが、言伝(ことづて)を預かっております」

「父上から? 教えてくれ」

「『ウルドの未来を考えろ』……とのことでございます」

「……」



 父ロイドは遠回しに『リリー殿下と結婚しろ』と言っている。そのことはダンテやジョシュにもわかった。二人は真剣な顔つきでレインの答えを待っている。



──父上と母上はこの結婚を認めている。僕の病状を知っているのになぜだ……断れない理由でもあったのか? それに、リリー殿下本人は僕の(やまい)を知っているのだろうか……。



 様々な思いが脳裏をよぎる。レインは自分の容姿を思って奥歯を噛んだ。いかなる理由があるにせよ、リリーがレインの素顔を見れば気味悪がって嫌悪するだろう。そう思えてしかたがなかった。



──リリー殿下に会って結婚が撤回されればいい笑い者だ。恥をかく未来しか待っていない……。



 陣の外れまでくるとレインは足を止めた。昇り始めた太陽の光を浴びて大地が白く輝いている。レインにとって()むべき陽射しは世界を色鮮やかに変え、白い大地と真っ青な空が世界を二分(にぶん)していた。



──そういえば、リリー殿下の髪は白銀で、瞳は澄みきった空のように青いと聞く。



 その昔、帝都へ派遣された使者がリリーの容姿を語っていた。朝廷に姿を見せたリリーは目も(くら)むほどに美しく、微笑むだけで宮殿が華やいだという。レインは自分と対照的なリリーが羨ましく思えた。



「なあ、ダンテ、ジョシュ。二人はリリー殿下のことを知っているか?」

「「……」」



 レインが尋ねると二人は気まずそうに顔を見合わせる。辺境まで聞こえてくる皇女リリーの噂は(かんば)しくなかった。



「お前は噂に興味がないから知らないかもしれないが……」



 ジョシュは困り顔で説明を始めた。

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