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極夜の狼─ウルデンガルム─  作者: 綾野智仁
第2章 若き狼たち
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第7話 流星

 レインは砂漠で見上げる星空が好きだった。この日も、夜空に流れる星の数を馬上でなんとなく数えている。その顔は爛れた皮膚や腫れあがった(まぶた)を隠すために鉄仮面で覆われ、手綱(たづな)を握る手や鎧の隙間には包帯が巻かれていた。


 レインの顔や身体中に広がる皮膚炎の痒みと疼きは夜だけ和らぐ。レインにとって夜空に輝く月や星々は死と安らぎを教えてくれる最も身近な存在だった。



──帝都の学者は流星のことを『宇宙に存在するチリである』と言うけれど、僕にとっては『死にゆく星』だ。その方がしっくりくる。



 頭上で(またた)く星々は手が届きそうなほどに近い。だが、その姿は遥か彼方のもので、今見えている星々の中には消え去った星もあるという。美しい星空には死があふれていた。



──天狼星(てんろうせい)の近くを星が流れた……やはり、『死にゆく星』が最期に強く輝くからこそ美しいんだ。



 レインは鉄仮面の奥で目を光らせる。



──僕もいつかはこの醜い身体を魂ごと燃やしてしまいたい。



 呪いにも似た願望を抱きながらレインは馬首をめぐらせた。そこは白い砂が大地を支配するウルド砂漠。巨大な砂丘(さきゅう)の頂上だった。



「おーい!! レイン!!」



 砂丘の下ではレイン配下の軽騎兵たちが焚火を囲っている。その輪の中から一人の男が立ち上がった。金色の短髪で気の強そうな眼差しをしており、よく鍛え上げられた身体つきをしている。



「なあ、星は数え終わったか!?」



 男の名はジョシュ・バーランド。レインの幼馴染で頼れる副官だった。ジョシュのいたずらっぽい笑みを見たレインは鉄仮面の下で苦笑しながら首をふる。



「いや、まだだ」

「そうか。星を数え終わったら、今度は砂粒を数えてくれよ!!」



 ジョシュがからかうと他の軽騎兵たちもつられて笑う。ジョシュは干し肉をかじり

ながら両手を広げた。



「なあ、レイン!! 星空を()でるのもいいですが、たまには大いに語り合いませんか?」

「昨日も一緒に飲んだだろ」

「そうかもしれませんが、ロイドさまとサリーシャさまのご到着まで、まだずいぶんとかかるはずです!!」



 ジョシュは砂丘を登って近づいてくる。レインも馬から降りて砂丘を下り始めた。合流するとジョシュへ手綱(たづな)を渡しながら語りかける。



「父上と母上ならすでにダール国を通過している。もうすぐウルド砂漠だ」

「お二人が? どうしてわかる?」

「それは……」



 レインは東の果てへ視線を移した。地平線の彼方では空の片隅が明るくなり始めている。



「星がそう言っていた」

「星が?」

「ああ。なんとなく、そう思うんだ」

「……」



 ときどき、レインは予言めいた不思議なことを言う。それは直感的なもので根拠などなかったが、よく当たった。雨が降ると言えば雨が降り、砂嵐がくると言えば本当に砂嵐がくる。そのことを知るジョシュは「またか」といった様子で微笑んだ。



「レインの予想は当たるからな。今度は俺の恋愛でも占ってもらうか」

「……ジョシュ、僕をバカにしているだろ」

「そんなことねぇよ。それより、ロイドさまとサリーシャさまが無事に帰国なさるんだ。お前も嬉しいだろ?」

「ああ……」



 二人は今、出征しているレインの両親……藩王(はんおう)ロイドと奥方サリーシャを迎えるため、ウルド砂漠に陣を()いていた。


 藩王(はんおう)として君臨するロイドは『砂漠の狼王(ウルデンガルム)』とも呼ばれ、レインは後継者として大いに期待されている。だが、それと同時に、



『レインは父が藩王だから醜くても生きてゆける。母が将軍だから戦わずにすむ。醜い狼の子供は生まれ落ちた先が幸運だった。本来ならば厳しいウルド砂漠で生き抜くことなど叶わなかっただろう』



 という陰口もささやかれていた。レインにとって何よりの苦痛は醜い容姿を揶揄(やゆ)されることではなく、父や母の名誉が一緒に傷つけられることだった。



──今回の出征も参陣できなかった。やはり、こんな身体では父上や母上の期待に応えられない。また二人に恥をかかせてしまった……。



 そう悔やむのは何度目だろう。爛れた顔、膿とカサブタだらけの身体、鉄仮面や包帯抜きには外出もままならない。原因不明の皮膚病は多感な青年が激しい劣等感を抱くのに十分だった。物思いに沈んでいると、おもむろにジョシュが肩を組んでくる。



「またくだらないことを考えているだろ? 顔に出てるぞ」

「顔なんて見えないだろ」

「いいや、見える。俺にはお前の顔色がわかるんだよ。『僕はだめなやつだ……』とか考えているときの顔だ」



 ジョシュは大真面目にだった。待ち受けていた軽騎兵に馬を渡してレインを睨む。



「いいか、レイン。俺たちは誇り高い砂漠の狼。お前は群れの統率者なんだ。もっと野心的で覇気のある姿を見せてくれよ」

「無茶を言わないでくれ。僕には無理だ」

「またそれかよ、じれってぇな。それじゃあ……」



 突然、ジョシュは焚火を囲む軽騎兵たちへ向かって声を張り上げた。



「なあ、みんな!! 俺たちウルドの狼が忠誠を誓うのは誰だ!?」

「「「レイン!!」」」

「俺たちの鋭い爪と牙は誰のためにある!?」

「「「レイン!!」」」

「俺たちの命は誰のものだ!?」

「「「レイン、レイン、レイン!!」」」



 ジョシュが呼びかけると同年代の軽騎兵たちが声をそろえて呼応する。それは(とき)の声のように砂丘の合間へ雄々しくこだました。



「わかったから、もうやめろって……」



 ジョシュは元気づけようとしているらしいが、レインにとっては気恥ずかしいばかりだった。だが、傍迷惑(はためいわく)に感じながらも心のどこかで感謝する自分もいる。心ない言葉や陰口を知りながらも挫けなかったのはジョシュやみんなの忠誠と友情があるからだった。



──きっと、僕は父上のような『砂漠の狼王(ウルデンガルム)』にはなれない。母上のような戦将にもなれない。でも、せめて……。



 レインは満足そうに微笑むジョシュや軽騎兵たちを見渡した。



──彼らにとって誇れる人間になりたい。



 そう願わずにはいられない。誰かに期待されることがどれほど幸せなことか、レインは知っている。決意を新たにしていると急に周囲が慌ただしくなった。見張りに出ていた軽騎兵が転がりこんでくる。



「東より騎兵の一団がまっすぐこちらへ向かってきます!! その数、数十騎!!」

「何!? 旗の紋章は!?」

薄明(はくめい)にて紋章までは確認できませんでした!!」



 ジョシュが尋ねると軽騎兵は首を振る。間もなくして、もう一人の見張りが遠くで大声を上げた。



「紋章は『狼』!! 友軍です!!」 


──友軍? 急使か?



 レインとジョシュは顔を見合わせた。ロイドとサリーシャの帰国は日取りが正確に決まっている。急使は異変を示していた。



──父上と母上に何かあったのか!?



 思う間もなく、騎兵の一団は馬脚をそろえて急接近してくる。運命を告げる急使は朝陽とともに東の果てからやってきた。

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