俺を、“転生”させてくれよ(1)
あ、俺死んでる。
気が付いたら体が透けていて、ふよふよと宙に浮いていてた。試しに近くの電柱に触ってみようと思ったが、案の定自身の手は電柱をすり抜けた。
あー空飛べてんなー夢叶ったなーと現実逃避をしてみても、今のこうやって飛んでいても誰も何も言わない、そもそも誰も自分自身を見えていないことが明白だ。
死んだんだなと頭でわかっていても、ある一つの疑問がずっと消えることはなかった。
なんで俺こうなっているんだろ。
自分が死んだことは分かってる。でも、どうしてこうやって地上にとどまっているのかが分からない。自分がどうやって死んだのもちゃんと認識している。でも、いくら思い出そうとしても、成仏せずにここにいるのか、その理由がどこかに落としてきたかのように全く心当たりがなかった。
「ってことで、俺がどうしてこうなっているのか知らない?誠。」
「知らねぇ。…つかお前マジで蓮…なんだよな?なんでここにいるんだよ。」
俺の疑問を知らないの一言でぶった切り、俺を信じられないような目で見ているこの男は俺と同い年の神谷誠。俺の幼馴染であり、幼稚園からの仲だ。中学生までは同じ学校にいたが、高校に上がるタイミングで誠が家の都合で東京に引っ越すことになったため、そこからはこうやって顔を合わせる機会がなかった。しかし、連絡は偶にとっており、引っ越し先の住所や、この春から通う大学に近いところで一人暮らしをすることも知っていた。もちろん、その一人暮らしする住所も教えてもらっていた。そいうや、遊びに行っていいか聞いたことあったな。まぁ、遊びに行けずに終わってしまったが。
なぜ俺が誠に会いに来たのか、それにはちゃんとした理由がある。別に久しぶりに会いたかったからとかではない。…いやそれも少しはあるけど…とにかく!理由はあるから!!
「にしてもよかった、誠のその強い霊感が健在で。お前なら俺の姿が見えるんじゃないかなって思ったんだよ。」
「…とにかく、いつまでもそこで浮いてないで中入れよ。このままだと俺がなにもいないところを見つめて独り言を話すヤバい奴だと思われるだろ。」
誰に見られているか分からないだろと、2階の窓の前で浮遊していた俺を部屋に招き入れてくれた。
オレはお邪魔しまーすと素直に誠の部屋に入った。相変わらず物が少ないな。
“誠は霊感を持っている”
これが誠に会いに来た理由だ。幼稚園の時から誠は、他の人たちには見えないナニカの存在にいつも怯えていた。よく何もいない空間に向かって泣き出して周りの大人を困らせていたのをよく覚えている。小学生に上がり、学年が上がるにつれてそれも落ち着いて泣き出すこともなくなったが、霊感は消えず、誠は上手く霊を対処しているみたいだった。
今の俺と話が出来るとしたら、誠しかいないと思った。
「…で?お前は俺が知ってる“佐々木蓮”で本当に間違いないんだな?」
「おう。」
「俺の知ってる佐々木蓮は、3日前に…交通事故で亡くなったって母さんから聞いたけど。」
「聞かなくても分かんだろ、俺死んでんの。葬式も終わってる。」
俺はまだ状況がのみ込めていないのであろう誠の目の前でひらひらと右手を振り、自分は透けているぞとアピールした。
誠は顔を歪ませ、ため息を吐いた。おいおい、そんな嫌そうな顔するなって。それが、久しぶりに再会した友人に対する態度か?
「お前が3日前に死んだ蓮本人なのは分かった。…じゃあお前、どうしてここにいるんだ。」
「葬式にこなかったお前を呪いに来た…って言ったら?」
「……。」
「冗談だよ、ジョーダン。そんな顔して睨むなって。突然のことだったし、すぐにはこっちに来れなかっただろ誠は。」
「…行けたのなら、行ったさ。」
「だから、分かってるって。冗談だし、俺が誰かを呪うような器の小さいタイプじゃないの知ってんだろ~。」
コイツ、こういうところ変わらないな。律儀な奴だ。まぁ、今のはブラックジョーク過ぎたのは認める。霊感があるコイツにとって、呪いは良くなかった。きっと、経験したことがあるんだろう。
俺はそんなことを思いながら、誠の部屋を物色する。部屋に物は少ないが、本棚には俺が読んでも理解できなさそうな、難しい本がぎっしり敷き詰められていた。試しに一冊取ろうとしたが、自分の手が本をすり抜けてしまい、そうだ死んでいるんだったと苦笑いした。
「…そろそろ教えてくれよ。お前が成仏せずどうしてここにいるのか。」
「実はさ…俺にも分からないんだよねー!」
「…はぁ?」
「ちゃんと自分が死んだことも理解してる。でもな、成仏できない理由の心当たりはないんだよな。」
「…楓ちゃんのことは?」
「楓?あいつは大丈夫だよ。高校受験も上手くいって、この春から高校生だ。テニスも続けるらしいし、この先もやっていけるだろ。」
一応ここに来る前に見てきたしな。今は…元気はないけど、時間がたてば元気になるだろ。そこまで弱いやつではない。最初だけだ、辛いのは。
「でも…心配じゃないのかよ、お前の妹だろ。…たった一人の家族じゃないか。」
「うーん。まぁ心配じゃないっていったら嘘になるけど、大丈夫って思っているのも本心なんだ。ずっとここまで育ててくれたおばさんたちもいるしな。もう、あいつの家族は俺だけじゃねぇよ。だから、成仏できない理由じゃないと思う。」
俺の両親はもういない。父親とはとっくに離婚しており縁は切れており、母親は病気で俺が中学生に上がった頃に他界。そんな俺たちを引き取ってくれたのが母の姉さんだった。伯母さんは俺たち兄妹を実の子どものように育ててくれた。本当に感謝してもしきれない恩人だ。伯母さんと楓は仲が良いから、伯母さんがいるなら大丈夫だろう。母の時のように、きっと乗り越えられる。
もちろん誠も恩人の1人だ。中学生の頃随分と心配をかけてしまった。その頃を知っているから、楓の話をだしたのだろう。本当に、コイツは変わらず優しい奴だ。
「…じゃあ、彼女か?」
「ないない!俺に彼女はいねぇよ。そういうお前はどうなの?こっちで彼女できた?いやーそんなにイケメンになってんならいてもおかしくないよなぁ。」
「話を逸らすな。今はお前の話を聞いている。」
「ちぇっ、いいじゃねぇかよ久しぶり会ったんだからさ。」
なぁなぁ~っと誠の周りをぐるぐる回って、誠の頬を人差し指で突く。触れられないが。そうしてると、誠の身体が震え始めた。やば、やり過ぎたか?
「はや…と、お…だよ…。」
「ん?」
「早くしないと、お前が悪霊になるんだよ!!」
「は?」
「お前は知らないと思うけどな!死んでもなお成仏できずにこの世にとどまり続ける霊は、そのうち人に危害を加える悪霊になるんだよ!!」
「悪霊…?」
「俺は今まで悪霊を沢山見てきた!成仏できずにいた霊がその内悪霊になって、襲われたこともある!早くしないと、お前もそうなるんだぞ!?分かったらへらへらしてないで、もっと危機感を持ってくれ!!」
フーフーと息を切らして叫ぶ誠の姿に気圧され、思わず俺は誠の正面に正座で座り込んでしまった。手を強く握りしめ、震えているのが見えた。襲われたこともあると言っていたように、俺が知らないところで誠は苦労してきたんだろう。いつから幽霊のことを話さなくなったのか、詳しい事は覚えてないが、中学生に上がってからはめっきり幽霊のことは言わなくなった。見えなくなったからではない。周りに言うと変な子だと言われてしまうからだ。それでも、幽霊を怖がっていたのは変わらない。誠が怯えているときに、一緒にいるようにした。それでも、誠は俺にも何も言わなかった。知らない中じゃないのだから、頼ってほしかった。ま、言っても変わらなかったが。…でも一度だけ、何か話そうとしていた時があったような…。あれ、何を言おうとしていたんだろう…。
「おい、聞いているのか。」
おっと、どうやら別のことを考えていることがばれてしまったようだ。
「聞いてる聞いてる。」
「ならもっと…「なぁ」…なんだよ。」
誠の言葉を遮り、正座していた体制から立ちあがった。そのまま窓辺に立ち空を見上げる。空はすっかり夕暮れで、辺りは真っ赤に染まっていた。明日も天気はいいだろうななんて思いながら、俺は誠に向きあった。
「今からいう事が、俺がお前に会いに来た本当の目的だ。」
「……。」
誠は俺のことを黙って見つめている。なんか、今初めてちゃんとコイツの顔を見たな。記憶にある誠のより、少し顔つきが変わったな。そりゃそうか、最後に会ったのは中学生の卒業式。身長も伸びるし、体つきも変わる。コイツはこの先、もっと男前なるだろう。彼女くらいいてもおかしくない。誤魔化しやがってこのー。
そんなことを思いながら、ニヤッと誠に笑った。
「俺が成仏できるように、協力してくれない?一緒に成仏できない理由を探して、俺を成仏させて……
俺を、”転生”させてくれよ。」
異世界転生とか、憧れるじゃん?
「……は?」