深窓の姫君、独りでは生きられない
お読み頂き有難うございます。
ジャンルに悩みますね…。
まあ、わたくしがそこなる令嬢を虐めたと仰るの。
それは不可能ですわ、殿下。
だって、わたくし。何ひとつこの手で動かせるものは御座いませんもの。
殿下だってそうで御座いましょう?
例えば、当家でお召し上がりでしたお茶。お湯を用意することも不可能ですし、茶器や茶葉を買う為に商人ひとり呼べません。そもそも、対価である金貨を稼いだことも御座いませんもの。
身支度だって出来ませんわ。
殿下だって、侍従無くしてはその眩く輝く御髪を一晩も保てませんし、その複雑な釦を付けられたお召し物ひとつ纏えませんわよね?
数々の手を経て用意されたものに、感謝しなくては。
「そういうことではない!」
いえ、同じことですわ。
我々貴族は、数多の者の手で飾り立てられないとここに立つ事すら不可能です。
ですから、仕えてくれる彼等の行動に責任を持つのですわよ。
そんな彼等に悪事を働かせようなどと思う筈も御座いません。感謝こそすれ、悪事に手を染めさせようなどど、とんでもない侮辱ですわ。
ですから。
その方を取り押さえたのは、正当なる行為です。
何ですって? 彼女のドレスを故意に汚したと言いましたか。
「押さえつけて跪かせただろうが!」
そうですね。
取り押さえさせた結果、ドレスを汚させました。
ですが、その前のことはご存知?
高らかに皆様の前で、侮辱なさいましたのよ。
ええ、開国の祖より受け継がれた誉れ高き血、我が公爵家! わたくしの家を詰られましたの。
「詐称するな、悪女が!」
詐称とまで仰られますか?
愛するものを無条件で信じる心は美しいですのね。
ですが、悪行は罪。侮辱は卑劣な行為ですわよ。
「お前の家が身分を笠に着てあくどいのは事実だろう! 本当のことを言って何が悪い?」
まあ、この期に及んでの御戯れですか?
貴族にとって体面は大事だと、教育を受けた3歳の子供でも存じておりますでしょう?
「コソコソと煩い!!」
声高に叫ぶ方こそ、教育を疑いますわね。
ねえ、そこの殿下の後ろで震えながら、ほくそ笑んでいる初対面の方。
貴女、元平民だと仰いました? きっととても器用なのね。そのように顔を直ぐに見苦しく作れるのだから。
可愛らしい? 鼻と喉を鳴らして可愛らしいと愛でられるのは、小動物くらいでしょう?
まあ殿下のご趣味はお聞きするまでも有りませんわね。
器用な方ですもの。きっと、その方はそのドレスを全て完璧に纏えるほど、身支度に長けているのかしら? 凄いわ。
背中にある沢山の釦も、身動きできない程締められたコルセットの紐も。
たくさんのピンを使う後頭部の結い上げも、全て独りでこなせるのね。
まあ、おひとりではない? 何方が為さったの?
ひとりでは着られない?
貴族となったのだから、世話されて当たり前?
では、何故平民としての身分を笠に着て容赦や寛容を願うのかしら。 男爵の庶子として世話を焼かれた、下級貴族の子女として此処にいるのではなくて? どの立場で、どの顔で殿下のお傍に侍っているのかしら? でも変ね。下級貴族なら、平民なら……最期の時は、どうなるかは知っている筈。
あら、だんまりなの?
そもそも、殿下もご冗談が過ぎますわ。
今年の春のことをお忘れ?
傍を通っただけの、罪もない平民へのお仕打ちは覚えておられませんの?
重い荷物を運んでいたのに、道を開けろと無茶を仰り、うっかり泥跳ねを上げてしまった平民をお忘れですか?
三十年前に廃止された残忍な鞭打ちを、よりによって棘付きの鞭で命じられたではありませんの。後日耳にして、気を失いかけましたわ。薬を届けさせましたけれど……そのお顔は、お忘れのようですね。
確か、『ご予定にもない城下のご視察』の明け方のお帰り際でしたわ。報告を受けております。
服と名誉。
汚されて怒りを覚えることに、何が違いますの?
「ひ、ひどい……。関係ないことばっか言って! あたし、謝って欲しいだけなのに……」
「この……悪女め! お前など、もう婚約者ではない!」
ええ、ええ。此方も関係ないことばかり、聞き飽きましたわ。
どれだけ語彙がないのです? どれだけ他責思考で被害者ぶるのです?
「だから、謝……? あれ? 何か、おかしくないですか? 床揺れて、頭が、え、何……。い、いた……」
「え? な、何だ……。痺れて……」
やっとお気づきになられまして? お体は本当に頑丈なのね。平民として生きて居られる道をお選びになれば宜しかったのに。
「此処は、何処だ? 揺れる……暗い……、き、気味悪い化け物!?
何だお前……!」
「え、な、何……ここ……!? やだ、ひっ… ば、ばけ…」
そうそう。頭に血が上りすぎると、眼の前がよく見えなくなるのですって。
お互いに合わせて飾られたお衣装のお姿、今はどんな素敵に映るのかしら? 激昂すると、よく効くのですって。
貴方がたが纏わされた髪飾りやお衣装に靴。
ひとつひとつの役目は小さいけれど、比重を考え抜かれて配置されるもの。重なり合って貴方がたを飾り立て、蝕むこともあるもの。とても悪事とも取れない、些細なものでも。
ああ、この夜会でのお食事はお口に合って?
誰から齎されたか、覚えていらっしゃる? そう、沢山のね。
わたくしは深窓育ち。独りでは、生きられないの。
飾り立てられるのも、地獄へ追いやるのも。