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私、イケメンとは付き合えません!!~イケメン幼馴染から「付き合って」と言われたので全力で逃げます!~

作者: 朔間


「ねえ、君。ハンカチ落としたよ」


 私は、ミラ。たった今、人生最大のピンチに陥っている。

 

 それは、次の講義を受けるため親友のエミリーと教室を移動していた時のことだった。

 エミリーとたわいのない話をしていると、突然後ろからポンポンと肩を叩かれた。

 誰かと思い、ふっと振り返るとそこには……。

 そこには、美しい顔立ちをした男子生徒が、手に私のハンカチを持って立っていた。

 彼は薄い唇を開き、耳がとろけてしまうほどに甘い声で言った。


「ねえ、君。ハンカチ落としたよ」


 どうやらポケットに入れていた私のハンカチが、気づかぬうちに床に落ちてしまったらしい。


 イケメンがハンカチを拾ってくれる。これは、恋愛の始まりとしてよくある話で。

 普通の人がこの場面に遭遇したら、

『なんて優しい人なの……。しかも超イケメン!何だか急に胸がドキってして……え、待って?何この気持ち……。もしかして、これが……恋?』

なんてたちまち恋する乙女になってしまうだろう。


 だが、私は違う。そこら辺の女性とは、一味違うのだ。


 イケメンに声を掛けられて、私が放った第一声は……。


「ヒイイイイイイイイイイイイイ~~~!!!」


まるで化け物に遭遇したかのような大絶叫を上げながら、ハンカチを分捕って、全速力でその場から逃げた。


「え」

「ちょっ、ミラ!!」


 呆然とするイケメンと戸惑うエミリーに脇目もふらず、イケメンが追ってこない場所まで逃げてくると、人目に付かないところで蹲る。 

やがて慌てて追いかけてきたエミリーが私を見つけると、盛大なため息をついて、私の肩をやや強めに叩いた。


「ヒイ!……ああ、エミリーね」

「もう、またいつもの発作が出たわね。いい加減克服しなさいよ」

「だ……だって……怖いんだもの……。怖いの、イケメンが……」


 そう、私はイケメンが大の苦手なのだ。

 

私がイケメンが苦手な理由は、とても緊張してしまって自然体でいられなくなるから。

 イケメンを前にすると心臓がバクバクと高鳴り、胸が苦しくなる。正気を保てなくなってしまう。自分が自分でなくなってしまう感じがして、何か怖いのだ。

 あと、私なんかに話しかけてくるイケメンは多分だけど絶対何か企んでる。騙されそうな気がして警戒してしまうのだ。まあ、自分に自信がないからそう思ってしまうのだろうけど……。

 

まあそんな感じで、とにかく私はイケメンが苦手なのである。

イケメンに話しかけられると、さっきのような奇行に走ってしまうのだ。

 

そんな私を見て、エミリーは呆れたようにため息をついた。


「さっきの彼、すごくビビってたわよ」

「そうよね……ごめんなさい。でも、やっぱり私には無理よ……」

「ったく。ほら、立って。授業遅れるわよ」

「ええ……」


 差し伸ばされた手を取って、ようやく立ち上がる。

 そして、さっきのイケメンに見つかるのを恐れて、教科書を被りながら教室へと向かった。

 ちなみにエミリーは仲間だと思われたくないのか、私からちょっと距離を取っていた。


◇ ◇  ◇


先の騒動から数日後のこと。

隣のクラスに転入生が入ってきたらしい。周囲の女子生徒の反応を見る限り転入生は男子……そしておそらく、イケメンである。

まさかの天敵の増員に私は頭を抱えつつも、「まあ、私に話しかけてくるなんて、よっぽどのことがない限り無いわよね」と余裕をぶっこいていた。


が、そんなある日、エミリーと休み時間に図書館へと向かっていると、


「げっ……」

向こうから、例の転入生がこちらへ歩いてきていた。


『キラキラ』という効果音が聞こえてきそうなほど、美しく透き通った金髪。眼鏡をかけているが、外国人のような深い奥目に長い睫毛が輝いているのがはっきり分かる。鼻筋も言わずもがな綺麗に通っている。

 THE・イケメン。誰が見てもイケメン。もしイケメンを学ぶ教科書があれば多分1ぺージ目に載っているであろう、そんな完璧イケメンである。

その圧倒的イケメン力に、エミリーを含め周囲の女子生徒はメロメロになり、私は膝を屈した。

……とんでもないイケメンが転入してきてしまった。

このままでは私の心臓がもたないので、私はすぐに回れ右をしてその場から立ち去ろうとする。


しかし、それを引き留めたのは私の大親友・エミリー。


「ちょっと、待ちなさいよ……」

「エ、エミリー……?」


エミリーはいつもより2つほど低いトーンで言った。


「イケメン、克服するんでしょ……?ほら、今がチャンスよ。話しかけなさい」

「む、無理よ……!あ、あああんなイケメンに話しかけるなんて!エミリー、私に死ねって言ってるの……!?」

「いいから!話しかけてきて、克服して……ついでに好きな紅茶の種類も聞くのよ!紅茶のことは後で教えて、お茶会開くから!」

「最後は貴方の願望じゃない……!無理無理無理。エミリーが話しかけて!」

「私が話しかけたら意味ないじゃない!」


 そんな感じでエミリーと言い争っていると、


「ミラ……?」


 突然私の名前が呼ばれる。

 驚いて声の方を振り向くと、話題の転入生が私達の前に立っていた。


「ヒッ……」

 

 突然のことに驚いて、足が竦む。

 一方で、私の脳内ではすさまじいスピードで思考が回り始めた。


 イケメンは話しかけてきた。何故……?もしかして、「そこ邪魔なんだけど」的な?それか、どこか行きたい場所があるけど転入すぐで分からないから聞いてきたとか?それともまたハンカチ落としちゃったのかも……。

 ……ん?というか私、今名前呼ばれた……?


「ミラ!君、ミラだよね!」

「……え?」


 ぱっと花咲くような笑顔を浮かべたイケメンが、嬉しそうに私の手を握ってくる。

 あまりに訳が分からな過ぎて、私は石のように固まってしまった。

 しばらくフリーズしていると、


「……」

「あれ、ミラ……だよね?」

「……」


 全く反応しない私を不安そうに見つめるイケメン。

 とうとう私がミラじゃないかもしれないと思い始めてきたらしい。

 私としてはその方が好都合なので、そのまま黙っていることにしたが……


「あ、その子ミラで合ってますよ」


 大親友からのまさかの裏切り。

 私がエミリーを睨むより先に、イケメンが歓喜の声を上げる。


「やっぱりミラだ!久しぶり!元気だった?」


 こうなるとさすがに無視できない。

 私は精一杯の勇気を振り絞って、口を開く。


「え、えええ。わ、わわ私がミラだけど……?あ、ああああなた誰かしら……」

「覚えてない?アランだけど。アラン・ブラント」


 アラン。その名を聞いてハッとした。


「アランって……ち、小さい頃よく遊んだ、あのアラン……?」


 そう言うと、彼はより一層嬉しそうな顔をして「そう!」と元気よく言った。


 懐かしい。アランといえば、私が7歳の頃によく一緒に遊んでいた男の子だ。

 ある夜会に参加した時に初めて出会い、家系的に仲も良好だったので、よく二人きりで遊んでいた。

 途中で彼が引っ越してしまったのでそこからしばらく会っていなかったが、まさか同じ学園に通うことになるなんて。


「ほ、本当にアランなの……?だ、だって貴方……」

「うん。スマートになったでしょ?あの時は太っちょだったけど、あの後頑張って瘦せたんだ」

「あ、ああ……そういうこと……」


 そう、彼は当時まるで風船のように丸々とした体形だった。歩くたびに『ぽよんぽよん』と聞こえてきそうなほどのマシュマロボディだったが、今はその名残が欠片もないイケメンとなってしまったようだ。個人的には、あの丸々体形に癒しを感じていたので、彼がイケメンと化してしまったことにかなりのショックを覚えている。


 彼は、私がイケメン恐怖症であることなど露知らず、その美しい顔面を近づけて、私の顔をまじまじと見てくる。私は目を合わせないよう必死だ。


「ミラ、大きくなったね。本当に、綺麗になった」

「あ、あり、が、とう……。あ、そ、その、アランもかっこよくなったんじゃない……?」


 しどろもどろになりながらそう言うと、彼は照れくさそうに人差し指で頬を掻く。

 

「ありがとう。昔よりも……君にふさわしい男になれたと思う」

「へ、へえ、そう。よ、良かった……」

「ねえ、ミラ。さっきからどこ見てるの?僕こっちだよ」

「ご、ごごめんなさい。ちょっと……め、目が、さ、最近おかしくて……!」

「ええ!?大丈夫?」


 イケメンを前にし色々と限界を迎えていた私は、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。が、アランは私の手を放してくれない。まだまだ話がしたいようだ。


「あのさ、ミラ。覚えてる……?あの時の約束」

「や、約束……?」

「うん」


 すると、アランは私の耳元に顔を近づけてきて囁いた。


「次会う時までにお互い恋人がいなかったら、付き合おうって約束だよ」

「……ええ!?!?」

「約束したでしょ?僕が引っ越す日の朝に」


 私は当時のことを思い出してみる。

 そう、確かあれはアランが引っ越してしまう日。

私はアランを見送りに行った。

 そこでの思い出話や感謝の言葉とか一通り話した後の、何気ない会話。


「ねえ、ミラ。君、好きな人いるの?」

「いないわ。なんで?」

「いや、なんでも。君ってどこか男っぽいから恋人なんてできないんじゃないかなーって」

「ひどいわね。でも正直恋人なんていらない。だって友達と遊んでる方が楽しいもの」

「ふーん。なら、もし次会った時にお互い恋人がいなかったら、僕ら付き合うってのはどう?」

「はあ?何それ、絶っ対嫌よ」

「罰ゲームだよ。そうすれば君も頑張って恋人作るようになるだろ」

「だからいらないってば。まあ、面白そうだから約束しても良いけど」

「じゃあ約束ね。絶対だから」

「はいはい。でも、もうちょっと痩せてかっこよくなってないと付き合わないからね!」

「分かったよ。じゃあまた」

「ええ。また会う日まで」


 そう言ってアランとは別れた、が。

 ……ああ、思い出した。思い出してしまった……。


「う……そ、そういえば、してた……かも?」

「思い出してくれた?で、なんだけど、今君って恋人いる……?」


 まずい、今私に恋人はいない……!

 もしいないと言ったら、アランと付き合うことになって、そうすれば毎日このイケメン面を見なければいけないことになる。私に心の休息が訪れることはないだろう。

ここは嘘をつくしか……!


「ミラ、恋人いないよね」


 またしても大親友の裏切り。後で覚えておいてほしい。


エミリーの言葉を聞いたアランは、「ふーん」という顔をして、私に言った。


「じゃ約束通り、ミラ。僕と付き合ってよ」


 その言葉に、私と周りの女子生徒が悲鳴を上げる。

 いやいや、あり得ない!

アラン……というか、こんなイケメンと付き合うなんて罰ゲームにもほどがある。

 どうにかして撤回させねば……!


「ちょちょちょちょっと待って!!そ、そんなの無いわ!」

「何で?」

「た、確かに恋人はいないけど、そ、そんなの子どもの頃の約束でしょう!?今更そんな事言われたって……」

「でも約束だろう?約束は守るものだってよく言ってたのは君だ。大人しく僕と付き合って」

「ヒイイイむむむ無理!」

「何がそんなに不満なの?僕じゃダメ?」

「わ、わわ私と付き合いたいなら……そ、その顔をどうにかして!!」

「え……?」


 アランは驚いたような顔をして固まる。

 その隙をついて、私はその場から足早に立ち去った。


「待って、ミラ!」


 アランの呼びかけも無視して。


◇ ◇  ◇


「さすがにあの言い方はないんじゃない?」


放課後、エミリーがむすっとした顔で私の机で頬杖をつく。


「『その顔をどうにかして』って、結構酷いわよ」

「でも、アランとはいえあんなにイケメンじゃ付き合えないわよ。心臓発作で死んじゃう……」

「心臓発作で死ぬかは置いといて。あの方と幼馴染だったなんて驚いたわ!ねえ、アラン様ってどういう人なの?」


 エミリーに聞かれて、改めてアランのことを思い出してみる。


 アラン・ブラント。伯爵家の長男である。

 当時の彼は、前述したが子供にしては本当に丸々と太っていて、おまけに目が悪いらしくいつも黒縁眼鏡をかけていた。

 性格は基本的に穏やかでとても優しい。たまに小粋なジョークを言うこともあり、相手を楽しませようとするお茶目さもあった。当時、貴族というものに厳かなイメージを強く持っていた私にとって、彼はかなり新鮮で面白い存在だった。

 あと、アランは珍しいものを集めるのが好きだった。美しい宝石や虫の標本、遠い国で流行っている玩具、飛び出す絵本等、彼のコレクションを全部見せてくれた。私もそういう物珍しいものが大好きだったので、オーバーリアクションで驚いたりうっとりしていると、彼は照れくさそうに人差し指で頬を搔きながら「君に喜んでもらえて良かったよ」なんて言っていた。


「へえ。アラン様って何だかユーモアのある子どもだったのね」

「……はあ、これからどうしよう」

「どうもこうも、本人と話すしかないわよ。まずは、酷いことを言ってしまったことを謝るのよ!そして、付き合う気がないなら、はっきり断る。良いわね?」

「そうよね……。うん、勇気を出して話しかけて、せめて友達には戻ろうと思う」

「心配なら私も付いていくから、安心して」

「貴方はアランに会いたいだけでしょ」

「あら、そんなことないわよ」


 とりあえず、再びアランと話すことを決めた私だった。


◇ ◇  ◇


翌日、私とエミリーは物陰から顔を出して、アランが来るのを待った。偶然を装ってアランの前に現れ、話しかけるという作戦だ。

正直アランに話しかける勇気はそこまでないが、事前に何度も頭の中でシミュレーションを重ねたので何とかなりそうな気はしている。

 しばらくすると、アランが向こう側から歩いてきた。相変わらずイケメンだが……


「アラン様、なんか昨日よりかっこいいわね」


 よく見ると、アランは昨日までつけていた眼鏡を外していた。

 おかげで綺麗な瞳と睫毛がしっかり見えており、その瞳で無意識に多くの女子を虜にしている。

 それを見た瞬間、私は話しかける勇気を完全に喪失してしまった。


「……き、今日はやめておくわ」

「どうして」

「いいいきなり眼鏡を外すなんて初見殺しよ!あ、あんなのイケメンすぎて無理!」

「はあ?」

「と、とにかく明日出直すわ!大丈夫。今日は不意打ちだったから無理だけど、眼鏡を外していると事前に分かっていれば話せるわ……多分」


 それに、今日は偶々眼鏡をかけていなかっただけかも。

 とにかく、明日に持ち越すことにした。


そして翌日。再びエミリーとともにアランを待つ。

 またいつものようにアランが姿を現すが……


「アラン様、なんか雰囲気違うわね」


確かに、昨日は前髪を下ろしていたが、今日は前髪をおしゃれに上げていた。おかげでかっこいい顔がさらにはっきりと見えている。

 それを見た私は、即時撤退を心に決めた。


「エミリー、私今日はやめておくわ」

「え、何でよ」

「前髪を下ろしている時に行くわ」

「何よそれ。いいから行くわよ」

「いや、その、明日にするわ。とにかく、今日はやめるから!明日出直すわ」

「もう!」


 ただでえイケメンなのに、前髪を上げるなんてなんと恐ろしい。

今のアランに声をかけるのは自殺行為だ。やめておこう。


そして翌日、また翌日とアランに話しかけようと試みるが……結局話しかけられないまま日が過ぎていった。


「ミラ、貴方いい加減ちゃんとアラン様と話しなさいよ!」


痺れを切らしたエミリーが仁王立ちで腕を組み、正座している私に説教をする。


「何回出直せば気が済むのよ。それに、アラン様からせっかく話しかけてくれた時も逃げるなんて。アラン様が可哀そうだわ!」

「だって……よく分かんないけど、アランってば会うたびにイケメンになってるの。何で?私『その顔どうにかして』って言ったのに」

「あのね、普通そう言われたら『貴方はブサイクだから、もう少し自分磨きしたら?』っていう意味に捉えるのよ」

「だ、だからアランはどんどんイケメンになっちゃったってこと……!?」

「そうかもね」

「……」


 アランは私の発言に傷ついて、もっとかっこよくなるように努力をしている。

 今でも十分素敵なのに……アランを苦しませてしまった。

あんなに私との再会に喜んでくれたのに、酷いことを言ってしまった。

アランの気持ちを考えると、胸がきゅっと痛んだ。

 

「……ごめんなさい。私、ちゃんとアランに謝ってくるわ」

「うん。一人で行けるわね」

「ええ。アランは、友達だから」

 

 そして、私は急いでアランの元へと向かった。


◇ ◇  ◇


「……いた」


 アランは、校舎にあるイングリッシュガーデンにいた。ガーデンには色とりどりの美しい花が沢山咲いていて、その花々をアランがうっとりした顔で見つめていた。まるでその空間だけがおとぎ話の世界のようで、思わずうっとりとしてしまう。

 静かにアランに近づくと、


「あっ、ミラ……」

「ご、ごきげんよう。アラン」


 アランは私に気が付いて一瞬驚いたような顔をした後、優しく微笑んだ。

 その笑顔に圧倒されつつも、私は自然な感じで彼の隣に立つ。

 しばらくの沈黙の後、私は口を開く。


「綺麗ね。その花」

「うん。この花は『サクラワブキ』っていうんだ。多分君も見たことあるよ」

「ええ。確か、貴方の家の花壇にあった」

「よく覚えてるね」


 アランはそのまま花を見て匂いを嗅いだりしている。

 そういえば、アランは花が大好きだった。アランの家には大きな花壇があって、よく色んな花を見せてくれた。


「じゃあ、この花見たことある?」

「いいえ、多分初めて。花びらが白くて綺麗ね」

「そうだね。でも、ちょっと見てごらん」


 アランはその花をつぶれないように優しく両手で包み込む。

 それからしばらくして手を離すと、


「わあ……!」


 なんとその花びらの色が、白からピンクに変わっていた。


「この花は、周囲の温度で花びらの色が変わるんだ。今は白だけど、もう少し気温が暖かくなるとこんな風にピンク色になるんだよ」

「まるでマジックみたい!面白い花ね。今度家の花壇に植えようかしら」

「うん、とっても良いと思うよ。あはは、やっぱり君はミラだ」


 アランはその後も色んな花を見せて教えてくれた。

 アランの話に夢中になってしまったけど、でも今日私がアランに話しかけたのは花のことじゃない。

早く、アランに謝らないと。


 ガーデンの中にある白いベンチに二人で腰かけた時、私はようやく本題に切り出す。

が、その前にアランが口を開いた。


「ごめんね、ミラ」

「え?」

「再会した時、困らせるようなこと言って」

「い、いえ。そんなの気にしてないわ。それより、謝らなければいけないのは私の方よ。ごめんなさい。気が動転していたとはいえあんな酷いことを言ってしまって……。貴方のこと、すごく傷つけたわ」

「……それを謝りに来たんだね。大丈夫。僕全然傷ついてないから」

「でも、酷いことを言ったのは事実よ。本当にごめんなさい、アラン」

「あはは、良いよ。本当に大丈夫だから。気にしないで。ありがとう」


 アランはそう言って笑いながらあっさりと許してくれた。

 それにつられて私も自然と笑顔になる。

そして何が可笑しいのかは分からないけど、二人でくすくすと笑いあった。

 やっぱりアランは優しい。

 見た目は変わったけど、中身はあの時のアランのままだ。

 気が付けば、私は昔のようにアランの目をまっすぐ見つめることができていた。

 すると、


「ミラ、あのね」


 アランは子守唄を歌うような優しい声で話し始める。


「僕は、君と再会した時とても嬉しかった。もしかしたらもう会うこともないかもしれないと思ってたから。しかも綺麗な女性に成長していて、誇らしく感じたよ。でもね、僕が一番嬉しかったのは、君があの時と全く変わってなかったことだよ。さっき温度で色が変わる花を見せた時、とても目を輝かせて喜んでくれただろう。あの反応、昔から変わってなかった。だから、僕は改めて確信したよ。君がミラであること、そして……君への気持ちも」

「え……?」

「ミラ、好きだよ。初めて会った時からずっと。良ければ、僕と付き合ってほしい」

「……!」


 アランは悪戯心なんて一切感じさせないような、真剣な顔でそう言った。

 

そして私は、少し黙りこくった後、アランの目をしっかりと見つめて答えた。


「ありがとう、アラン。貴方の気持ち、とても嬉しいわ」


 数年ぶりに再会したら、とても素敵に成長していたアラン。

 昔と変わらず好奇心旺盛で優しくて面白い人。

 私もそんなアランが昔も今も大好きだ。

 でも、


「……でも、数年ぶりに再会したばかりだから、もう少しだけ貴方とは友達として一緒にいたいの。これから貴方とあの時みたいに沢山遊びたい。だから、今は貴方の気持ちに応えられないわ。ごめんなさい」

 

 アランからの告白をそう断ると、アランは「そっか」と呟いてからすぐ笑顔に戻った。


「そうだよね!久しぶりに会ったんだもん。分かったよミラ。ありがとう」

「ええ。こちらこそ、ありがとう」


 私の「好き」は、恋心ではなく、友達としての「好き」。

 だから、アランと恋人になるなんて、どうしても想像がつかなかった。

 それよりも私は、友達として一緒にいたい。

 昔のように、純粋な気持ちで楽しい時間を過ごしたい。

 ちょっと幼稚な考えなのかもしれないけど……今はただ、友達でいたいのだ。あの時と同じように。

 まあ、もしかしたら今後一緒に過ごす中で変化していくかもしれないけど、その時はその時で悩んでみようと思う。


 その後は気まずい雰囲気になることもなく、私達はまた昔のようにたわいのない話をし始めた。

 アランのおかしな話を聞いて、私は声を出して笑う。

 そんな私を見て、アランは嬉しそうに微笑んだ。

 やっぱり、この関係がとても心地よい。

 

 時間も忘れてしばらく話していると、いつの間にかすっかり日が暮れていた。

 私とアランは一旦教室に戻ると、荷物を取って校門前に向かう。

 二人で迎えの車を待つ間、アランが息を吐いて言った。

 

「というか、ミラから話しかけてもらえて嬉しいよ。だって君、僕のこと避けてただろう」

「まあ……それは、ね」

「分かってるよ。『付き合おう』って僕が迫ったからだよね。話しかけられるの嫌だったよね。ごめん」

「ち、違うわ!別にそれは関係ないの」

「え?じゃあ何で?」

「あ」

「ねえ、何で?」


 しまった。墓穴を掘ったかもしれない。

どうしよう、何て言い訳をすればいいのだろう。

『イケメンが苦手だから話しかけられなかった』なんて意味不明な理由だし……。

正直に言ったら微妙な空気になりそう。

 ああ、もう。なんて答えるのが正解なの!?

 ……と、悩んでいる間にもアランはしつこく聞いてくる。

 もう言うしかないようだ。


「ミラ、他に何か僕に嫌なところあった?」

「え、い、いや、その……」

「教えてよ、ミラ。どうして僕のこと避けてたの?」

「だ、だだだだって……!」


そして私は、蚊の鳴くような声で呟いた。 


「あ、貴方が、かっこよすぎる、から……」


 イケメンだから避けてたなんて言えない。だからちょっと言い方を変えてみたけど……。

 って、あれ。何だかアランの顔が赤くなって……


「ねえ。それ……どういう意味?」


 見ると、アランは頬を赤く染め、わずかに口元を緩めていた。

 場の雰囲気がガラッと変わったような気がした。


「え、えっと……」

「ミラ」

「え!?」


するとアランは突然、鼻先があたるほどの距離までぐっと顔を近づけてくる。

ち、近い……!


「僕がかっこよすぎて避けてたって何?」

「え、いや、その……!」

「それって、ちょっとは期待していいってこと?」

「き……!?な、なななんのことかしら…!」


 突然アランに迫られて取り乱しまくる私。

何故だか分からないけど、何だかとても恥ずかしくて、胸のドキドキが止まらない。

 この感情の正体を、後々知ることになる私であった。

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