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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もしもがあるなら、君と対等でいたい。

作者: 蓮都

死の描写がある為、苦手な方は閲覧を御遠慮下さい。

「・・・主様」

「なに?」


 荒立っていた海が静まるような、そんな声。輝きを持つ彼女の声は、王の名に相応しかった。どんな騒音の中でも、彼女の声で国民は静まり返る。


「お逃げ下さい」

「・・・嫌、と言ったら?」

「・・・主様は死んではならないお方でございます」

「えぇ、あなたならそう言うと思ってた」


 玉座から立ち上がり、ヒールの音が絨毯に吸収される。

 目の前で立った彼女の瞳に、目が惹かれる。彼女が持つ潤朱色の瞳は、王家に代々継がれるモノであった。

 もう数年以上立っていないバルコニーの入口に立ち、純白の手袋に包まれた手を窓に当てた。数年前とは打って変わった城下町の光景に、彼女は眉を下げる。

 国民の楽しげな声はもう聞こえない、1年に一度あった国立記念日のお祭りはもう参加出来ない、夜に包まれた町を照らす街灯はもうない。あるのはただ、人っ子一人もいない壊滅した町だけだった。


「私は、この国を愛している」


 幼いながらも両親を失い、まだ20まで程遠い歳から王の位に就いていた彼女は、貫禄を感じさせながらもまだ23である。


「そして国のみんなも愛している」


 広く長い廊下から、複数の足音が聞こえる。時折響く銃声音が聞こえていながらも、彼女は怯えもしていない。

 月白の長い髪が揺れる。こちらを見た彼女は月の光に照らされ、髪一本触れただけで消えてしまいそうな、儚い美しさがあった。


「ねぇ、レスティア」

「・・・忘れて、なかったんだな」

「もちろん、唯一の友を、誰が忘れるものか」


 彼女が女王となった日から、彼女の口から聞くことのなかった己の名前。低くなった声でも、あの若々しかった日々を思い出す。家柄も地位も関係せず、ただ共にはしゃいでいた日々を。


「レスティア、あなたは・・・何を愛しているの?」


 彼女は昔から悪戯好きだった。王女であることを第三者が忘れてしまうほど、普通の女の子で、悪戯が好きなだけの女の子だった。だからだろうか、その質問は、己にとってなんともまぁ、意地悪なものだ。


「何を愛しているか・・・それは執事の立場としてですか? それとも、一人の男として、か?」

「・・・どちらも」


 掌にひんやりとした冷たい窓が触れる。真っ暗な夜は、なぜか心に安心をもたらしている。彼女が愛していたものであり、心の重荷となっていたものは、もうないということを改めて思い知った。

 隣を見ると、彼女の長く白い睫毛が一番に目に入った。光を乗せる、彼女の色は大層美しい。

 ──己が愛しているのは、


「俺は・・・マーシェル、あなたを愛している」


 執事としても、一人の男としても、一つしかない。


「・・・私も、あなたを愛しているよ、レスティア」


 彼女の宝石のような瞳から溢れ出る涙は、とても美しかった。

 昔、彼女が王女だと知ったとき、悲しみにくれた。一般家庭であった己は、彼女に恋文を渡すことも出来ないからだ。心の中が涙でいっぱいだったときふと思った。一般家庭である己はまだ幼い子供であり、未来で歩む道をまだ選べる、ならば彼女の傍で仕える仕事に行けば良いのでは?と。

 結果、こうして己は自分の思いを言うことが出来た。それは死の直前だが。


「レスティア」

「なんだ?マーシェ・・・っ」


 突然、彼女が己の背中に腕を回した。肩口で顔を埋める彼女に、同じように背中に回そうとした腕が、宙を彷徨う。その様子に、彼女から笑い声が漏れた。


「ふ、ふふ、素直にハグを返してくれたらいいのに・・・あなたは女王に仕える執事じゃなくて、レスティア・ローベルトでしょう?」

「そう、だったな」


 腕から伝わる体温が心地良い。永遠に彼女とこのままでいたい。そう願うも、それに槍を入れてくる銃火器の音は、刻一刻と王室に近づいている。

 大きくあり、小さくもある彼女の背中に縋り付きたくなる腕を、渋々離した。


「主様、」

「レスティア」


 有無を言わせないかのように、己の言葉を遮った。

 肩口にあった顔は、こちらを穿つような視線で見つめる。小さなランプ一つで照らされた広い部屋に、彼女の双眸は光を増やすほど、心底にある想いでギラギラと輝いている。


「私はこの国と共に死ぬ」


 そう微笑み、覚悟を紡ぐ彼女は、皮肉にも美しかった。

 永久と見続けていたいと思っているというのに、己の視界は滲み出す。喉の奥がキュウッと閉まっているのに、積み重なっていた本心を吐露していく。


「やだ、いやだ・・・一緒にいたい・・・あなたと生きていたい・・・っ」


 崩壊したダムのように、とめどなく溢れ出てくる涙が頬を伝う。なんとも言えない生暖かいそれが、拭ってくれる彼女の手袋を濡らしていった。


「ほんと泣き虫、案外、大人になりきれないんだね」

「うるさい・・・そんな、死ぬなんて、言うからだろうが・・・」

「・・・ごめんね」


 眉を下げ、彼女は苦笑した。

 彼女のそんな顔なんて、もう二度と見たくなんかなかった。

 草原に生えていた、己が一等綺麗だと思った花を、結局渡せず、彼女と己の身分の差が分かったあの日。二輪のマーガレットを背中で握りしめていたら、嘗て彼女は言った。

 ごめんね、と。

 きっと彼女は、己のすることを分かっていたのだろう。心を握られたような、苦しそうだというのに笑顔を浮かべる、そんな、ちぐはぐな表情は、もう見せて欲しくなかった。


「・・・ねぇ、マーシェル」

「なに?」

「俺たちが行くのは、天国だろうか、それとも地獄だろうか」

「・・・そうだねぇ・・・私は敵にそう易々と殺されたりなんてしたくないからなぁ・・・地獄かな」

「じゃあ俺も地獄か・・・着いていくよ」

「そりゃいいね、寂しくなんてない、愛する人と共に居れるなんて、地獄の罰も生温い」


 言外を汲み取るなんて、彼女となら容易いことだった。

 数ヶ月ぶりに開けたバルコニーの入口は、蝶番を鳴らし乍ら開いた。久しぶりに感じる外風は、とても冷たく己と彼女の身体を震わせる。昔から寒いのが嫌いだったというのに、何故か心が安堵した。

 真白な雪が僅かに降り積もった黒いフェンスは、指先が触れただけでも末端から凍っていきそうなほど、寂しく思えるほど冷たい。


「寒い」

「俺も」

「懐かしい、王女であり、孰れ女王になるからと厳しかった家からの逃げ道が、あなただった・・・初めて会ったのって、こんな風に雪が降り積もるほど寒い日だった」

「そうだったな、それで俺はあなたを一般家庭の子供だと勘違いして、雪合戦をしようと言った」

「・・・嬉しかったな、私を王女だからと畏怖して、距離をとる人ばかりだったから」

「・・・でも俺は、あなたが王女だと知ったとき、あなたから離れた」

「うん、離れた、でもあなたは今こうして私の傍にいる、執事となり私に近づこうとしたのでしょう? こっそりと密会のように会うのではなく、ずっと傍に居たかったから」

「・・・はは、気づいてたのか」


 カラカラと笑う喉に、冷たさが張り付く。正に彼女の言う通りだった。


「さて、時間だ」


 近づく数多の気配に彼女はドレスの汚れをものともせず、嘗て幸せに満ちていた爛れた城下町を背に、柵の上に腰掛ける。それに伴って、己も凍った柵の上に座った。

 指を絡ませ繋ぐ互いの手。氷のような外気に晒されても、未だ温かい手に口角が上がった。


「マーシェル」

「ん?」

「愛している」


 細い体躯を己の胸に寄せ、二人の世界に囁いた。


「私も、愛している」


 背中に冷たい空気が触れる。世界が反転し、真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。来る永遠の暗闇に、互いに唇を啄み合った。

 身体に大きな衝撃を与えられ薄れゆく意識の中、最期に感じた彼女の柔らかな唇の感覚が、未だ己の中に残っていた。


 嗚呼、柄にも無くこう思う。

 もしも来世というものがあるのなら、今度はあなたと対等(ずっと一緒)でいたい。

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